黒き瞳の見つめる先を 第二章
30分が過ぎてハボックはブレダとともに執務室へと入っていった。次々と続いて入ってきた面々をハボックはちらりと
窺う。硬質な感じの美人と痩せた神経質そうな男、童顔でコイツ本当に軍人か、と言いたくなるような小柄な男。
それにブレダとハボックの全部で5人。
(どういう基準で選んだのかな。)
どうせすぐに首になるだろうと思ってはいても、やはり気にならないといえば嘘になる。ハボックがちらちらと周りを
窺っていると、執務室の机で書類を書いていたロイがペンを置いて立ち上がった。ロイは居並ぶ面々をぐるりと
見回すと口を開く。
「リザ・ホークアイ中尉。」
「ハイマンス・ブレダ少尉。」
「ジャン・ハボック少尉。」
「ヴァトー・ファルマン准尉。」
「ケイン・フュリー曹長。」
一人ひとり名を呼び、呼ばれたものは敬礼を返していく。そんな部下達を満足げに見渡しながらロイは言葉を続けた。
「諸君のことは過去の実績などを調べさせてもらった上、選ばせて貰った。それぞれの能力を生かした働きを期待
している。」
ロイはそこで一度言葉を切ると、ホークアイに視線を向ける。
「ホークアイ中尉、君には私の副官を務めてもらいたい。」
「Yes, sir!」
(美人だけどきつそうな人だよな…)
などと、ハボックがのんびり考えていると。
「ハボック少尉。」
「うわっ、はいっっ」
いきなり名前を呼ばれて慌てて返事を返す。そんなハボックをロイは一瞬目を丸くして見つめたが、苦笑して言った。
「少尉はどうも私の話に興味がないらしい。」
(やべー。3日どころか初日で首だ…)
机を回ってハボックの前までやってきたロイを見下ろしながらハボックは焦る。だがロイは面白そうにハボックを
見上げると言った。
「少尉には私の護衛とホークアイ中尉とともに私の副官を務めて欲しい。」
「…は?」
出て行けと言われると思っていたハボックはロイの言葉に間の抜けた声を上げてしまう。ホークアイがくすりと笑う
様子と、ブレダがやれやれとため息を零す様とを目の端に捉えながらハボックはロイのことをまじまじと見つめた。
「えと…副官っスか?」
あ、違う、副官ですか、だったとモゴモゴと口ごもるハボックにロイは楽しそうに笑うと言う。
「そう、副官だ。」
空色の目を見開いてロイを見下ろすハボックの胸を手の甲でポンと叩くとロイは言った。
「返事は、少尉?」
「…Yes…Yes, sir!」
まだ信じられないという顔で、だがハボックは背筋を伸ばすとロイに敬礼を返したのだった。
「わかんねぇ…」
ハボックは自分のものとして宛がわれた机にぺしょりと突っ伏すと呟いた。向かいの席に座ったブレダが書類を捲り
ながら言う。
「副官だって、期待されてんじゃん。」
「過去の実績見てんだろ?誰かと間違ってるんじゃねぇの?」
これまでどこの部署でも長続きしなかったのだ。そんな自分を副官として使いたいと思う人間がいるだろうか。
(絶対誰かと間違ってるって…)
それならそうと早いとこ間違いに気づいて欲しい。ハボックはそう思うと深いため息をついた。
「ハボック少尉。」
ガチャリと執務室の扉が開いてロイが出て来た。ハボックが立ち上がるとロイはその必要はないと言うように手を
振る。どさりと椅子に腰を下ろして不安そうに自分を見上げてくる空色の瞳を見返して、ロイは言った。
「15分ほどしたら市内の視察に出かけたいんだが、手は空いているか?」
「はあ、今日は特に訓練とかの予定も入れてないっス…入れてませんからいつでも大丈夫…です。」
酷く緊張した面持ちでそう答えるハボックを面白そうに見ると、ロイは「では15分後」と言って執務室にもどって
しまった。ハボックははああ、と長いため息をつくと机に両肘を突いた手の上に顎を載せる。
「やっぱ絶対ムリ…。」
エライ緊張する、と呟くハボックをブレダは珍しそうに見た。
「お前でも緊張することなんてあるのか?」
「…んだよ、ソレ。」
ブレダの言葉にムッとして答えるハボックをブレダは面白そうに見つめた。
「やっと上司に嫌われないようにしようって気になったんじゃねぇの?」
「それと緊張するのと何の関係があるって言うんだよ。」
「嫌われたくないから緊張するんだろ?」
そう言われてハボックの顔に大きなハテナマークが浮んだ。
「大体別に嫌われたくないとかって考えてねぇし。」
ハボックはそう言うとガタンと席を立つ。
「車回してくる。」
そう言って司令室を出て行くハボックの背にブレダは呟いた。
「ま、変わるってのはイイコトじゃねぇの?」
だが、その言葉はハボックの耳には届いていなかった。
「少尉。」
司令部の建物の前に車をつけて、その側で煙草を吸っていたハボックはロイの声に慌てて煙草を落とすと踵で
踏み消した。
「悪い、待たせた。」
「そんなことないっ…です」
答えて後部座席の扉を開けるハボックにロイは笑いながら言う。
「普段どおりに喋りたまえよ、少尉。」
「え、あ、いや、でも…。」
ハボックは半ば慌ててそう答えると視線を彷徨わせる。そしてロイを見下ろしながら上目遣いで窺うという高等
技術を駆使しながらハボックは言った。
「でも、いつも上官を敬うような口の聞き方をしろって…。」
もごもごと口ごもるように言うハボックにロイは車の中に入りながら答える。
「そんなくだらんことにはこだわらん。」
言いたいことも言えんようでは困る、と言うロイにハボックは、はあと頷くと扉を閉めて運転席へと回った。静かに
車を発進させながらルームミラー越しにロイを見て聞く。
「どこから回ります?」
「そうだな、少尉ならどこから回る?」
反対に聞き返されてハボックは首を傾げた。
「そっスね…。市民の様子から見たいなら北の駅周辺から商業地区のあたりっスかね。この時間ならまだ市場も
開いてますし。西の工場街のあたりは軍への不満分子も多いっスけど、今なら時間も早いしそんなに危険もなく
見られると思いますよ。逆に夕方には行かない方が無難っス。」
ロイは顎に指をあてて考えていたが、一つ瞬きすると言った。
「それじゃまず駅のほうへ回してくれ。」
「Yes, sir.」
ハボックは答えてハンドルを切った。
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