賭禄  第一章

「何をしてるんだ?」
 昼休み、休憩所で煙草の煙を量産している一団に近づきながらロイが言う。その声に振り向いたのはハボックと彼の小隊に所属する筋骨逞しい男たちだった。
「あ、大佐ぁ」
 肩越しに振り向いたハボックが気の抜けた声をあげる。それにつられるように敬礼やら会釈やらを寄越してくる隊員たちに軽く頷いて、ロイはテーブルの上を覗き込んだ。
「カードか?」
「ポーカーですよ」
 ロイの問いに隊員の一人が答える。見ればハボックを含めて四、五人のメンバーがカードを手にテーブルを囲んでいた。
「司令部内で賭事は禁止だぞ」
 一応上司として言うべき事は言ってからロイはハボックの手札を見る。そのどうにも勝負のしようのないカードに眉を跳ね上げるロイに別の隊員が言った。
「賭けっていってもかわいいもんですから」
「そうそう、ビール一杯とか煙草一箱とか」
 そう言う隊員達に笑いながらロイはハボックに言う。
「お前、カードゲームなんて出来るのか?ましてやポーカーなんて」
 とからかうように言えば、ハボックが煙を吐き出した。
「まあ、そこそこ」
「その手札で?」
 ロイはそう言うとハボックが持っているカードを指で弾く。
「お前のことだからそんなカードを持っている時はさぞ情けない顔しながらやってるんだろう。どう考えてもお前には不向きなゲームだな」
「………じゃあ、勝負してみます?」
 バカにしたように断言するロイをじっと見つめてハボックが言った。
「勝負にならんだろう、私とお前じゃ」
「判りませんよ?もしかしたらオレが大佐をけちょんけちょんにするかもしれないし」
「ありえんな、それこそ瞬殺だ」
 自信満々に言い放つロイをみていた隊員の一人が立ち上がる。
「どうぞ、マスタング大佐」
 そう言われてロイは一瞬躊躇したがここで断るのも格好がつかないと譲られた椅子に腰を下ろした。ハボックを残して他の隊員達も席を立つ。ロイと向かい合わせの席でハボックはニヤリと笑って言った。
「じゃあ、オレと大佐とサシで勝負っつうことで。どっちが親になります?」
「お前で構わん」
 椅子の背に体を預けて腕組みしたロイが言う。ハボックは唇の端を上げて笑うとテーブルの上のカードを集め、よく切って二人の前に五枚ずつ配った。
「大佐、賭けは禁止って言ってたっスけどここはやっぱり賭けませんか?その方が盛り上がるってもんでしょ?」
「いいだろう、お前のやる気が出た方が少しは楽しめるだろうからな」
「じゃあ、五回勝負で。何を賭けます?」
「負けた方が勝った方の言うことを聞くっていうのはどうだ?」
 ロイの提案にハボックはニヤリと笑う。
「いいっスね、それ。大佐がオレの言うこと聞いてくれるんだ」
「お前が私の言うことを聞くの間違いだろう」
 ハボックの言葉にロイは自信満々言い返した。
「いざ、勝負!」
 ハボックの声と共に二人は自分の前のカードを手に取る。ロイがちらりとハボックの顔を伺えば、さっきまでの大口が嘘のように眉間に皺を寄せるハボックに、ロイは内心クスリと笑った。
(まったく、とても勝負になるとは思えんな)
 そう思いながらロイはカードを見る。さい先のよいことに手持ちのカードはJのスリーカードと最初の勝負を挑むにはよい手札と思えた。
「どうぞ、大佐」
 眉間に皺を寄せたままハボックが言う。ロイは澄ました顔でチップをとると「ビッド」を宣言した。それに答えてハボックが「コール」と同額のチップを賭ける。
「ドローしますか?」
 と聞かれ、ロイはカードを取り替える。ハボックも「二枚」と宣言してカードを代えたが、その眉間には益々深い皺が刻まれていった。
(期待したカードが来なかったようだな)
 ロイは内心そう考えて笑うと更にチップをビッドする。ハボックが迷った末ビッドして二巡目が終わった。
「んじゃ、カードのオープンといきましょうか」
 そう言うハボックに答えてロイは手札を表向きに置く。
「Jのスリーカードだ」
と言えば、ハボックが手札を置いて答えた。
「オレはクラブのフラッシュ」
「………え?」
「オレの勝ちっスね」
 ニヤリと笑ってハボックは場のチップを引き寄せる。ロイは一瞬唖然としたが、気を取り直すと再び配られたカードを手に取った。
(くそう、てっきりろくな手札じゃないと思ったのに)
 内心舌打ちしながらロイはちらりとハボックを見る。そうすれば今度は明らかに顔を輝かせているハボックを見て、ロイは自分の手札に目を戻した。
(8のワンペア……)
 残りの三枚はバラバラで何かの手になるとも思えない。それでも一巡目をビッドしてカードを取り替えたロイはまるで変わらない手札にため息をついた。一方向かいのハボックはドローもせずに二巡目に挑もうとしている。自信満々なのが透けて見えてロイは仕方なしにカードを置くとドロップを宣言した。
「マジっスか?やった!」
 ハボックはそう言ってチップを引き寄せる。一体どんな手札だったのだろうと気になって、ロイはハボックが伏せたカードを表に反した。
「4のワンペア……」
「えへへ、儲けたっス」
 ヘラリと笑うハボックをロイはキッと睨みつける。
「貸せっ」
 そう言ってハボックの手からカードを奪い取ると気持ちを込めてよーく切った。
(次で勝たなければ負けじゃないかっ)
 五回勝負で既に二連敗。次に勝つか最悪でも引き分けなければその時点で負けが決まってしまう。
(冗談じゃない!)
 ロイはよく切ったカードを五枚ずつ配ると勢いよく配ったカードを手に取った。
(よし!フルハウス!)
 しかもカードはAとKだ。これならハボックがどんな顔をしていようとそうそう負けるはずはない。そう考えたロイは自信満々勝負に挑んだ。だが。
「ストレートフラッシュっス」
 にっこり笑ったハボックが広げたカードはハートの7、8、9、10、Jの五枚。呆然としたロイの手からはらはらと落ちたカードを確かめたハボックはニヤリと笑って言った。
「ってことは、この勝負、オレの勝ちっスね」
 その声にロイはハッとしてハボックを見る。往生際が悪いと思いつつ、このまま負けを認めるわけにもいかなくて言った。
「ちょっと待て、ハボック。こんな続けざまに私が負けるなんて有り得ん。お前、まさかカードに小細工したとか───」
「たーいーさー、人聞きの悪いこと言わんでくださいよ。そんな事するわけないっしょ」
 なあ、と呆れた顔で勝負の行方を見守っていた部下達に同意を求める。だが、立会人は全てハボックの直属の部下で、言うなればこの場はどうとでもハボックのいいようになるのではと思い始めたロイに、隊員の一人が言いにくそうに言った。
「もしかしてマスタング大佐、ご存じなかったんですか?」
「何をだ?」
 ロイがそう聞き返せば隊員達が気の毒そうに目配せする。
「何をだ?はっきり言え」
 苛々と言うロイに目配せしていた隊員の一人が口を開いた。
「隊長、“イーストシティの狼”って異名でポーカー、滅茶苦茶強いんですよ。東方司令部で隊長とポーカー勝負しようって奴、今じゃ一人もいません」
 その言葉にロイは一瞬ポカンとしたが、せき込むようにして尋ねる。
「だが、お前達、さっきここで勝負してたろうッ?」
「ああ、あれ。あの時オレは指南してただけで勝負に参加はしてないっスよ」
「な…ん……」
 さらりと言ってのけるハボックにロイは今度こそ呆然とする。そんなロイにハボックはニヤリと笑って言った。
「さて、と。大佐には何やって貰おうかな」
「お、おい、ハボック…っ」
「今更ナシは駄目っスよ。大佐が賭けに乗ったの、ここにいるコイツらが証人っスから」
 そう言われて見回せば誰もが気の毒そうにロイを見ている。
「は……ははは……」
 ロイは乾いた笑いを零すと、がっくりと椅子に沈み込んだのだった。


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