fall head over heels in love with his eyes   前編

「たいさ…」
甘く囁く声にロイは引き瞑っていた目を開けると自分を貫く男を見上げた。優しく見つめてくる青い瞳に微笑むと、
ロイは手を伸ばしてその目元に触れる。
ロイはハボックの瞳が好きだった。普段は綺麗に晴れ渡った空を思わせる明るい天色。その瞳がミッションを前に
潜入服に身を包んだ時は透き通った硬質のガラス細工に変わる。そうして、自分を組み敷く今は海の色を思わ
せる深い紺青に染まっていた。ハボックの瞳が色を増して自分を見つめる時、言葉より態度よりその瞳が自分に
欲情していることを教えて、求められているのだと感じることが出来る。
「ハボ…」
ロイはハボックの首に手を回すと、ゆっくりと口付けていった。

「なんか、落ち着かないっスねぇ。」
ロイについてイーストシティの街の通りを歩きながらハボックが言った。
「仕方ないさ。セントラルからお偉いさんたちが押し寄せてきたおかげで、警備のための憲兵が増えてるんだ。」
言葉の中に幾分かの嫌味も込めてロイがそう答える。
「会議なんてセントラルでもできるでしょうに。」
ぶつぶつとぼやくハボックにロイは肩を竦めた。
「急いで戻るぞ、おかげで無駄な仕事が増えて仕方がないんだ。」
むすっとした顔でそういうロイに苦笑したハボックは、すれ違いざまに肩の触れた男を振り返った。そうしてその
まま立ち止まってその男の背を見つめるハボックにロイは怪訝そうに声をかける。
「どうした、ハボック。」
「あ、いや…。」
すれ違いざま掠めた男の空気に嫌なものを感じた。ただの気のせいだったのかと思ったハボックだったが、その
ままにするのはどうにも落ち着かない。
「たいさ、ちょっといいですか?」
そう言ってきた道を引き返し始めるハボックをロイは慌てて追う。
「どうした?」
「いや、気のせいかもしれないんスけど…」
そう呟きながら足早に歩くハボックにロイは足を速めた。角を曲がったハボックがきょろきょろと辺りを見回し、
ちっと舌を鳴らすのにロイは問いかけるようにその名を呼ぶ。
「ハボック?」
だがハボックは答えずに辺りに視線を投げかけ、兆度目に入った軍人の姿にロイの腕を取った。
「大佐、あの人、知ってます?」
言われてロイはハボックの視線を追ってその先の人物を見た。
「ああ、あれはゼークト将軍だ。カール・フォン・ゼークト将軍。」
「将軍?エライ若くないっスか?」
「将軍だった父親が最近亡くなったんだ。将軍職をどうするかで結構揉めたんだがな、結局息子の彼が継ぐ
 事になった。」
ロイがそこまで言った時、突然ハボックがそちらに向けて走り出した。
「ハボ?!」
自分に向かって走ってくるハボックにぎょっとする男を、ハボックは飛び掛るようにして地面に押し倒す。その
一瞬後、彼が今まで立っていた地面を弾丸が抉った。ハッとして銃弾が飛んできた方を振り仰いだロイは建物の
中から2人を狙う男に気づき咄嗟に指を擦り合わせる。ぎゃあっと悲鳴が上がり焔に包まれた男の体が建物の
窓から落ちて、辺りは騒然とした空気に包まれた。

「大丈夫っスかっ?!」
焔に包まれてのたうつ男を呆然と見つめていたカールは、頭の上から降ってきた声にハッとして声の方を振り
仰いだ。そして、自分を心配そうに見下ろしてくる空色の瞳に身動きが出来なくなってしまう。
「あ、あの…ケガ、してないっスか?オレ、力一杯突き倒しちまったから…」
答えないカールに困ったようにそう言う男に、カールは我に返ると慌てて答えた。
「いや、大丈夫だ。なんともない。」
その言葉にホッとして笑う瞳にどぎまぎする自分に動揺するカールの耳によく通るテノールが飛び込んできた。
「ハボックっ!」
「大佐。」
男はカールの腕を引いて立ち上がるのを手助けしながら駆け寄ってくる大佐の肩章をつけた黒髪の男に答える。
黒髪の男はカールたちのところまで来ると尋ねた。
「お怪我はありませんか、ゼークト将軍。」
どこかで見たことのある顔にカールは首を傾げながら言う。
「君は…」
問われて男は敬礼をしながら答えた。
「ロイ・マスタング大佐であります。」
その答えに若くして地位を得た焔の錬金術師の顔が目の前の男の顔と重なる。カールはああ、と頷くと言った。
「ありがとう、助かったよ、マスタング大佐。」
「お怪我は?」
「大丈夫だ。」
カールがそう答えた時、カールを支えるように立っていた空色の瞳の男が口を開いた。
「大佐、燃やしちまったんスか?」
「咄嗟だったんで加減できなかったんだ。」
「犯人、判んないじゃないっスか。」
「うるさいな、お前は。」
どう見ても階級が下と思える男が大佐であるマスタングにそんな口をきくのを聞いて、カールは驚いてその男を
仰ぎ見る。自分を見つめてくるカールににっこり笑う男に、再び心臓がとくりと鳴るのに気づいてカールは慌てて
目を逸らすと言った。
「犯人の見当ならついてる。」
「お判りになるんですか?」
「証拠はないがね。」
そう言うカールに2人がつづく言葉を待つ。
「私が将軍職を継いだのが気に入らない連中さ。」
吐き捨てるように言ったカールに合点がいったと言うようにロイは頷いた。
「とにかく、司令部に戻りましょう。ここにいてもいい事はない。ハボック、警戒を怠るなよ。」
「Yes, sir!」
そう言って敬礼を返すハボックと呼ばれた男を、カールはまじまじと見上げたのだった。

「ともあれお怪我がなくて何よりです。」
ロイは執務室のソファーに座るカールに向かってそう言った。
「ああ、君達のおかげだよ。」
ありがとう、とカールが答えた時、執務室の扉がノックされ、ロイが入室を許可するのとほぼ同時に扉が開いた。
「コーヒーをお持ちしました。」
そう言ってコーヒーのトレイを持って入ってくるハボックをカールはじっと見つめる。ハボックはそんなカールに
全く気づかない様子でカールの前にコーヒーのカップを置いた。
「さっきはありがとう。」
カールがそう言えば、ハボックはきょとんとした顔をする。それからああ、という表情を浮かべると口を開いた。
「礼なら大佐に言ってください。」
オレは何もしてないし、と言うハボックにカールは答えた。
「でも、君が庇ってくれなかったら撃たれていた。」
「大佐がアイツを燃やさなければ次の瞬間には2人とも撃たれてましたよ。」
肩を竦めるハボックに尚もカールが言葉を続けようとしたとき、ロイがカールに尋ねた。
「護衛はどうなさったんです?将軍ともあろう方が護衛もつけずに出かけるとは。しかも自分を狙う相手がいると
 判っているなら尚更。」
半ば責めるようなロイの言葉に、カールは言葉に詰まって俯いた。そうして呟くように答える。
「いるにはいるが、ちょっと一人になりたくてね。」
そんなカールを黙って見ていたハボックはため息をつくと言った。
「ま、うちにもすぐ護衛を巻いて消えちまう上官がいますからね。そのお気持ちは判ると思いますよ。」
そう言うハボックをカールは驚いたように見上げる。にこっと笑うハボックにサッと頬を染めるカールを、ロイは
面白くなさそうに見つめていた。

「えっ?ハボックを?」
ロイは突然のカールの申し出に驚いて目を見開いた。
「いや、ハボック少尉が君の護衛官だというのは判っているのだが…」
ハボックが思いがけずカールを助けた日の翌日、執務室で仕事をしていたロイのところへやってきたカールが
自分がイーストシティにいる間、ハボックを護衛としてつけてもらえないだろうかとロイに頼んできたのだ。
「将軍にはセントラルから連れてこられた護衛がいるのでしょう?」
そう言うロイにカールは困ったように視線を彷徨わせた。前日会った時からハボックのことが頭から離れず、
ただ側にいて欲しいと思っているのだとは流石に言えなくて、カールは困ったように唇を噛み締める。そんなカール
を目を眇めて見たロイが、内心の不快さを隠そうともせず断りの言葉を口にしようとした時、執務室のソファーで
書類の仕分けをしていたハボックが口を開いた。
「別にいいっスよ。オレ今、わりと手、空いてますし。」
「ハボックっ?」
「大佐の護衛は中尉かブレダにやってもらえばいいでしょ?」
そう言って立ち上がるとハボックはカールの顔を覗き込むようにして言った。
「そういうわけで、オレで宜しければいつでも。」
「ハボックっ!」
ガタンと椅子から立ち上がるロイにハボックは呆れたように言う。
「たいさぁ、まさかオレがいないと何も出来ないとかって言わないでしょ?」
そう言われてロイはムッとして押し黙った。そうしてどすんと椅子に座ると吐き捨てるように言う。
「勝手にしろ…!」
ロイの言葉にハボックはカールにむかってにっこりと微笑んだ。
「それじゃ、改めてよろしくお願いします、将軍。」
そう言って見つめてくる空色の瞳に、カールは顔に熱が上がってくるのを止められなかった。

「あんの鈍感男…っ」
ハボックがカールと共に出て行った扉に向けて、ロイは吐き捨てるようにそう呟いた。誰が見たってカールが自分を
庇ってくれたハボックに一目惚れしたのは明らかだ。勿論カールがハボックに自分の気持ちを打ち明けるとも思え
ないが、それにしてもああも他人の気持ちに無頓着だと腹が立って仕方ない。
「なんだってああも鈍いんだ、アイツはっ」
自分以外の誰かがハボックの側に立つなんてとても我慢ならない。とはいえ、素直にそうも言えずつい勝手にしろ
などと言ってしまった自分を、ロイは早速後悔し始めていた。これから1週間の間ハボックがカールと一緒にいる
のだと思うと、胃がきりきりと痛むような気がする。
「くそ…ハボックのバカ…っ」
ロイはそう呟くとこつんと机に額を押し当てた。

「ただいまぁ。」
バタンと扉が開いてハボックの声が聞こえる。寝室で本を読んでいたロイはぴくりと体を震わせたが、立ち上がろう
とはしなかった。暫くしてドアがノックされたと同時に扉が開き、ハボックが入ってくる。
「もう、寝ちゃった…なんだ、起きてんじゃないっスか。」
「起きてちゃいけないのか。」
ロイは本から目を上げず殊更平然と答えた。ハボックはそんなロイをため息をついて見つめると口を開く。
「あの将軍もいろいろ大変みたいっスよ。実力がない人じゃないんでしょうけど、やっぱりどうしても親の肩書きで
 見る人が多いらしいし。やっかみもすごいみたいだし。」
「ふうん。」
「ふうん、って、アンタ。」
ハボックは頑なに本から顔をあげようとしないロイに不満そうに言った。
「オレ、頑張って仕事してきたんスけど、も少し労わってくれてもいいんじゃないっスか?もう2日もまともに話す
 時間も取れてないのに。」
そう言われてロイはようやく顔を上げるとハボックを見た。
「大変だったな。でも、私より手がかからなくて楽だとか思ってたんじゃないのか。」
ロイはそう言うと本をベッドサイドのテーブルに置く。
「もう、休むから出て行ってくれないか。」
そう言われてハボックはじっとロイを見つめた。
「何怒ってんのかしりませんけど。」
そう言ってロイの腕を掴む。
「オレはずっとアンタに会いたかったんスよ?すぐそこにアンタがいるのにろくに顔も見れなくて、もういい加減
 アンタが足りなくて息が詰まりそう、っつか…。」
そんなことを言うハボックにロイはカッとなって怒鳴った。
「お前が自分で護衛を買って出たんだろうっ!勝手なことを…っ」
そう言ってハボックを仰ぎ見たロイは、自分を見つめるハボックの瞳が色を増しているのに気がついた。
「たいさ…アンタに触れてもいい?」
囁きと共に自分を包んでくる体温にロイは眩暈がする。
「たいさ…」
ゆっくりと重なる唇に、ロイは抗いきれずにハボックの背に手を回していった。


→ 後編