はじめのいっぽ 前編
「ん…」
ハボックはロイの体を引き寄せるとそっと唇を合わせる。啄ばむようなソレが段々深く貪るものに変わっていくと、
それまで大人しくハボックの腕に抱かれていたロイがグイとハボックの胸を押した。
「ね、たいさ、今日アンタの家に寄って…」
「送ってくれてありがとう、ハボック。私はこれから見なくてはいけない書類があるので、今夜はこれで失礼するよ。」
「書類って、仕事、終わったんじゃなかったんスか?」
「お前と食事をする約束をしてたからな、終わらない分を持って帰って来たんだ。」
だから悪いが、と言われてしまえばハボックもそれ以上何か言うことは出来なかった。
「それじゃ、お休み、ハボック。」
「…おやすみなさい、たいさ。」
パタンと無情にも閉じた扉を見つめて、ハボックは深いため息をついた。中で明かりがついたのを確認すると、踵を返し
とぼとぼと歩き出す。
ずっと好きだったロイに玉砕覚悟で告白して、意外にも相手も自分を好きだったと判ったのが約1ヶ月前。それから
一緒に食事をしたり、映画を見たり、デートの真似事のようなことを続けて、やっと先日キスまでこぎつけた。だが。
(なかなかさせてくれないんだよな、あの人…)
ロイの家に行きたいと言えば、今のように仕事があるとか部屋が散らかっているからとか、なにかしら理由をつけて
やんわりと断られ、それならハボック自身の家へ来ないかと言っても疲れているからとかなんとか、ちっとも首を縦に
振ってくれない。
(女相手だと、エライ早業のくせして、なんで…)
アメストリス軍にロイ・マスタングあり、と言われるほどの女タラシだったロイが自分のことを好きだったのには酷く驚いた
と同時に舞い上がってしまうほど嬉しかったのだが、恋愛に関しては経験豊富であろうロイがどうして自分とのことには
あそこまで二の足を踏むのかが判らない。
(オレに気に食わないところがあるのかな。)
でも、それなら告白した時点で首を縦に振るわけがない。そもそも向こうも自分を好きだったと言ったのだ。
「ちきしょー、ヤりてぇ…っ」
思わずぼそりと呟いてハボックは夜空に浮ぶ月を見上げた。
ハボックとの間の扉を閉めて、ロイはホッと息を漏らした。廊下の明かりをつけると、歩き出す足音に胸を撫で下ろす。
ここのところハボックがずっと二人きりになる機会を狙っているのは判っていた。その目的も。しかし。
(女性とならいくらでも経験があるが、男とは…)
ハボックの欲情を秘めた青い瞳を思い出して、ロイはぶるりと体を震わせた。
(アレは絶対私を抱きたいと言うことなんだろうな。)
そう考えただけで血の気が引く思いがする。ハボックのことは昔から好きだった。一緒にいて楽しいし、適度に甘やか
して我が儘も聞いてくれる。何より気を使わなくてすむのがいい。ハボックの側にいるのが居心地よくて、だから
ハボックから「好きです」と言われた時はすごく嬉しかった。あんまり嬉しくて後先考えずに自分も好きだったのだと
告げてしまい。
(付き合うってことの中身を忘れていた…)
子供のママゴトではないのだ。付き合うと言うからにはキスもすればその先も―――。
(キスはいいんだ、キスは。)
ハボックとキスするのは好きだ。煙草を吸っているせいだろう、多少苦い気もするが慣れてしまえばソレこそがハボック
の味、と言えるだろうし、あの大きな体に包まれて交わすキスは酷く安心できてロイの心を溶かしていく。だが。
(その先となると、ちょっと…)
知識としてどういうものなのか、全く知らないと言うことはない。だが女性と違って本来交わることが考えられていない
男同士のセックスは、ロイに本能的な恐怖を起こさせた。
(ハボックのことは好きだ。ハボックの気持ちも判らないではない。でもやっぱり…)
ハボックとセックスするとしたら、どう考えても自分が女役だろう。体格差から見てもハボックの性格からしても、絶対
ロイにさせてくれるとは思えない。
(ハボックには悪いけど、やっぱり―――)
怖い。
はっきりと言葉として認識してしまうと、更に恐怖が増して来る。ロイはぞくりと体を震わせると寝室へと向かった。
「ねぇ、たいさ、この間みたいって言ってた映画のビデオ、買ったんスけど。」
「え、そうなのか?」
ハボックの言葉にロイの顔がパッと明るくなる。
「この後、オレんち寄って見ていきません?」
期待に満ちた目で見つめられてロイは思わずフォークを持っていた手を止めた。
「せっかくだが今日はちょっと…」
「ちょっと、なんです?」
ロイの言葉にハボックの声が険しくなる。
「えと、ああ、そう、ヒューズから電話がかかってくる事になってるんだ。」
「中佐から電話?なんでそんな夜遅くにかかってくるんです?しかも自宅に。」
「プライベートな話だからな。仕事中だと拙いだろう?」
「いっつも思いっきり公私混同した電話が仕事中にかかってくるじゃないですか。」
「だから、家にかけろと言ったんだ。」
引きつった笑いを浮かべながらロイはなんとか誤魔化そうとする。ハボックはロイを思い切り睨みつけると、ため息を
ひとつついて言った。
「じゃあ、いつなら見に来られるんスか?」
「それは、その、仕事の都合もあるし、今はなんとも…」
「いつになったら判ります?」
「え、いや、これからいろいろ忙しくなるからすぐにはムリ…かな。」
ガシャンとハボックがフォークを置く音にロイはビクリと体を震わせた。ハボックの体から立ち上る不機嫌なオーラに
顔を上げることも出来ない。結局二人は酷く気まずい雰囲気のままぼそぼそと食事を続けるしかなかった。
「なーにが中佐から電話だよっっ!!」
ハボックはアパートに帰ると上着を思い切りソファーに投げつけた。くそーっと呟きながらどさりとソファーに腰を下ろす。
「アレ、絶対うそだ…。」
ハボックは両手で顔をこするとそのまま脚の上に肘をついて、手の中に顔を埋めた。正直我慢ももう限界だ。ロイが
あそこまで逃げる理由が判らないだけに苛々は募るばかりだ。
「なにが気に入らないって言うんだよ。」
ロイが言い訳にヒューズを持ち出したのもハボックには気に入らなかった。
「それってオレより中佐が大事ってことじゃん。」
改めて口に出すと更にその事実がずっしりと現実になってハボックに圧し掛かってくる。
「オレって大佐にとって、何なの…?」
ぼそりと口に出して、自分でいった言葉に居た堪れなくなる。ハボックはどさりとソファーに倒れこむと、腕で顔を覆って
しまった。
家に戻ってシャワーを浴びるとロイはキッチンに行きグラスに水を注いだ。一口飲むとグラスの水を見つめたまま
ため息をついた。
あまりに見え透いたうそをついてしまった。今日のハボックは本気で怒っていたと思う。当たり前だ。ハボックから見れば
ロイの態度はあまりに不誠実と思えるだろう。いつまでもこのまま逃げ続ける訳に行かないことも判っている。判って
いるつもりだ。それでも。
(どうしたらいいんだろう…)
ロイはグラスの水をみつめたまま途方に暮れていた。
「大佐、この間言った映画のビデオですけど、よかったら貸しましょうか?」
ハボックがそう言うのにロイはどう答えたものか一瞬言葉につまった。
「え、でも…いいのか?」
「別に構わないっスよ。もともと大佐に見せたくて買ったんだし。」
そんな風に言われると何と答えてよいか困ってしまう。それでもハボックが熱心に勧めるので、ロイは躊躇いながらも
頷いた。
「それじゃ悪いんですけどウチまで取りに来てもらえます?」
「えっ?」
「渡すだけだからそんなに時間かかりませんし。」
「あ、うん…そうだな。」
正直ハボックの家に行くのは躊躇われる。だが、家の中に入らなければなんとかなるだろう。これまで散々ハボックの
気持ちを蔑ろにしてきた自覚があるだけに、ロイは断りきれずにハボックの家まで取りに行くことを了承したのだった。
「すぐ持ってきますけど、上がって待ちますか?」
「いや、ここでいい。」
ハボックの勧めにロイが慌てて首を横に振ると、ハボックは何か言いたげな視線を寄越したものの何も言わずに中へと
入っていった。ロイが所在無げに待つこと数分。ハボックはビデオを入れた袋をもって玄関に戻ってくる。
「大佐。」
ハボックが差し出す袋を受け取ろうとしてロイが手を伸ばした。するとその時、グイと乱暴にハボックがロイの腕を引いた。
「?!」
引かれるままに家の中へと足を踏み入れたロイの腕をぐいぐいとハボックは、何も言わずに引っ張っていく。突然の事に
抵抗することも忘れているロイを、ハボックは扉を開けて短い廊下を抜けると奥の部屋へと連れてきた。ドアを開けた
その先に、見えたベッドにぎくりとロイの体が強張る。だがそれに構わずハボックはロイをベッドの上へと突き飛ばした。
「ハボっ」
起き上がろうとする所を強引にベッドの上に押さえ込まれて、ロイは目を見開いてハボックを見上げた。暗闇の中、
それでもはっきりと判るハボックの欲望を秘めた瞳にロイの体がすくみ上がる。身動きすることも出来ずにいるロイに
ハボックは噛み付くように口付けた。
「っっ!!」
今までされたこともないような乱暴な口付けに、ロイは我に返ると猛然と暴れだす。
「やだっ!」
逃れようともがくロイの体を押さえつけてハボックはロイの耳元に囁いた。
「オレ、もう待てませんから。」
その言葉にロイがハッとしてハボックを見つめる。
「もう逃がしません。」
青い瞳に宿る獰猛な光にロイの心に恐怖が広がった。シャツの裾から忍び込む手にびくりと体が震える。ロイは何とか
ハボックの腕から逃れようとメチャクチャに暴れた。
「やだっ!いやだっ、ハボっ!」
本気で暴れるロイの姿にハボックの頭に血が上る。ハボックはロイのシャツに手をかけると一気に引き裂いた。裂いた
シャツを引き毟るように剥ぎ取ると下着ごとズボンも脱がせてしまう。そうして自らも乱暴な仕草で服を脱ぎ捨てると
ハボックはロイの体に圧し掛かっていった。
→ 後編