君のいる夏  後編


「うわあ、久しぶりだ、縁日っ」
 花火会場の近くにくれば様々な露店が軒を並べていて、ハボックが嬉しそうに笑う。きょろきょろと物珍しそうに見回すロイにハボックが言った。
「まずはどこ行きます?大佐の行きたいとこからでいいっスよ」
「どこって言われても……あまりこう言うところにきたことがないから判らないな」
 聞かれて困ったようにロイは首を傾げる。辺りを見回しながらゆっくりと歩いて、ロイは一つの店の前で立ち止まって言った。
「あれは何をしてるんだ?」
「ああ、金魚すくいっスよ。やってみますか?」
 ハボックはそう言いながら近づくと金を払ってポイを二本貰う。一本をロイに渡して言った。
「これで金魚を掬うんです」
「これで?」
 ロイはそう言って手にしたポイを見る。金属の輪っかに紙を貼っただけのそれに、ロイは眉を顰めた。
「こんな紙で出来たのでどうやって掬うんだ?」
「じゃあお手本見せますから」
 ハボックはそう言うと金魚の桶の前にしゃがみ込む。浴衣の袖をまくりポイをそっと水につけた。
「水に漬けたら破けてしまうんじゃないのか?」
 それを見たロイが慌てて言うのにハボックが指先を振る。チッチと舌を鳴らして言った。
「先に全面を濡らした方が破けにくいんスよ。じゃあ見ててください」
 ハボックはそう言って金魚を目で追う。狙いを定めた金魚の側にポイを入れると水平に動かした。動かしたポイの上に金魚の頭が乗ったところでサッと水から上げる。左手に持ったお椀の中に金魚を滑らせるように落としてニヤリと笑った。
「どうっス?」
「凄い!」
 あっと言う間に金魚を掬ったハボックにロイが目を見開いてパチパチと手を叩く。黒曜石の瞳に尊敬の光が浮かぶのを見て、ハボックは自慢げに胸を張った。
「じゃあ次は大佐の番」
「わ、判った。まずはこれを水で濡らすんだったな」
 ロイは言って恐る恐るポイを水に浸す。それから一匹の金魚をじっと睨みつけるとエイとばかりにポイを水に差し入れた。
「こら、逃げるなッ」
 目を付けた金魚はスイスイと水の中を逃げてしまう。しつこく追い回してすくい上げたものの、ポイは破けて金魚が逃げてしまった。
「あーッ」
 ロイは破けたポイを見つめてがっかりと肩を落とす。そんなロイのポイを取り上げると、ハボックは自分の分を渡した。
「大佐はそれ使って。オレはこれでやりますから」
「えっ?でも、それ破けてるぞ」
「大丈夫、大丈夫」
 ハボックは笑ってウィンクすると桶の中を見つめる。ポイとお椀を両手に構えたハボックは、次の瞬間サッとポイを水に沈めた。金魚の頭を破れていないところに載せて掬うと同時にお椀に金魚を放り入れた。
「ね?」
 ニッと笑うハボックをロイはポカンとして見つめる。次の瞬間顔を興奮に赤らめて手を握り締めた。
「凄いっ、凄いな、ハボック!」
「えへへ、そうっスか?」
 ロイに褒められてハボックがでれんとしながら頭を掻く。ロイはお椀の中の金魚を見て言った。
「この金魚、ちょっと金色がかって綺麗だろう?捕ってくれて嬉しい」
 にっこりと微笑まれてハボックの鼻の下がにょーんと伸びる。慌てて引き締めてハボックが言った。
「金魚すくいはコツがあるんスよ。追いかけ回さずそっと入れて、金魚の頭が乗ったところで掬い上げる。尻尾まで載せると金魚が暴れて紙を破かれちゃうことがあるんです」
「ふぅん、そうなのか」
 感心したように頷くロイにハボックがやってみればと言ったが、ロイはふるふると首を振った。
「私には難しそうだ。それに欲しいのはお前が捕ってくれたから」
 そんな風に言われてハボックは顔を赤らめる。捕った金魚をビニールの巾着に入れて貰うとロイに差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 嬉しそうに笑うのを見ればハボックも嬉しくて堪らなくなる。その後も二人は花火が始まるまでの時間を、ヨーヨー掬いをして射撃を撃ち、リンゴ飴を頬張って綿飴を舐めてケラケラと笑いあった。


「大佐、早く早く。花火始まっちまいますよ」
 たっぷりと縁日を楽しめば時間なんてあっと言う間に過ぎてしまう。気がつけばもうすぐ花火が始まる時間で、二人はよく見える場所を目指して大勢の人の間を縫うようにして歩いていた。
「待ってくれ、ハボック。金魚が……」
 急いで歩くと巾着の水が揺れるのが気になって、ロイはハボックから遅れてしまう。気がつけば背の高い姿を見失っていて、ロイは足を止めてきょろきょろと辺りを見回した。
「ハボックっ?」
 声を張り上げて呼んでみるがハボックの姿はない。途方に暮れて立ち竦むロイの前に二人連れの男が現れた。
「あれ?オネエサン、彼氏とはぐれちゃったの?」
「その服、すげぇ可愛いぜ。なあ、俺たちと遊ばねぇ?彼氏なんてほっといてさ」
 両脇から挟み込むようにして身を寄せてくる男たちに、ロイはあからさまに嫌悪の表情を見せる。キッと睨むと手を握ろうとしてくる男の手をパンッと払いのけた。
「触るなッ、お前たちなんかと遊ぶ暇はない」
 ロイはピシリと言って歩きだそうとする。だが、男たちがロイの肩を抱くようにして引き留めた。
「そんな冷たくすることないじゃん」
「そうそう。楽しいぜ?俺たちと一緒なら」
 そう言いながらベタベタと触れてくる手にロイが怒りと羞恥に頬を染める。ロイが怒鳴りつけようと口を開こうとするより一瞬早く、伸びてきた手がロイの体を男たちから引き離した。
「気安く触ってんじゃねぇよ」
「ああ?なんだよ、お前」
「邪魔すんじゃねぇよ」
 ムッとして男たちはハボックに凄んで見せる。だが、上背のあるハボックにギロリと睨まれて後ずさった。
「く、くそッ」
「いいぜ、別にっ。そんな女、大したことねぇしッ」
 悔し紛れに言った男は次の瞬間ハボックに襟首を掴まれてグイと持ち上げられ、ジタバタと暴れた。
「大したことねぇ、だと?」
「わあ、嘘ですッ!凄い可愛いですッ!ごめんなさいッッ!!」
 必死に謝る男からハボックは投げ捨てるように手を離す。そうすれば忽ち人混みの中に逃げていく二人に、ハボックはフンッと鼻を鳴らした。
「大丈夫っスか?大佐」
「ああ」
 頷くロイにハボックはホッとして笑う。胸元で握り締めているロイの手に己のそれを伸ばすと、ハボックはそっと握った。
「手、繋ぎましょ。もうはぐれないように」
「えっ?」
 びっくりして声を上げるロイに構わず、ハボックはにっこりと笑って歩き出す。大きな手に手を握られて、ロイは耳まで真っ赤になった。
「大佐、こっち」
「う、うん」
 ハボックに手を引かれて歩けば不意に川岸に出る。急に開けた視界に顔を上げれば、ヒュルルルと音が聞こえた。そして。
 ドオオン!
 大きな音がして川の上に焔の花が咲く。その美しさにロイは大きく目を見開いた。
 ドン!
 ドオン!
 次々と花火が空に打ち上げられては暗い夜空に鮮やかな花を咲かせる。その見事なまでの美しさに、ハボックとロイは暫くの間言葉もなく空を見つめた。
「綺麗っスね」
「ああ」
 呟く声にロイが頷く。そのまままた花火を見上げていればハボックが言った。
「大佐も綺麗っス」
「えっ?」
 唐突な言葉にロイがびっくりしてハボックを見る。白い顔に花火の色を映すロイをハボックはうっとりと見つめた。
「花火も綺麗っスけど、大佐はもっと綺麗っス」
「ば、馬鹿ッ」
 ストレートに告げられる言葉に、ロイは恥ずかしくなって目を逸らす。そんなロイにハボックが幸せそうに笑って言った。
「来年も一緒に見に来ましょうね。来年も再来年もその先もずっとずっと」
「ハボック」
 見つめればにっこりと笑うハボックに、ロイは小さく頷く。ドンと響く音に二人はもう一度空を見た。
「今日は連れてきてくれてありがとう。浴衣も、嬉しかった」
 空を見上げたままロイが言えば、答えるように手がギュッと握られる。その暖かさに顔を真っ赤に染めながら、ロイはハボックの手を握り返して花火を見上げたのだった。


2012/08/31


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◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


おぎわらはぎりさまからのリクで「二人で花火なんかみつつ、ちょっとラブラブてきな感じのものを。二人して浴衣姿だとなお萌え!最終的に二人が手をつないでて、ロイの顔が真っ赤だったりすると、もう最終兵器って感じです」というリクでした〜。なんかもうひたすらに初々しいというか、どこの中学生だよと言う感じになっている上、なんか凄く昔懐かしい感じがしました(最初の頃はこんな感じの短編ばかり書いていたので/苦笑)とりあえず思いっきりラブラブを目指したつもりです!少しでもお楽しみいただけましたら嬉しいですv