黒き瞳の見つめる先を 第三章
市街を背筋を伸ばして歩くロイの半歩後を歩きながらハボックは、心の中で感心したため息を洩らした。
(そこにいるだけで注目を集める人って本当にいるんだな。)
何か変わったことをしているわけでも、変わった格好をしているわけでもない。それでもロイは自然と辺りの視線を
集めていた。
(確かに綺麗な人だけど…)
ハボックは斜め後ろからロイの顔をじっくりと眺める。さらさらと流れる黒髪、きめ細かな肌。そして。
(目が印象的なんだ。)
強い意思を持って輝く黒曜石の瞳。ハボックはそのきらきらと輝く瞳に酷く惹き付けられている自分に気がついた。
(へんなの、こんな風に思うの、初めてだ。)
ハボックは説明のつけようのないその気持ちに落ち着かない様子で軽く首を振る。そして、時折市場の店主などに
声をかけながら歩くロイを見つめた。その時、ロイがふと目を見開いたかと思うと、ハボックの腕をぐっと引いた。
「ハボック。」
階級でなく呼ばれて何故だかぎくりとするハボックの様子に気づかず、ロイは嬉しそうに目を輝かせると言った。
「あの店はなんだ?」
そう言って通りを挟んだ向こうに立っている色鮮やかな店を指差す。ハボックは内心の動揺を押し隠してロイが
指差す先を見ると答えた。
「ああ、あそこはイーストシティでも結構有名な洋菓子の店っスよ。」
ハボックがそう答え終わると同時にぐいぐいとハボックの腕を引いて道を渡っていくロイに、ハボックは慌てる。
「ちょっと、大佐っ」
「買って帰ろう。」
「はあっ?…て、今、勤務中…。」
「かたいこと言うな。」
ロイはそう言うとハボックの腕を引いて店のドアを開けた。
カラン。
扉の上についたベルが乾いた音を立てる。ロイは店の中に入ると早速ショーケースの中を覗き込んだ。
「ハボック、どれが美味いんだ?」
子供のように目を輝かせるロイにハボックは困ったように答えた。
「オレ、甘いもん苦手なんで…。」
そう言うと助けを求めるように店の女の子を見やる。
「こちらのタルトは人気なんですよ。」
ハボックの視線に答えてにっこりと笑うと彼女は言った。彼女の示したケーキはタルトの上にさまざまなベリー類
を載せた見た目も可愛らしいケーキだ。
「中にカスタードが入ってるんですけど、そんなに甘すぎませんし、ベリーの甘酸っぱさと相性も良くて美味しい
ですよ。」
彼女の言葉にうんうんと頷きながらロイは言った。
「あまり甘くないのはどれかな。」
「それでしたらこちらのチョコレートケーキはいかがですか?カカオ100%のビターチョコにカシスとオレンジの
酸味がきいた大人向けのケーキですよ。」
「うん。それじゃそのチョコレートケーキとさっきのタルトを2つと、それから…。」
ロイは楽しそうに色とりどりのケーキを指差していく。そうして綺麗に箱詰めしてもらったそれを嬉しそうに抱える
と店を出た。
車に戻って大事そうにケーキの箱を抱えるロイをちらりと見て、ハボックはきいた。
「ケーキ、好きなんスか?」
「ああ。」
にっこりと笑って答えるロイにハボックは肩を竦めるとアクセルを踏み込んだ。
司令室の扉を開けると、ブレダは自分の机の上をじっと見つめるハボックをみつけて目を丸くする。
「何やってんだ?」
そう言ってハボックの視線を辿ればその先には皿の上に乗ったケーキがあった。
「どうしたんだ、ソレ。」
「大佐に貰った。」
「はあ?なんじゃ、そりゃ。」
「ケーキ屋で山ほど買ったんだよ、ケーキ。」
「お前が?」
「オレが買うかよ。」
思い切り顔を顰めるハボックにブレダは苦笑した。
「大佐、ケーキ好きなのか?」
「みたいだな。すげー楽しそうにケーキ選んでたぜ。」
「で、お前にもおすそ分けってか?」
そう言ってブレダはケーキを睨みつけるハボックを見つめた。
「お前、甘いもん、苦手だっけ。どれ、オレが代わりに食べてやるよ。」
そう言って皿に伸びてくる手をピシリと叩いてハボックはブレダを睨む。
「ダメ。」
そう言って腕でケーキを囲い込んだ。
「オレが貰ったんだからダメ。」
「なんだよ、甘いもの苦手なお前のために食べてやろうと、親切にだな。」
「いいの、オレが食うの。」
ハボックはそう言うとフォークを手に取った。ぐっとフォークを握り締めるとケーキの端をほんの少しだけ切り取り
口に運ぶ。口の中でほろりと崩れたケーキは甘すぎず、オレンジとカシスの酸味と優しく溶け合ってとても美味し
かった。
「あ、美味い…。」
今までケーキを食べて美味いなどと思ったことなどなかったハボックは、皿の上のケーキをまじまじと見つめ、
それからさっきよりもう少し大きく切り取ると口に運んだ。もぐもぐとケーキを食べるハボックを見つめてブレダが
聞く。
「美味いか?」
「うん。あんまり甘くもしつこくもなくて美味しい。」
「一口味見…」
「ヤダ。」
ハボックは皿を抱え込むとあっという間にケーキを食べてしまう。残念そうに空になった皿を見るブレダを放って
ハボックは執務室の扉を見つめた。
(男の部下にケーキね…。しかもオレ、甘いもん苦手だって言ったのに。)
わざわざあまり甘くないというケーキを見繕ってまでおすそ分けしてくるロイを、ハボックは変わった人だともよく
判らない人だとも思いながら何となくうきうきしてくる気分を抑えることが出来なかった。
就業時間を終えてロイを家に送り届けようと、ハンドルを握ったハボックは後部座席のロイに向かって言った。
「さっきはケーキ、ありがとうございました。」
「ああ、そんなに甘くなかったか?」
「はい、美味かったっス。」
そう答えるハボックに満足そうに頷くロイにハボックは聞いた。
「大佐はあのケーキ、まさか全部自分で食べたんじゃ…。」
「バカ言え。3個しか食べてないぞ。後は色々世話になった人事の女性達に差し入れた。」
「3個…」
確かに美味しいケーキではあったが3個も食べる人の気が知れない。ハボックはそう思いながらロイに尋ねた。
「大佐って酒は飲まないんですか?」
「飲むぞ。なんでだ?」
「いや、だって甘いもん好きみたいだから。」
「それと酒とは別の話だろう。そうだ、ハボック。今夜は暇か?」
「へ?ええまあ…。」
「だったら飲みに行こう。」
ルームミラーの中で楽しそうに笑うロイをハボックはビックリして見つめた。
「えっ?だってオレ、車…」
飲酒運転になっちまう、と言うハボックにロイは答える。
「私の家に止めて、そこから歩いていけばいいだろう。」
「いや、でも…。」
「予定はないんだろう?」
「ないっスけど」
「だったら決まりだ。」
有無を言わさぬロイにハボックはため息をつくとハンドルを握りなおす。
(訳判んねぇ…)
いくら直属の部下とはいえ、自分を誘う意味を測りかねてハボックはしげしげとミラーの中のロイを見たのだった。
→ 第四章