能ある鷹は爪を隠す  後編
 
 
「よお、少尉、元気してっか?」
「ヒューズ中佐」
司令室に向かう廊下で後ろからかかった声に振り向けば、ヒューズが満面の笑みを浮かべて歩いてくるところだった。立ち
止まってヒューズが並ぶのを待ってから歩き出したハボックが言った。
「大佐なら今会議中っスよ」
「ありゃ、そうなのか」
そんじゃ先に他を回るかなぁ、と呟いたヒューズは思い出したようにハボックに言う。
「あ、そうだ。ロイにさ、今晩メシ食わせろって言っといてくれよ」
「今晩っスか?どこか予約とっときましょうか?」
「いや、そうじゃなくて」
気を利かせたつもりで言ったハボックの言葉にヒューズは苦笑して言った。
「久しぶりに腕ふるえってな。そう言っといてくれ」
そう言うと「じゃあ、後で」と踵を返すヒューズをハボックは慌てて引き止める。なんだ、と目で聞いてくるヒューズにハボック
は躊躇いながら聞いた。
「あの…大佐って料理できるんスか?」
「なんだ、お前、まだ食わせてもらったことないのか?」
ハボックの問いにヒューズが意外そうに言う。
「アイツの料理の腕前はプロ級だぜ。以前、何とか言う有名なシェフに習いに行ってたことがあってよ。クソ忙しいのに
 ご苦労なこったって言ったら“料理は奥が深い”ってよ。突き詰めようとすればするだけやめられなくなるとか言ってな。
 いいストレス発散なんだそうだ」
そう言うとヒューズは今度こそ手を振って行ってしまう。
「プロ級…」
その話に打ちのめされたハボックは、ヒューズの姿が見えなくなってからも呆然とその場に立ち尽くしていたのだった。

「ハボック、今日の晩飯なんだが、この間のシチューが食べたいな」
会議を終えて帰ってきたロイが、コーヒーをトレイに載せて執務室へと入ってきたハボックへと言う。ハボックは一瞬コーヒー
を差し出した手を不自然に止めたが、コトリと机の上にカップを置くと俯いて言った。
「すんません、オレ、今日、メシ作りに行けないっス」
「えっ?!」
今までどんなに忙しかろうがなんだろうが、絶対にロイの食事の世話だけは外さなかったハボックの突然の言葉にロイは
目を丸くする。俯いたままペコリと頭を下げると逃げるように執務室を出て行くハボックを、ロイは呆然と見送ったのだった。

「よっ、ロイ」
おざなりなノックと共に入ってきた能天気な声の主をロイは不機嫌そうに見上げる。だがヒューズはそんなことにはお構い
なしにロイの机に腰を引っ掛けると言った。
「で、晩飯、何食わせてくれるか考えてくれたか?」
「…何のことだ?」
眉を顰めて聞き返してくるロイにヒューズは唇を尖らせる。
「なんだよ、少尉から聞いてねぇの?今晩、久しぶりにメシ食わせろって言っといてくれって頼んどいたんだけど」
ヒューズの言葉にロイは目を見開いた。
「アイツに私が料理ができる事、言ったのか?」
「あ?ああ、プロ級だって言っといたぜ。お前、少尉に食わせてやった事ないんだって?なんでだ?」
不思議そうに言うヒューズをロイは睨みつけるとガタンと音を立てて立ち上がる。
「余計な事を…っ」
「へ?ロイちゃん?」
射抜くような目で睨まれてキョトンとするヒューズを置いて、ロイは慌てて執務室を飛び出していった。

「バカだよなぁ、オレ…ブレダの言うとおりだったのに」
ハボックはそう呟くと手にしたグラスに口をつける。しおしおとうな垂れるハボックに哀れみの視線を向けるとバーのカウン
ターに並んで腰掛けたブレダが言った。
「まあ、それなりに役にはたってたんじゃねぇの?少なくともそこそこ食えるもんだっただろうし」
「でも相手はプロ級だぜ?」
慰めようとして言った言葉にハボックが反論する。得意げに出した自分の料理がどれ程拙くママゴトの域を出ていない代物
だったかを思い知って、ハボックは恥ずかしさのあまり消えてしまいたかった。
「やっぱ大佐にできない事なんてないんだよな…」
年齢でも役職でもその能力でも、何一つ自分にはロイに勝るものなんてありはしない。そんな自分がたった一つロイの為
にしてやれるのが料理だと思ったのに。
「バカみたいだ、オレ…」
ハボックはそう呟くと深いため息をついたのだった。

いい加減ヤケ酒に酔ってもつれた脚でアパートの階段を上がる。自室のある3階まで上がったハボックは扉の前に佇む
人影に足を止めた。
「…大佐?」
薄暗い廊下で扉に背を預けて立っていたロイはハボックの声に顔を上げる。ハボックはきょろきょろとあたりを見回すと
言った。
「アンタ、護衛も付けずにこんなとこで何やってるんスか。中佐は?一緒じゃないんスか?」
何かあったらどうするんだと責めるハボックをロイは睨むと口を開く。
「お前が私の食事を作りに来ないというからわざわざ出向いてやったんだろう?」
そう言うロイの言葉にハボックは目を見開いた。暫く黙ったままロイの顔を見つめていたが、くしゃりと顔を歪めると言う。
「オレの事、嘲笑いにきたんスか、アンタ」
「何言って――」
「アンタの料理の腕前がプロ並みだなんて知りもしないで、いい気になってメシ作って…バカなヤツって思ってたんでしょ?
 そんなことわざわざ言いに来なくたってもう、メシ作りに押しかけたりしないっスから」
迷惑かけてすんませんでした、と頭を下げるとロイを押しのけてアパートに入ろうとするハボックの腕をロイは咄嗟に掴んだ。
見上げてくる黒い瞳にハボックは泣きそうな顔で言う。
「まだ何か言い足りないんスか?不味い物食わされた文句でも言いたいの?」
「私はお前の料理が不味いだなんて思ったことは一度だってないぞっ!」
「…同情も慰めも要らないっスから。もう二度と作らないからそれでいいでしょう?」
ハボックは吐き捨てるように言うと玄関の扉を開けて中へと入った。そのままロイとの間の扉を閉めようとすれば、ロイが
強引に中へと体を滑り込ませる。暗闇の中でもキラキラと輝く瞳に、ハボックは情けない気持ちがいっぱいになって声を
震わせた。
「帰って下さい。もう迷惑かけたりしないっスから――」
「迷惑だなんて思ったことないっ!」
ハボックの言葉を遮ってロイが叫ぶ。思いもしなかったロイの激昂にハボックは目を瞠った。
「お前が毎日食事を作りに来てくれるのを私がどれだけ楽しみにしてたか、判らないのか?お前が私の為に作ってくれた
 物を一緒に食べて、一緒におしゃべりして、その時間がどれ程楽しかったかお前には判らないのか?お前も楽しいと
 思ってくれていたんじゃないのか?」
責めるようなロイの言葉にハボックも声を荒げる。
「そりゃオレだって大佐の為にメシ作んの、すげぇ楽しかったし、美味いって言って食ってくれるの、すげぇ嬉しかった。
 でも、アンタ、料理の腕前プロ級だって…オレの事ずっとバカみたいだって思ってたに決まって――」
そこまで言ったハボックの頬がパンッと音を立てた。突然走った痛みにハボックは思わず頬を押さえてロイを見る。ハボック
を睨むロイの黒い瞳にみるみる内に涙が膨れ上がるのを見て、ハボックは呆然とした。
「私が自分が料理をできる事を言わなかったのは、そうすればお前が毎日家に来てくれると思ったからだ。家に来て、私
 の為に料理を作ってくれて、私に笑いかけて話しかけて…。仕事だからじゃなくて、上司と部下だからじゃなくて、純粋に
 私の為にしてくれるのが嬉しかったからだっ」
「た、たいさ…?」
ポロポロと涙を零して言うロイをハボックはまじまじと見つめる。ロイは唇を噛み締めると吐き出すように言った。
「お前が好きなんだっ、バカッッ!!」
ロイはそう怒鳴るとくるりと背を向け飛び出していこうとする。ハボックは咄嗟に手を伸ばすとロイの体を抱き締めた。
「離せッ!」
「待って、大佐。今なんて…」
「煩いッ!知るかッ!」
泣きながらそう喚くロイを抱き締めるハボックの胸に暖かいものが広がっていく。ハボックは泣き笑いのような表情を浮か
べるとロイをそっと抱き締めた。
「オレの事好きって、ホントっスか?」
「…ッッ!!」
耳元に囁く声にロイは真っ赤になって黙り込む。ハボックの腕から逃れようともがく体を抱きしめてハボックは言った。
「嬉しいっス…すげぇ、嬉しい」
役に立ちたくて、その喜ぶ顔を見たくて、それがどうしてなのかなんて突き詰めて考えた事などなかったけれど、こうして
ロイを抱き締めればその答えはあまりにもはっきりとしていて。
「オレも大佐のこと、好きっス」
そう耳元に囁けばロイの体が大きく震える。ハボックは腕の中のロイの体を自分の方へ向かせると涙に濡れた瞳を見つめた。
「オレも大佐のこと、好きっス」
同じ事をもう一度はっきりと告げてロイの涙を指で拭う。見開く黒い瞳にハボックは言った。
「アンタより年も下だし役職もなんもかんもアンタに敵うことなんてなくて、でも、アンタがオレの料理美味いって言って食って
 くれるのがすっごく嬉しかった。オレでも大佐の為に出来ることがあるんだって」
ハボックはそう言うと視線を落とす。
「だから、アンタの料理の腕がプロ級だって聞いた時はすっげぇショックだったっス。情けなくて恥ずかしくて…やっぱりオレ
 がアンタにしてあげられる事なんてひとつもないんだって」
「私はお前が料理を作りに来てくれるのが本当に嬉しかったんだ。お世辞なんかじゃなくてお前の料理はとても美味しかったから」
ロイがそう言えばハボックが苦笑した。
「そりゃ褒めすぎっスよ、大佐。プロ級のアンタが言ったらただの嫌味ですって」
「そんな事あるもんか!」
ハボックの言葉にロイは声を荒げる。ハボックを睨みつけると言った。
「判らないのか?分量を量って、いい材料を使って、そうすれば誰だって美味い料理が作れる。私が作っているのはレシピ
 通りの料理。レシピに沿って作れば誰だって同じ味のものが作れるんだ。でも、お前の料理は違うだろう?お前が私の
 好みに合わせてお前自身の舌で調味料の量を量って作ってくれている料理だ。誰が作るどんな料理よりも美味しい」
ロイはそう言うとハボックをじっと見つめて言う。
「お前が嫌じゃないなら…私の為にこれからも作ってはくれないだろうか。そうして一緒に食事して、一緒に話をして…」
「大佐」
必死に言い募るロイにハボックは笑った。ロイの頬を両手で包み込むと言う。
「アンタに言われなくても作りに行きます。オレの料理、食ってくれます?できる事ならずっと」
ハボくがそう言えばロイの瞳からポロポロと涙が零れた。その涙を唇で拭うとハボックはロイをそっと抱き締める。
「好きっス、大佐。大好き」
「私も、ハボック、お前が好きだ」
そう囁きあうと、二人はそっと唇を重ねていったのだった。


2008/6/24
 
 
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「本当は意外に料理上手だったロイに衝撃を受けるハボック。(大佐、意図 的に隠蔽してた)・・というハボロイ」という拍手リクでした。特に既に出来ているなど
細かな指定がありませんでしたので、勝手に出来上がる前の二人にしてしまいました。珍しくエロもありませんでしたし(笑)久しぶりに可愛らしい二人を書いたような
気がします。ちょっとハボがおバカっぽい気がしないでもありませんが…(滝汗)ともあれ、楽しいネタを有難うございましたv少しでもお楽しみ頂けましたら嬉しいです。