ホシクテタマラナイ  前編


「ハボック」
振り向いてにっこり笑う顔にどきりとする。まるで子供のように無防備な笑顔に、なんだか自分がこの人に抱いている
感情を責められている様な気がした。
「ここのケーキが美味いんだ。」
そう言ってオレの手を引くこの人があの焔の錬金術師で東方司令部司令官で、その上オレの恋人だったりするから
不思議なもんだ。もっとも恋人って言ったってまだキスしかしてないけどさ。
「お前はどれにする?」
色とりどりのおいしそうなケーキが並ぶショーケースを覗いて大佐が言う。
「どれも美味そうだしな…」
そう言って目を輝かせてケーキを選ぶ大佐のほうが、よっぽどおいしそうにオレには見えるんだけど。
「ハボック?」
前かがみになってショーケースに顔を着けんばかりにしていた大佐が、上目遣いにオレを見る。
「あー、オレ、甘いもの苦手なんスけど」
「だったらこの辺のチーズベースのとかヨーグルトベースのとかにしたらどうだ?」
だから、ケーキじゃなくてアンタが食いたいのに。
「大佐が適当に選んでくださいよ。」
「そうか?」
オレの言葉に頷くと、大佐は売り子のお姉さんにケーキを注文しだす。酒も結構イケルくせして甘いもんにも目がないん
だよね。こっちの気も知らないであんな嬉しそうな顔しちゃって。

オレと大佐が付き合うようになってかれこれ1ヶ月が経とうとしていた。しっかりしているようで、どこか抜けてて、サボリ
癖のある、でも、いざとなったらとても頼りがいのある上司である大佐に、酔った勢いで告白したオレに、「実は自分も
好きだったのだ」と、顔を赤らめて返されて、もうその時は舞い上がるほど嬉しかったのだけど。
これまでも大佐を送って家に行ったり、メシの面倒をみてやったりしていた時間が、ほんの少しこれまでより甘くなった
ような気がしたのも最初の内で、大佐ときたら、付き合うってことの意味わかってんのかって言いたくなるほど鈍だった。
これで名うての女タラシだったっていうから、正直信じられない。それともこれまで付き合ってきた女の人とは全部清い
お付き合いでしたなんてこと…あるわけないよな。つか、もしそうだったら気持ち悪いだろ、29にもなって。

とにかく、この1ヶ月。大佐と一緒にしたことと言えば、メシ食って、映画見に行って、散歩して、あとドライブにも
行ったっけ。これって全然付き合う前とやってること変わんないじゃん。大佐ときたらオレといるとなんだかすっかり
安心しきった顔しちゃってさ。こっちはいい匂いがした大佐を目の前にデンと置かれて、ヤりたくて仕方がないって
いうのに。ああ、だからそんな顔してオレのこと見ないでくれないかな。

「ケーキ、食事の前に食べるか?」
「…そんなことしたら、アンタ、メシ食わなくなるからダメ。」
ほっとくとケーキやらクッキーやらを主食としかねないから困るんだ。
「でも、食事の後にしたら食べられなくなるじゃないか。」
「へーき、へーき。別腹って言うじゃないっスか。」
「人の腹だと思って勝手なことを…。」
ケーキの箱を抱えてむうと脹れるその姿は、まるで子供だ。童顔も相まって、子供に悪戯しようとしてる悪い大人に
なったような気がする。
「知ってます?別腹って、腹いっぱいの時になんか食いたいと思うと、胃の中のものがぐぅっと圧縮されんですよ。」
で、胃の上に隙間が出来るって訳、と珍しく大佐にウンチク言ったりして。
そうでもしてないと、はっきり言ってもう、我慢も限界に近いから。
初めてが無理矢理っていうのはやっぱり嫌だから、できれば大佐にもその気になって欲しくて、随分いろいろと水を
むけてみた。でもその全てが徒労に終わって、正直もう、にっちもさっちも行かない状況だ。大体1ヶ月もシないで
いるなんて、アンタも男だろうが!
「ハボック?」
玄関の前に立ったまま、鍵も開けずに突っ立ったままのオレを大佐が不思議そうに呼んだ。いつの間に家に着いた
んだ?もう、マジでいっぱいいっぱいなのかも、オレ。
「ああ、すんません。ボーッとしてて…。」
オレは慌てて玄関の扉を開けると大佐を入れてやる。そそくさとキッチンまで行くと早速ケーキを食べかねない様子
の大佐の手からさっとケーキの箱を取り上げると冷蔵庫にしまった。すごーく恨みがましい目でオレを見る大佐に
「ケーキは食事の後、っつったでしょ。」
と言えば、むぅと頬を膨らませた。まったく、恨みがましい目で見たいのはこっちだよ。どうして恋人がいるのにセックス
しないで、想像だけで抜かなくちゃいけないんだ。オレはため息をつくと、冷蔵庫の中から食材を取り出して食事の
準備に取り掛かった。その時、ふと顔を上げると、新しい酒の瓶がカウンタに置いてあるのに気がつく。
「なんスか、この酒。」
オレが指差して聞けばダイニングの椅子に座った大佐が答えた。
「ああ、この間土産にもらったんだ。結構貴重な酒らしいぞ。」
そう言われてオレはボトルを手に取った。ラベルをみて思わず声を上げる。
「げっ、この酒、60度もあるじゃないっスか。」
オレは酒の瓶を大佐のところへ持って行く。
「こんな火、つけたら燃えるような酒、キッチンに置いておかないで下さいよ。」
「へぇ、燃えるのか、この酒。」
「火気注意って書いてあるでしょ。」
「燃やしてみるか?」
悪戯小僧みたいな顔をしてオレを見上げる大佐に、そういやこの人自体が火気だっけ、と思い至る。つうか、オレに
とっても火気だけどさ。今のオレはアルコール度数60度どころじゃないかもしれない。ちょっと火気を近づけたら
ドッカーンと爆発しそうだ。でも、肝心な火気の方は、爆発どころか燃え上がりもしなさそうで。人のことを煽るだけ
煽っておいて、自分は涼しい顔してるなんて、それってあまりに理不尽じゃないの?
オレはなんだかむしゃくしゃしてきてボトルを手に取ると封を切った。グラスをとりだすと、コポポポという音と共に注ぎ
いれる。部屋の中に甘くて濃厚な香りが漂った。
「こんな酒、人間にも火がつきそうっスよね。」
オレは大佐の顔を見ながらグラスを掲げた。オレの言わんとしていることが理解できずにポカンとオレを見上げてくる
幼い表情が堪らない。オレは酒をぐいと煽ると大佐を見る。度数の高い酒が喉を通って体の内側から焼けるようだ。
オレはもう一度口に酒を含むと大佐の体をぐいと引き寄せる。唇を合わせて口移しに酒を大佐に飲ませると、びくんと
オレの腕を掴んだ指に力が入った。
「んんっっ…んーっ」
もう一度酒を含むと口移しに飲ませて、2度3度と同じことを繰り返せば、大佐がくったりと体を預けてきた。
「ハ、ボ…おまえ…」
目元に朱を刷いた顔が壮絶に色っぽい。オレは大佐に深く口付けるとその耳元に囁いた。
「たいさ…いいでしょ?」
ここでヤらずして、いつヤるというんだ。だが、大佐は一向に返事をしない。不思議に思ってその顔を覗き込めば、
大佐はすーすーと寝息を立てていた。
「う、そ…」
信じらんねぇ。寝るか、ふつう、曲がりなりにも恋人と一緒なんだぜ。寝ないだろ、普通は!
「くそー、もう、犯してやりますよ…」
オレは安心仕切った顔をして腕の中でまどろむ大佐に言ってみる。言ってみただけでやらないけどさ。だって反応の
ない相手を抱いたってつまんないし。それにしたって。
「ちきしょおっ!!ヤらせろ!!」
オレは子供の寝顔で眠る大佐を抱きしめて大声で吠えた。


→ 後編