pretty boy 3   中編


子供のなりのハボックを連れての市街視察はいつにも増して周囲の耳目を集めているように思える。特に女性陣
から熱い視線を送られているようでロイは居心地が悪かった。
「ねぇねぇ、たいさ。オレ達注目されてますねっ。」
そう言って顔を寄せてくるハボックの肩を押してロイは体を離す。
「くっつくな、バカモノっ」
「なんで?いいじゃないっスか。」
ハボックがするりとロイの腕に自分の腕を絡めると、近くにいた女性達からキャーという声が上がった。
「ウケテますよ。」
「ばかっ、離れろっ」
「マスタング大佐が少年兵をはべらせてるって噂になるかもしれないっスね。」
「っっ!!」
そういう趣味だと誤解されるのは真っ平ゴメンだ。ロイはそう思ってハボックの腕をはずそうとするが、ハボックは
腕を放すどころかロイの耳元に唇を寄せた。
「たいさ、かわいい…」
囁きと共に吐息を吹き込まれて、ロイの体がぞくりと揺れる。ロイは唇を噛み締めるとあいた方の手で思い切り
ハボックの頭を殴った。
「いってぇぇっっ」
頭を抱えて蹲るハボックを置き去りにしてロイはずんずんと歩いていく。ハボックは頭を擦りながら小走りに追い
ついてくると恨めしげにロイを見上げた。
「ひでぇっスよ、たいさ。」
「自業自得だろうっ」
「もう、照れ屋さんなんだから。」
「ばっ…」
怒鳴りつけようとしてハボックの方を見たロイは、青い瞳に見つめられて不覚にもどきりと心臓が跳ねた。慌てて
視線を正面に戻して無言のまま歩き続ける。
(何をどきどきしてるんだ、私はっっ)
子供の姿のハボックにときめくなんてどうかしている。ロイは頬が熱くなっていくのをどうにも止められずにただただ
歩き続けた。

「なんかお前、機嫌いいな。」
正面の席に座ったハボックを見ながらブレダが言った。
「まあね。」
ハボックはキャンディを口に放り込みながら答える。
「普通、そんなナリになったら悩まねぇか?」
「悩んで元に戻るんだったら悩むけどな。」
「能天気だなぁ、お前。…まぁ、昔っからそうだけどな。」
「オレらしいだろ?」
ハボックはニヤリと笑うと立ち上がり執務室へと入っていく。ブレダはそんなハボックの様子に肩を竦めると、目の前の
書類に向かうのだった。

「たいさ。」
「…ノックくらいちゃんとしろ。」
許可も得ない内から執務室に入ってくるハボックにロイは顔を顰めてそう言う。ハボックはそんなロイに笑うと、ロイが
向かう机に両手をついて言った。
「さっきは面白かったっスね。」
「…視察を面白いなんて真面目に仕事する気があるのか?」
「ありますよー。これから訓練ですし。」
へらりと笑ってそう言うハボックをロイは驚いて見つめた。
「訓練?!ばか言うな!怪我するぞ、それだけはやめておけ!」
「大丈夫っスよ、組み手はしませんから。精々見本だけ。」
「やめろと言ってるんだ、判らないのかっ?」
ロイは聞き分けのない子供を睨みつける。命令だと言おうとしたその時。するりとハボックの腕が伸びてロイの襟元
を掴んで引き寄せた。急に近づいた幼い顔にロイは目を見開いて言葉を飲み込む。
「じゃあ、怪我しないようにオマジナイ…」
ハボックはそう呟くとロイの唇に己のそれを重ねる。口に含んでいたキャンディをロイの口中に押し込むと啄ばむように
チュッチュッと口付けて唇を甘く噛み、最後に名残り惜しそうに唇を舐めると顔を離した。
「じゃ、行ってきます。」
ハボックはそう言うと軽く手を振って部屋を出て行く。ロイは引き寄せられて浮かした腰をどさりと椅子に下ろすと、呆然
とハボックが出て行った扉を見つめていた。

「おまえなっ、元に戻るまで訓練すんなっ!!」
ハボックが出て行って30分程たった頃、司令室に響き渡るブレダの怒鳴り声にロイは書類を眺めていた顔を上げた。
結局あの後、仕事が手につかず、ロイは意味もなく積み重なった書類を重ねたり広げたりしていたのだ。ロイは
立ち上がると執務室の扉を開けた。するとそこでは自分の椅子に座って不貞腐れたように机に肘を突くハボックと
そのハボックの前に仁王立ちになって頭から湯気を上げてるブレダの姿があった。
「どうした、まさか怪我でもしたのか?」
心配していたことが起きたのかとロイは尋ねるがハボックに怪我した様子はない。ロイの質問にブレダが顔を顰めて
苦々しく答えた。
「怪我したのはコイツじゃなくて、訓練してた部下達の方っスよ。」
「どういうことだ?」
普段のハボックであれば、訓練中に手加減し損ねて、ということも考えられるが、いくらなんでも今のハボックがあの
マッチョ集団に敵うはずがない。不思議そうな顔をするロイにブレダは答えた。
「アイツらときたら、コイツの姿に鼻の下伸ばしちまって全然訓練に集中してないもんだから、足元が覚束なくて
 足首こねただの、よけ損ねて顔にパンチ食らっただのって、訓練なんかにゃなりゃしませんて。」
「なんでオレの姿に鼻の下伸ばした事になってんだよ。ただのガキだろ、今のオレ。」
不服そうに言うハボックにブレダはガーッと吠えた。もともと陰でハボック親衛隊と呼ばれるほどのハボックの部下達
だ。普段から憧れの対象となっているハボックのこんな可愛らしい姿を見せられたらひとたまりもないだろう。
「確かにやめといた方がいいだろうな。」
ため息混じりにロイがそう言えば、ハボックが険しい顔をする。
「なんスか、大佐まで。そんなにオレが訓練に参加するの、気に入らないんですか?」
気に入るとか気に入らないとかの問題ではないのだが、とロイもブレダも思うがハボックには全く通じないようだ。
ちょうどその時、ホークアイが司令室に入ってきて、ハボックの姿を確認すると言った。
「ハボック少尉。明日からアナタの隊の訓練はブレダ少尉に任せて頂戴。」
「はあっ?なんで中尉までそんなこと言うんスかっ?」
「無駄な怪我人を出したくないの。肝心な時に怪我して現場に出られないのでは目も当てられないわ。」
「無駄なって…。オレの所為っスか?オレの?」
「そうよ。とにかく、元に戻るまで訓練は禁止。いいわね。」
ぴしゃりと言いきられてハボックは絶句する。そんなハボックに目もくれずホークアイはロイに向き直った。
「大佐、お願いしてありました書類は出来ましたでしょうか?」
ロイは冷たいホークアイの視線に慌てて執務室へと飛び込んだのだった。

結局その後、ハボックは訓練への参加も視察への同行も禁じられて、くさくさと毎日を過ごしていた。そうなると
鬱憤を晴らす相手はロイしかいない。ハボックは何かにつけて執務室へと入り浸りロイにちょっかいを出しては
たたき出されるということを繰り返していた。
「たいさー、コーヒーっス。」
「…ハボック、せっかくだが、もういい加減腹がタプタプする。」
「だって、オレ、暇なんスもん。」
かまって光線を撒き散らしながらロイの机に顎を乗せて、ハボックはロイを上目遣いに見つめる。意外にも長い睫に
縁取られた青い瞳に見つめられてロイはどぎまぎした。
「さっき書類の整理を頼んだろう?」
「もう済みました。」
ハボックはロイの背後に回るとロイの肩に顔を乗せる。そうしてロイの耳元に囁いた。
「たいさ、シよ…?」
「っっ!!」
ハボックの言葉にロイは手にしていたペンを思いっきり滑らせてしまう。サインは途中からあらぬ方向へひん曲がり
とても『マスタング』とは読めない代物に化していた。
「おまっ…言うに事欠いてなにを…っ」
「だって、アンタ全然させてくれないし。」
「当たり前だっ、子供相手に出来るかっ!」
「オレ、24だもん。」
「今は15だろっ」
ロイはぐいぐいとハボックの顔を押しやると言う。
「馬鹿なこと言ってないで中尉に仕事回してもらえっ」
「ちぇーっ」
ハボックはつまらなそうに顎を突き出すとぼそりと言った。
「小隊の連中に相手してもらおっかなぁ…。」
「なっ…?!」
ガタンとロイが顔色を変えて立ち上がるのをハボックは面白そうに見つめる。
「いつまでもオレのこと、放っとかないでくださいね。」
そう言うとハボックは小さく笑って執務室を出て行った。


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