pretty boy 3 前編
「なんでだよーっっ?!」
浴室の方から聞こえたハボックの叫び声に、ベッドでまどろんでいたロイはむくりと起き上がった。だが、2、3度瞬き
をすると再びぽすんと枕に顔を埋める。何を騒いでいるのだろうと思いはしたが、どうせたいしたことではないだろうと
決め付けて、あと少しと逃げかけた眠りの尻尾を引っつかむ。ロイがうとうとと、しかかった瞬間。
ガタッ、ガターンッッ!!
何かが落ちる大きな音がして、ロイは驚いて飛び起きた。せっかくいい気持ちでまどろんでいたのに台無しだ、と
思いながらロイはベッドから下りた。足取りも荒く廊下を抜けると浴室の扉を開けると同時に大声でハボックを呼んだ。
「ハボックっ!!お前、朝っぱらから――」
そこまで言って、振り向いたハボックの姿にロイは固まってしまった。
「ハボ…おまえ…?」
浴室で棚の中身を散乱させた只中に座り込んでいたのは少年の姿をしたハボックだった。
「また得体の知れない酒でも飲んだのか?」
「そんなもん飲んでませんよ。」
大体昨日は飲みにいってないし、と大きなフライパンを必死に操ってオムレツをこさえながらハボックが答えた。
「じゃあ、なんでまた小さくなってるんだ?」
「こっちが聞きたいっス。」
出来上がったオムレツを野菜が乗った皿の中央に盛り付け、ハボックがダイニングへと運んできた。ロイの前にその皿
を置くと、ハボックは椅子を引いてどさりと座り込む。
「お前の分は?」
「…食欲ないっス。」
テーブルにてろんと懐いて答えるハボックをロイはため息をついて見つめた。
「朝飯は食べないと体に悪いとか言うくせに。」
フォークを手に取ると食事を始めるロイをハボックは睨みつけた。
「人の気もしらないで…」
ロイは正面に座るハボックの様子をしげしげと眺める。前回小さくなった時に比べて2、3、年齢が上がったように思える。
相変わらずすらりと伸びた手足は健康そうで、太陽の香りがしそうだ。
「前の時より年齢が上がったか?」
「あ、やっぱ大佐もそう思います?」
ロイに言われてハボックはテーブルから顔を上げる。
「14、5ってところか?」
「たぶんね。」
それでもロイより10センチ以上背が低いだろう。ぴょこぴょことあちこちに跳ねた金色の髪の毛と、空色の丸みを帯びた
瞳はいかにも子供然としていて、微笑を誘った。
「小さい時からずば抜けてでかかったわけじゃないんだ。」
「この後っスねー、すげー勢いで伸びたの。関節痛くって死にそうでしたよ。」
子供子供したふっくらとした唇から吐き出される今のハボックの口調は、なんだかひどくアンバランスで可愛らしい。
「で、心当たりは?」
「それが全く。」
ヘンなもの飲んでもなければ食べてもいません、と答えるハボックは心底心当たりがないようだ。
「この間の後遺症なのか?」
「さあ…。」
首を捻っていたハボックは突然がたりと立ち上がった。
「ハボック?」
「考えても仕方ないことは考えない事にします。」
「は?」
「この間も突然戻ったし、戻るときゃ戻るだろうから。」
そう言ってにやりと笑うハボックをロイは呆然と見上げる。
「…今回は随分と前向きだな。」
この間はめそめそしてたのに、というロイを見下ろしてハボックはふんと鼻を鳴らした。
「人間、進歩するんです。という訳で、オレ、大佐と一緒に仕事、行きますんで。」
「え…ええっっ!?」
ロイはハボックの言葉にオムレツを喉に詰まらせそうになって慌てて飲み込んだ。
「おまえ、何言って…っ!」
「だって、家にいたってやる事ないし。」
「だからって仕事になるわけないだろうっ!」
「大丈夫っスよ。銃は扱えるし、書類くらい書けるし、訓練だって出来ますよ。」
「訓練っ?ばか言え!あの筋肉マッチョの連中に混ざって出来るわけないだろう!」
ロイは筋骨隆々たるハボックの部下達の姿を思い浮かべて言う。その中に立つハボックの姿を想像して思わず
狼の群れの中にウサギを放り込むようなものだと考えた。
「そりゃ、一緒に組み手はムリですけどね、メニュー考えたり指示出したりは出来ますから。」
「しかし…」
「もう決めました。」
ハボックはそう言うと食器を片付け始める。呆然とハボックを見つめるロイに視線をやると
「ほら、さっさと支度してくださいね。遅刻しますよ。」
そう言ってキッチンへといってしまった。
「だ、大丈夫なのか、運転なんかして?!」
いつも来ている軍服は流石に大きすぎるので、ロイから借りたシャツにジーンズというラフなスタイルのまま運転席に
座るハボックにロイは心配そうに言う。
「大丈夫っスよ。ちゃんと届いてますから。」
そう言ってハボックはアクセルを踏んだ。いつもと変わらぬ危なげない運転にロイはとりあえずホッと息をつく。
「で、どうするんだ?」
そのナリで、とロイが聞いた。
「そっスねー、とりあえずちっさい軍服手配しないと。」
「…そういうことを言ってるんじゃないんだがな。」
とぼけた返事をするハボックにロイはため息をつく。そうこうする内に車は司令部の前に着いた。いつものように車の
ドアを開けるハボックを見つめてロイはひどい違和感に襲われた。マスタング大佐の車から出てきた少年の姿に
警備兵が怪訝な顔をして近寄ってくる。
「おい、お前…」
そう言いかけて車から降りて来るロイの姿に慌てて敬礼をした。
「あ、マスタング大佐。この少年は…」
「よ、おはよ!車、いつもんとこに回しといてくれよ。」
金髪の少年に馴れ馴れしくそう言われて警備兵は目を丸くする。
「なんだ、貴様、一体…」
「オレ!ジャン・ハボックだから!」
「はあっ?」
驚いてロイの顔を見る警備兵にロイは苦々しく頷いた。その後、30分もしないうちに司令部中がちっさいハボックの話
で持ちきりになったのは言うまでもなかった。
「すげー。なんか昔の写真から飛び出したみたいだなー。」
ブレダがハボックの姿をしげしげと眺めながら呟く。ハボックは体にあった軍服に身を包んでいたが、まるでごっこ
遊びのようにしか見えなかった。
「なんか可愛らしいですねぇ。」
フュリーが目をパチクリさせてとなりに立つファルマンに言う。ファルマンも細い目をいっぱいに開いてしげしげとハボック
の姿を見つめていた。
「原因はわからないのですか?」
ホークアイに尋ねられてロイは首を捻る。
「前回は得体の知れない酒が原因だったようなんだが…。」
「困りましたわね。」
綺麗な顔を曇らせてそう言うホークアイにハボックはへらりと笑った。
「ま、いいじゃないっスか。」
当の本人がいたって悩みがなさそうなのに、司令部の面々は顔を見合わせる。とりあえず、こうしていても埒が明か
ないことだけは確かなので、それぞれはいつもの仕事に向かう事にした。
「大佐、これから視察っスよね?車回しますんで。」
執務室の扉を開けて顔を出したハボックがそう言うのに、ロイは眉を顰めた。
「ブレダ少尉と代わった方がよくないか?」
「…アンタ、オレのこと信用してないんスか?」
ずいと顔を寄せてそう言われてロイはうっと言葉につまる。ロイより背の低い子供を護衛に連れて歩けという方が
ムリがあると思うのだが、ハボックには通用しないようだ。
「信用してないとかいう問題じゃないと思うんだが。」
「大丈夫だって言ってるでしょ。」
ハボックはそう言うとさっさと執務室を出て行ってしまう。ロイは仕方なしにため息をつくとハボックを追うようにして
執務室を後にした。
→ 中編