真夜中の太陽 前編
「俺はお前のことがずっと大嫌いだったんだよっ。いっつも済ました顔しやがって。どうせ俺達のことなんて馬鹿にして
たんだろうっ!」
どうしてそんなことを言うんだ。馬鹿になんてしたことは一度だってないのに。
「その済ました顔が気に入らないんだよ。どこまでそんな顔してられるか、試してやろうか。」
この顔が気に入らないって、そんなこと言われてどうしろと言うんだ。
「女みたいな綺麗な顔だよな。今までどれだけ男をタラシこんできたんだ?教官達とも寝てんだろ?」
そんなことしてない!してるはず、ないだろうっ!
「たっぷり楽しませてもらうぜ。あんたにも天国味合わせてやるからさ…」
イヤだっ!私に触るなっ!!やめろっ!やめてくれっっ!!!―――――――
「大佐…大佐…」
自分を呼ぶ声にロイはハッと目を開けた。視線の先にはハボックの心配そうな顔。
「大丈夫っスか?うなされてたみたいでしたけど。」
ロイは深いため息をつくと体を起こした。
「…私は何か言ったか?」
「いや、何も言ってませんでしたけど。」
ひどく汗をかいて顔色の悪いロイの髪に触れようと手を伸ばしたハボックは、びくっと大きく震えて身を引くロイに、上げ
ていた手を下ろした。
「水、持ってきますね。」
ハボックはそう言うとソファーの側に跪いていた体を起こし、キッチンへと消えていく。ロイは手を引いたときのハボックの
傷ついた顔を思い浮かべて唇を噛み締めた。
ハボックから「好きです。」と告白されて二人が付き合うようになってからそろそろ1ヶ月が過ぎようとしていた。女タラシ
で鳴らした自分がどうしてよりにもよってこんな可愛げのない大男と付き合う気になったのか、正直ロイにもよく判ら
なかった。格別ハボックのことが好きだったということでもなく、ただ、側にいるのが酷く当たり前で、もしここでハボック
を突っぱねてしまったらきっとハボックは側にいてくれなくなってしまう、そんな考えが頭をよぎって、ロイはハボックの
告白に頷いてしまったのだった。自分のハボックへの気持ちは曖昧なままで、でも手放したくないなんて、随分勝手な
言い草だと思いつつ、気がついたら1ヶ月が過ぎていた。
「どうぞ。」
水を持って戻ってきたハボックが差し出すグラスを受け取り口をつける。からからに渇いた喉を通る水に、ロイは小さく
息をついた。グラスを握ったままそっと視線を上げればこちらをじっと見つめているハボックと目が合う。その熱の籠った
青い瞳にロイは耐え切れなくて視線をはずした。最近、ハボックがよくあんな目をして自分を見つめている事にロイは
気がついていた。その目の意味するところを察して、ロイは唇を噛み締める。ハボックは自分に触れたいのだ。触れて
それ以上のことも。
「大佐…。」
思いのほか近いところで声がして、ハッとして顔を上げると目の前にハボックの顔があった。ハボックはロイの肩を
引き寄せるとそっと唇を合わせる。更に深く口付けようとして、腕の中のロイの体が震えている事にハボックは気が
ついた。ハボックは唇を離すとロイの体を優しく抱きしめる。
「大佐、オレにキスされるのは嫌っスか?」
「そんなことないっ!」
叫ぶように答えるロイにハボックは苦笑した。
「じゃあ、オレのこと、好き?」
そう聞かれて、ロイはすぐに答えることが出来なかった。
「私は…私は、お前に側に居て欲しい…」
「たいさ…。」
「すまない…こんな言い方しかできなくて…」
ハボックは俯くロイの髪を撫でると囁いた。
「いいっスよ、今はね。でも、早くオレのことを好きだって言ってくれたら嬉しいっス。」
「ごめん…」
ロイは涙が滲む目をぎゅっと瞑るとハボックの腕を握り締めた。
ロイは司令室の窓辺に寄りかかって、ブレダたちと話すハボックを見ていた。煙草をふかしながら楽しそうに笑う
ハボックは金色に輝いて、ロイにはとても綺麗に見える。そして、そんなハボックを見ながらロイはふと、気がついて
しまった。自分を好きだとハボックは言った。でも、それは何も知らないからだ。自分にかつて何があったかを知ったら
好きだなんて言えないに違いない。ロイはハボックから視線をはずしてガラスに映る自分の姿を見つめた。闇色の
髪、闇色の瞳。それはハボックとは対極の位置にあるもののように見えて。自分の気持ちを深く突き詰められないのも
自分の気持ちを見つめた先の結果が怖いからだ。ロイはそこまで考えて緩く首を振った。これ以上考えたらいけない。
ロイは考えた先にあるものを見るのが怖くて、必死にそこから目を逸らそうとした。
ハボックは窓辺に佇んでいるロイをそっと見やった。背後から差し込む日差しをうけて輪郭をぼんやりと溶かしている
ロイは綺麗で儚くて、ハボックは思わず抱きしめたくなる気持ちを必死に押さえ込んだ。ロイがずっと何かを悩んで
いることは薄々察していた。それが原因で自分との距離を縮めることを出来ないでいることも。悩んでいることがある
なら、辛いことがあるなら話してくれたらいいと思う。自分に話したことで解決できるとは思えないが、少しでもその
重荷が楽になるように、一緒に持ってあげたいと思うことは傲慢だろうか。ずっと好きで好きで、必死の思いで気持ち
を伝えて、ようやく届いたかと思ったのもつかの間その距離は縮まらなくて。ロイとの距離を強引に手繰り寄せて
縮めてしまったら彼を傷つける事になるだろうか。ロイを大事に思う気持ちと抱きしめて手に入れたい気持ちとに
折り合いつけて、誤魔化していくのももう、そろそろ限界だ。ハボックは凶暴に叫びだそうとする気持ちを必死に抑え
込んだ。
久しぶりに休日が重なった日。
ハボックはロイの家でロイの為に食事を作ったりなどして甲斐甲斐しく世話を焼いていた。ここのところ疲れが取れ
ない様子のロイが心配だったのと、少しでも側に居たかったので。
ロイは自分に気を使っていろいろとやってくれようとするハボックの気持ちを嬉しいと思う反面、そのハボックに対する
自分の態度を振り返っては心苦しくて、申し訳なくて辛くて仕方が無かった。このままハボックを自分の側に縛り付けて
いて良いのだろうかと自問した時、出てくる答えは絶対に否、だ。こんな自分の側にいるより、ハボックにはもっと
ふさわしい相手がいるだろう。ハボックの優しさに甘えてこんなぬるま湯のような生活を続けていても、きっと自分は
ハボックの想いに答えられない。それだったら一時でも早くハボックを解き放ってやるべきだ。ロイはぎゅっと手を
握り締めると意を決して立ち上がって、ハボックの姿を探した。
「ハボック。」
ロイは寝室の扉の所にたって、ベッドに新しいシーツを取り付けているハボックを呼んだ。
「なんスか?」
ハボックは返事をしながら体を起こし、うーんと背筋を伸ばした。窓から差し込む明るい陽射しの中で、ハボックは
とても健康的で綺麗だった。
「腹減りました?もう少ししたら食事の用意しますから…」
そう答えるハボックにロイは首を振った。
「そうじゃない、ハボック」
苦しげに答えるロイにハボックは眉を顰める。
「たいさ…?」
「もう…いいから、私の為に何かしてくれなくていいから…」
「……?」
「終わりにしないか…?」
「たいさ…っ?」
「お前はこんなところにいるべきじゃない。」
ハボックはロイの言葉に一瞬口をつぐんだが、低い声で尋ねた。
「それはオレがアンタの側にいるのが迷惑だってことっスか?」
「そうじゃないっ、側にいることが迷惑だ何て思ったことは一度もないっ」
「じゃあ、オレの気持ちが迷惑?アンタをスキだって思うことが?」
「ちがうっ!」
「じゃあなんでっ?」
「だって、私は…っ!」
ハボックはロイの腕を掴むとその体を抱きこんだ。
「だって、何?オレはアンタが好きっスよ?だから少しずつでいい、アンタもオレのこと好きになってくれたらいいと
思ってた。アンタが何か悩んでいるみたいだってのは判ってたし、だから急がずにちょっとずつ近づいていこうって。
それでもダメ?アンタ、一体何を悩んでるんです?何を考えてるのか言ってくださいよ。そりゃ、オレじゃ頼りない
かも知れないけど、でもアンタの力になりたい。一緒に悩んで考えて、オレに出来ることやってあげたいんですよ?」
ロイは必死に言い募るハボックが辛くて苦しくて仕方が無かった。
「私はお前にそんな風に言ってもらえるような人間じゃないんだ…」
「なに言って…っ」
「わたし、は―――」
ハボックは言いよどむロイを抱きしめるとその耳元に囁いた。
「アンタが好きです。アンタをオレにくださいっ」
「ハボ…っ」
「アンタが欲しいっっ」
ハボックはロイの腕を引くと綺麗にメーキングしたばかりのベッドにロイを引き倒した。目を瞠るロイの顔を見つめて
ハボックは言う。
「好きです。たいさ、大好き…。どうしても、ダメですか?」
ロイは必死の面持ちでそう告げるハボックを見上げて息を飲んだ。いいとも、イヤだとも答えないロイにハボックは
そっと口付けた。徐々にその口付けを深くしていきながら、ハボックはロイのシャツの裾から手を忍ばせる。ハボックの
手がロイの肌に触れた途端、ロイの唇から鋭い悲鳴が上がった。
「いやあああああっっ!!」
ハボックの手を振り払ってメチャクチャに暴れるロイの姿にハボックは息を飲む。
「やだっ、やだああっっ!!!」
ハボックは慌ててロイの体を抱きしめると、懸命にその背中を撫でながらロイの耳元に囁いた。
「たいさっ、たいさっっ、落ち着いて、もうしませんからっ、たいさっ!」
ハボックは叫び続けるロイを必死の思いで宥める。暫くしてようやく、ロイの唇から零れる悲鳴が途絶えて、ハボックは
ロイの髪を撫でながら優しくロイの名を呼び続けた。くったりと力の抜けたロイの体をベッドに横たえるとハボックは
ロイの顔を覗き込む。血の気が引いて真っ青になったその顔に、ハボックは心が痛んだ。
「たいさ、オレのこと、わかります?」
「……ハボ…」
「そう、オレっスよ?」
ハボックはそっとロイの髪を撫でる。ぴくんと震えるその体に胸を痛めながらハボックはロイに言った。
「なにがあったのか話してくれませんか?」
ハボックの言葉にロイは黒い瞳を見開いて微かに首を振る。その仕草にハボックは苛立つものを感じながら言葉を
重ねた。
「話してください、たいさ。何もかも全部。そうでなきゃ、オレ達、ここからどこに行くことも出来ません。」
まっすぐに見つめる黒い瞳にハボックは優しく微笑んだ。
「言って。お願いだから。アンタが好きだから、アンタを苦しめるものの正体を知りたいんです。」
震える体を抱きしめて、ハボックは何度も好きだとささやく。まるでそうすることでロイの苦しみを溶かしてしまえると
信じているかのように、ハボックは囁き続けた。やがて、ロイの瞳から涙が零れ、その腕がハボックの背に回されると
ハボックはそっとロイの唇に自分のそれを重ねる。それからロイの体を自分の腕の中に守るように抱くと、優しくロイの
髪を撫でながら、ロイが口を開くのを待った。
「士官学校にいた頃」
永遠とも思える時間がたった頃、ようやく消え入りそうなロイの声がハボックの耳に届いた。
「レイプされたんだ、同期だった男達に…」
ロイの言葉にロイの髪を撫でていたハボックの手がぴたりと止まる。
「寮の一室に呼び出されて…ずっと私のことが気に入らなかったんだそうだ。教官たちとも寝てるんだろうって詰ら
れて…。正直、何を言われているのか全然判らなくて、気がついたときには押さえ込まれて服を剥ぎ取られて…」
「…たいさっ」
「痛くて怖くて、何度も許してくれって頼んだけどアイツらは嘲笑うばかりで…。許して欲しければ言うとおりにしろって
アイツらのモノを受け入れさせられながら、口で奉仕させられたり…。でも、結局許してなどくれなくて一晩中…。」
「たいさっ!!」
ハボックは淡々と喋り続けるロイの体をぎゅっと抱きしめた。
「ごめんなさいっ!もうっ…それ以上、言わなくていいから…っ」
ハボックはロイの頬にそっと口付けると囁く。
「アンタの気持ちも考えないで、オレ…」
「ハボ…」
「でもっ、オレ、アンタが好きです!だから、オレにアンタをください。絶対怖い思いなんてさせないから…っ」
ロイを抱きしめながらそう囁くハボックの言葉がロイの心を溶かしていく。
「たいさ、アンタが好き…誰よりも、好きですっ」
「でも、私は…」
「オレがきらい?」
そう聞かれて、ロイはふるふると首を振った。
「よく、わからない…ずっと、考えないようにしてたから…。怖かったんだ、何もかも、全部。」
ハボックはそう呟くように言うロイを引き寄せると優しく言った。
「ねえ、たいさ。オレのことを知ってよ。オレのこと、全部。何もかも見せるから。途中でどうしてもイヤだったら
オレのこと燃やしてくれたって構わないっスよ?」
そう言って笑うハボックは綺麗な金色で。ロイは切なくて涙の滲む目を伏せた。ハボックの手がロイの顎をすくい
上げる。近づいてくる唇をロイは静かに受け止めた。
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