mission ignominious 1
後ろから呼ぶ声にハボックは振り向いた。
「なんだ、シェイディか。」
「なんだとはご挨拶だな。」
窓際に佇んで煙草を吸うハボックの隣にシェイディと呼ばれた男は並ぶと、自分も煙草を取り出す。火を貸せという仕草
をする男にハボックはライターの火を差し出した。男は煙草に火をつけると深く吸い込みゆっくりと煙を吐き出した。
「どうだ、少しは慣れたか?」
そう問われてハボックはうすく笑った。
「ぼちぼちな。」
「んなこと言って、この間は随分でかいブツを掻っ攫っていたらしいじゃないか?」
探るような目つきで言う男にハボックは苦笑した。
「運が良かっただけさ。」
ふん、と男は鼻をならしてハボックを見つめる。
「それにしてもここの連中は皆、本名を明かさず通り名を使うが、変わってんなお前。女の名前なんてよ。」
恋人の名前か、といやらしい笑いを浮かべる相手にハボックは苦笑した。
「お前だって似たようなもんだろ。」
shady(胡散臭い)だなんて、大概だ、と言うハボックに男はくくと笑った。
「まあ、入った早々、でかいヤマを手がけて、上手く行きゃボスから声がかかんぜ。」
そう言う男の声の中に多少の妬みを感じてハボックは肩を竦める。煙草を踵で揉み消すと、ハボックは手を振って
その場を後にした。
ここのところイーストシティを混乱に陥れているテロリスト集団がいた。彼らは「東の栴檀」と名乗って破壊活動を
繰り返している。テロリストとはいえ組織的にかなり統率された集団で、軍としてもその機動力に手を焼いている所
だった。しかも、その組織を纏めるボスというのが、どうもこのイーストシティの上流階級に属する人間らしいという事
までは判っているのだが、その先は全く判らない。組織の中でもごく一部の人間だけが知るその人物が誰なのかを
探る為、ハボックは身分を隠してテロリストの拠点であるこのビルに潜入しているのだった。
潜入して既に2週間が過ぎたが、今の所めぼしい進展は見られない。軍人としてテロリストの活動に加担することは
はばかられたが、回される仕事を全て断ったのでは怪しまれる。そこで、先日、ハボックは軍の資材を盗み出す作戦
に参加して、期待される以上の物資を手に入れることに成功したのだった。
(そりゃ、軍の手の内、知ってるんだもん。チョロいもんだよな。)
ハボックは苦々しげにそう思った。必死に物資を守ろうとする護衛兵には悪いと思ったが、これも事件解決の為と
自分に言い聞かせたのだった。
(それに、きっと大佐が上手く手を回してくれるだろうし。)
ハボックはそう考えて、もう半月も姿を見ていない黒髪の上司を思い出した。そして、ポケットから白い布状のものを
取り出す。それはロイの国家錬金術師としての象徴の発火布の手袋だった。
(オレが持っていても何の役にも立たないって言ったのに。)
ハボックは苦々しげに思いながらロイに想いを馳せた。
(ちゃんと仕事やってんのかな。まともにメシ食ってりゃいいけど。)
放っておくと3度の食事すらおろそかにするロイが心配になる。そして何より。
(くそっ、顔みたい…つか、触りてぇ…)
潜入する前の晩、ロイを抱いて以来、その肌に触れていない。ハボックは押し入ったロイの熱い中を思い起こして
ぶるりと身を震わせた。
(とっとと済ませて帰んないと、オレ、ヤバイかも…)
ハボックは咥えた煙草を噛み締めて、震える体をかき抱いた。
ハボックがテロリストのアジトに潜入して2週間がすぎて。ロイは苛々と執務室の机を指で叩いた。5日前に連絡
が入ったきり、ハボックからの音信はない。敵の中に深く入り込んでいるだけに容易に連絡を取ることは儘ならない
だろうと、最初から言ってはいた。だが、こうして待つ身を思えばもっとこまめに連絡をしてきてもいいと思うj。
(まさか、何かあったんじゃないだろうな。)
ロイはふと浮んだ考えにゾクリと身を震わす。連絡がないのはむしろ何事もないからだとそうは思っても、どうしても
悪い方へ思考が流れていくのを止められない。
先日、軍の資材を略奪する事件が起きた。その手際のよさと軍の裏をかくような動きから、軍の内部をよく知る者の
手引きと思われたが、まさかそのことで、テロリストの中で拙い立場に立たされたということだろうか。ハボックを
信じて、連絡を待つべきだと冷静に判断する自分がいる一方で、テロリストのアジトに潜入してハボックと行動を
共にしたいと思う自分がいるのも事実で。
いつもハボック一人を送り出し、自分は待たねばならないことが、ロイは辛くて仕方がなかった。ついていくと決めても
無理矢理自分をおいていくハボックを恨めしく思うのはいつものこと。それでも、今回は一緒に行けない自分の代わり
に発火布を持たせた。
『オレが持ってたって何の役にも立たないっスよ。』
オレがいない間にアンタを守るものだからと言って、頑として受け取らなかったハボックのポケットにこっそり忍ばせた
のだ。確かにそうすることが良いとは思えなかったがどうしても持っていって欲しかったのだ。
(ハボック…)
一人待つ不安に押しつぶされそうになりながら、ロイはそっと目を閉じた。
それから数日が過ぎて、アジトで待機するハボックのもとに、最上階の部屋に来るよう、呼び出しがかかった。
何かいつもと違うざわめきに包まれているような建物の中を、ハボックは案内について上がっていく。暗証番号を
打ち込まなければ開かない扉をいくつもくぐってたどり着いた先には、ここ最近知った数人のテロリストの幹部に
囲まれて、一人の男が待っていた。
(クロムウェル公…!)
そこにいたのはイーストシティ屈指の実力者、クロムウェル公だった。
(こいつが親玉だったのか…)
思いがけない人物の登場にハボックは目を眇めた。
「お前がジャクリーンか。」
クロムウェルが口を開く。
「先日の軍の資材略奪ではたいした働きだったそうだな。」
そう言われてハボックは僅かに肩を竦めた。
「頭が切れて度胸がある…そういう人材はいくらでも必要だが、思うように集まらないのも事実でね。」
ハボックを見つめながらクロムウェルは言葉を続ける。
「それに信用出来る奴でないといかん。その顔つきから見ると私のことを知っているようだが。」
「イーストシティでも指折りの実力者であるアンタを知らない奴の方が少ないと思いますがね。」
「…なるほど。」
「で、オレは信用出来ると踏んだんですか?」
挑戦的に聞いてくるハボックにクロムウェルは笑った。
「お前はまだここにきて半月あまりの新参者だそうだな。そんな奴を簡単に懐に入れるのに抵抗があるのは
事実だが、近々大きな作戦を考えていてね。イーストシティをゆるがすような大きなものだよ。その為には優秀な
駒が必要だ。」
そこで言葉を切ってクロムウェルはハボックを見た。視線で先を促すハボックにクロムウェルは言葉を続けた。
「そこでお前を試させてもらおうと思ってな。」
そう言ってクロムウェルは隣に立つ男に合図した。男は奥の部屋に入ると、頭から布袋を被せて後ろ手に縛り
あげた人物を引っ立ててきた。クロムウェルの前にその人物を突き出すと、クロムウェルはその布袋を乱暴に
取り去った。目の前に現れた顔にハボックは目を見開いて息を呑む。ハボックの様子にクロムウェルは低く笑った。
「その様子だと知っているようだな、この男を。」
「…そりゃ、有名人っスからね…」
ハボックはなんとか声を振り絞って答える。
「ロイ・マスタング大佐…」
ハボックは信じられないものを見るようにロイを見つめた。布袋を取り去られて視力を取り戻したロイも、突然顔を
付き合わせることになったハボックに言葉を失う。
「たった一人で潜入してきた所を捕らえたのだよ。錬金術を使われたら拙いところだったが、なぜかそうはならなくてね。」
相当見くびられていたらしい、と笑うクロムウェルにハボックは頭痛を覚えた。
(何でこんな所に…っ)
ロイを見つめる視線に怒りを乗せれば、ロイは決まり悪そうに目を逸らした。ハボックがどうしたものかと思案していると、
その耳に自分を呼ぶクロムウェルの声が届いた。
「ジャクリーン」
なんだと視線を向けるハボックにクロムウェルは下卑た笑いを浮かべた。
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