troublemaker  前編


「やあ、ジャン兄さん。」
「ビリー?!なんだよ、客ってお前か。」
客が来てるぞ、と言われて休憩所にやってきたハボックの目に飛び込んできたのは、ハボックの弟のビリーの姿
だった。
「なんだよってことはないだろ。せっかく会いに来てやったのに。」
「お前、学校はどうした?」
「今、試験休みだもん。」
「だからってこんなとこ、来るなよ。」
ハボックは休憩所の椅子にふんぞり返っているビリーを見て顔を顰める。ハボックには3人の弟がいたが、その中でも
このビリーはいつもトラブルメーカーだった。こいつが来ていいことなんてあるわけないと思ったハボックが少しでも早く
帰って欲しいと思うのは当然のことで。
「いいじゃないか、どんなトコで働いてるのか見てみたかったし。」
「大体お前、どうやって入ってきたんだよ。警備兵はどうした?」
確かに一般人のビリーが司令室に近いこの一角までどうやって入ってきたのか疑問だ。不思議そうに問うハボックに
ビリーはにっこりと笑って言った。
「そりゃ、ジャン・ハボックの弟だって言ったにきまってんだろ。」
言われてハボックは嫌そうに顔を顰めた。この年がら年中トラブルを持ち込んでくる弟とハボックは、実は兄弟の中で
一番似ている。小さい時は歳の違う双子と言われたほどだ。確かにハボックの弟と言って誰も疑う余地はなかったろう。
「とにかく、とっとと帰れよ。オレは仕事で忙しいんだから。」
「いいじゃん、ちょっとくらい。そうだ、上司のマスタングさんに挨拶くらいしないと。」
そういうビリーにハボックはぎょっとする。
「お前に挨拶なんてしてもらう必要ないからっ」
こんなヤツをロイに会わせる訳にいかないと、ハボックはなんとかビリーを追い返そうとする。だが、ビリーは立ち上がる
と、司令室を捜して歩き出そうとした。ちょうどその時。
「ハボック、こんな所にいたのか。」
ロイが休憩所にひょいと顔を出した。ハボックと並んで立つ、よく似た金髪と空色の瞳の青年の姿にロイは目を瞠る。
「君は…」
ロイが現れた途端、あんぐりと口を開けてロイを見ていたビリーは、ビッと背筋を伸ばして立つと片手を差し出した。
「初めまして。オレはウィリアム・ハボック。いつも兄がお世話になってます。」
つられて思わず手を出してしまったロイのそれを両手でぎゅっと握り締めて、ビリーはにこやかに言う。尋ねる視線を
向けるロイに、ハボックは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「弟のウィリアムです。学校が休みとかでこっちにきたらしいんスけど。」
すぐ、追い返しますんで、と言うハボックにロイはビリーを改めて見やると笑いかけた。
「初めまして。私はロイ・マスタングだ。」
「貴方がマスタング大佐ですか!お噂はかねがね…。うわぁ、なんだか想像してた人と全然違いますね。」
「どういう人間だと思っていたのかな。」
「もっといかついカンジの人かと…。こんな綺麗な人だったなんてっ」
目を輝かせてそういう、いつまでも離そうとしないビリーの手をハボックは断ち切るようにして離すと、ロイの体を自分
の方へ引き寄せた。
「馴れ馴れしいんだよ、お前。」
「なんだよ、挨拶してただけだろ。」
「もういいから早く帰れ。オレも大佐も仕事あんだよ。」
「まあ、ハボック。少しくらいいいじゃないか。」
必死に追い返そうとするハボックにロイがそう言うとビリーは目を輝かせた。
「そうっスよねぇ!やっぱ大佐ともなると話がわかるよなぁ!」
「ダメっスよっ!甘い顔するとつけあがるんだからっ」
ハボックはそう言うとビリーをぐいぐいと押しだした。不満そうにハボックを見上げるビリーにハボックは目を吊り上げて
言う。
「ビリー。オレを怒らせるなよ。」
本気のハボックに流石のビリーもちぇっと舌を鳴らした。
「わかったよ、帰るからそんな押すなよ。」
ビリーはそう言って肩越しにロイを振り返ると笑いながら言う。
「マスタング大佐、明日も来ますんで!」
「来んなっ!大体お前泊まりで来てるのかよっ?!」
「駅前のホテルに1週間取ってる。じゃ、マスタングさん、また明日っ!」
ビリーはそう叫ぶと軽やかに駆け去ってしまった。
「ばかやろうっ、とっとと帰れッ!!」
ビリーの背にそう怒鳴って、ぜいぜいと肩を弾ませるハボックにロイは呆れた声を上げた。
「久しぶりにあったんだろう、そんな邪険にしなくても…。」
途端振り向いたハボックの鬼気迫る表情にギョッとする。
「大佐は知らないからそんなこと、言えるんスよ。オレがあいつのせいでどれだけ苦労したか…。」
そう言ってハボックはぶるりと身を震わせた。
「とにかく、アイツが来ても絶対に相手しないで下さいね、いいですねっっ」
ハボックの勢いに思わず頷いてしまったロイだったが、ほんの少しビリーに興味があるのも事実だった。

「おっはようございま〜すっ!!」
司令室の扉が開くと同時に飛び込んできた能天気な声に、肘をついて煙草をふかしていたハボックはずるりと滑って
机に顎をしたたかにぶつけてしまう。
「ビリー、お前っ?」
「マスタングさんはどこ?」
「なんでお前がこんなトコに来んだよっ?!」
ハボックが蹴立てるように椅子から立ち上がったとき、執務室の扉が開いてロイが顔を出した。
「マスタングさんっ」
「やあ、おはよう、ビリー」
「お言葉に甘えて早速来ちゃいましたっ」
ハートがつきそうな勢いでロイにそう言うビリーにハボックは目を丸くする。ビリーはそんなハボックには構わず、ロイの
側に行くと執務室を指差して許可を求めた。
「見るだけならね。」
ロイにそう言われて嬉しそうに執務室へ入っていくビリーを見つめて、ハボックはロイに聞いた。
「どういうことっスかっ?!」
「昨日、電話で後学の為に軍の仕事の様子を見てみたいと言ってきたから、構わないと答えたんだ。」
「電話?!いつ?!」
「お前が風呂入ってた時。」
「相手にしちゃダメって言ったでしょうっ!」
すごい剣幕で怒鳴るハボックにロイは不満そうに口を尖らせた。
「いいじゃないか、別に。お前の弟なんだし。」
「よくないっスよっ!」
ハボックが更に言葉を続けようとした時、ビリーが執務室から顔を覗かせてロイを呼んだ。
「マスタングさん。聞きたいことがあるんですけど。」
「ああ、なんだい?」
ロイは答えて執務室の中へ入ると扉を閉めながらハボックに言う。
「お前は来るな。」
「たいさっ」
そう言って無情にも駆け寄ったハボックの前でロイはバタンと扉を閉めてしまった。
「〜〜〜っっっ!!!」
扉の前で肩を震わせるハボックをちらちらと見ながらフュリーはファルマンに囁く。
「あれが噂のハボック少尉の弟さんですね。」
「そうらしいな。聞いてはいたけどホントによく似てる。」
途端、ハボックが2人を振り向くとギッと睨みつけて言った。
「似てねぇっっ!!」
そう怒鳴るとハボックは席に戻り乱暴な仕草で椅子を引くと、どさりと座りこみ凄い勢いで煙草をふかし始める。恐ろ
しげなハボックの様子に2人は竦みあがるのだった。

「ここでいつも仕事してるんですか?」
目を輝かせて部屋の中を見回すビリーにロイはくすりと笑うと椅子を勧める。
「君はまだ学生なんだろう?何を勉強しているんだい?」
「えと、通信工学とかをちょっと…」
「それじゃあ、フュリーと話が合いそうだ。」
一生懸命に学校の様子などを話すビリーを見ながら、ロイはハボックが学生の時はこんな感じだったのかと想像して
目を細めた。兄弟とはいえ、本当にビリーはハボックによく似ている。なんだか若い時のハボックと話をしているような
錯覚に陥って、ロイはビリーの話を熱心に聞いていた。

暫くしてロイがビリーと一緒に執務室からでてきた。
「いろいろ話が出来て楽しかったよ、ビリー。」
そう言われて嬉しそうに顔を緩めるとビリーはロイの手を取る。
「オレも色々話せて嬉しかったですっ。また明日も来ていいですか?」
ビリーの言葉に頷くロイが妙に楽しそうに見えて、ハボックはぎゅっと手を握り締めた。これから会議だと言うロイに
ビリーは「また明日」と声をかけて司令室を後にする。ハボックはビリーの後を追いかけるとその腕を掴んだ。
「おいっ!どういうつもりだっ!」
「どうって、なにが。」
「大佐だって忙しい人なんだからな、邪魔すんなよ。」
ビリーはハボックの手を振り払って言った。
「うるさいな、何の権利があってそんなこと言うんだよ。」
「何のって…。」
「ジャンにそんな事言う権利、ないだろ。」
ビリーはそう言うとうっとりと宙を見つめた。
「ロイさん、綺麗な人だよな。あれで国家錬金術師で大佐だなんて信じられないよ。話せば話すほど素敵な人だし。」
いつの間にやらファーストネームで呼んでいるビリーに、オレだって呼べないのに、とハボックは心中穏やかでない。
「おい、馴れ馴れしい呼び方…。」
「なあ、ロイさんって付き合ってる人いるの?」
「は?なんだよ、突然。」
まさか自分と付き合ってますとも言えず、ハボックはビリーの顔を見つめる。
「素敵な人だもんなぁ、付き合ってる人くらいいるよなぁ…」
ビリーはぼんやりとそんなことを口にしたが、次の瞬間ぐっと拳を握り締めると言った。
「いや、いたって構うもんか!絶対口説いてやるっ!!」
「はあっ?お前、何言って…っ」
「ジャン、オレ決めたから。絶対ロイさんをモノにするっ!」
(勝手に決めるなーっ!!)
口から出かかった叫びを必死の思いで飲み込んで、ハボックは別の言葉を口にした。
「大佐がお前みたいの、相手にするわけないだろっ!」
「そんなことないさ。今だって、凄く親身に話聞いてくれたし。」
ビリーは自信満々に笑うと、そうと決めたらやることが山盛りだっ、と叫んで走り去ってしまう。引き止めようと差し
伸べた手で空しく宙を掴んで、ハボックは呆然とその背を見送るのだった。


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