だれよりもすきなあなた 前編
「なあ、聞いたか?」
「ああ、マスタング大佐だろ?やっぱすげえよなぁ。」
「流石あの年で大佐になるだけのことはあるよな。尊敬するよ。」
「あそこまではムリだけどさ、男ならああなりたいよなぁ。」
訓練を終えてシャワーを浴びようとロッカールームに入ろうとしたオレの耳に部下達の声が聞こえた。開けようとして
ドアノブにかけた手を思わず離す。
「うちの隊長みたいなアクが強いのさえ従えちゃうんだからさ、やっぱすごいよ。」
「まあ、うちの隊長も大した人だとは思うけど…」
オレはそれ以上聞きたくなくて勢いよく扉を開ける。突然現れたオレに話をしていた二人はあからさまにギクリとし、
慌てて口を閉ざした。ロッカーを乱暴に開けると着替えを取り出しシャワールームへと向かう。服を脱ぎ捨て熱い
シャワーを頭からかぶった。ザーザーとシャワーの音を聞きながらオレの耳に先ほどの部下達の声がよみがえった。
『やっぱすげえよなぁ。』
『うちの隊長みたいなアクが強いのさえ従えちゃうんだからさ、やっぱすごいよ。』
『まあ、うちの隊長も大した人だとは思うけど…』
思うけど、マスタング大佐には到底及ばないって?そんなこと、わざわざ言われなくたって判ってる。あの人はイシュ
ヴァールの英雄で、国家錬金術師、焔の二つ名をもつアメストリス軍大佐だ。オレが少尉になったのだって、あの人
の下でやっているからで、結局はあの人の功績のおこぼれをもらっているに過ぎない。冷静沈着でオレとは真逆な
性格だ。オレみたいにすぐカッとなるのとは違う。きっと感情に流されて失敗するなんてないに違いない。
オレはぎゅっとシャワーのコックを捻りながら唇を噛み締めた。ぶるぶると頭を振るとタオルを手にブースを後にする。
苛々とする気持ちを持て余しながら手早く軍服を身に着けると、オレは司令室に向かった。
「遅えぞ、ハボ」
司令室に入った途端、ブレダにそう言われた。別にダラダラしてたつもりはないし、訓練だったんだ、仕方ないじゃないか。
「何かあったのか?」
それでもそう言われるからには理由があるのだろうと、オレはブレダに尋ねた。
「銀行強盗だってよ。爆弾もって立てこもってる。」
「憲兵は何やってるんだよ。」
「爆弾持ってるって時点でこっちに回ってきたんだよ。」
何でもかんでも押し付けるなって言うんだ、とブレダがぼやいた時、執務室の扉が開いて大佐が出てきた。
「中尉、状況は?」
「犯人は二人、1人が拳銃を、もう1人が爆弾の起爆装置を持っているものと思われます。銀行の行員4名が人質と
して内部に残されています。犯人は逃走用の車と資金を要求。1時間以内に用意されない場合は人質を殺すと言って
きています。」
「建物の構造と誰がどこにいるのかは判っているな?」
「はい、こちらに。」
中尉が机の上にがさがさと見取り図を広げた。大佐をはじめ、そこにいた全員が紙面を覗き込む。
「入り口の近くにいるこの犯人が」
と中尉は銀行の出入り口付近の人物マークを指差した。
「拳銃を持って外を見張っています。人質の行員4人は起爆装置を持った犯人と一緒にここに。」
と、中尉は今度は銀行のカウンターの奥に当たる部分を指差す。
「1時間か、時間がないな。」
大佐が呟くのにオレは返した。
「いつでも突入できますよ。」
そういうオレに大佐が言う。
「下手に突入して人質もろとも自爆されたらかなわん。」
むっと押し黙るオレを無視して大佐は聞いた。
「窓はどこにある?」
「カウンターに沿って横長に広がってます。ポスターが貼ってあるので若干見難いですが、中の様子が判らない程
ではないですね。」
そうブレダが答えるのを受けて大佐は中尉に言った。
「中尉、カウンターの爆弾男の起爆装置を狙えるか?」
「勿論です。」
頷く大佐に中尉が準備を整えるべく司令室を出て行く。
「ブレダ少尉の隊は銀行の周りに展開して、市民の安全を確保。」
はい、と敬礼してブレダも司令室を後にした。大佐は図面から顔を上げるとオレを見た。
「ハボック、私と一緒に来い。」
「大佐が出るんスか?!」
「不満かね?」
「現場に出るなんて危険です!」
「資金の受け渡しなんて危険な役目を、他の誰かにやらせるわけにはいかんだろう?」
「オレがやりますよ。」
そう言うオレを大佐は上から下まで見つめると言った。
「お前はギラギラしすぎだ。」
相手が警戒する、と言って大佐は執務室を出て行く。オレは一瞬顔を歪めると、急いで大佐の後を追った。
ブレダの隊が銀行の周りを固め、中尉が配置についたのを確認して、大佐は金を詰めたケースを手に取る。
「銃は置いていけよ。」
そう言いながら大佐は机の上に練成陣を描いた手袋を置いた。
「銃も手袋も持たずに、なにかあったらどうするんですっ?!」
詰め寄るオレに大佐はにやりと笑うと言った。
「その為にお前が来るんだろう?」
そういう大佐にオレは一瞬息を呑む。
(使えないヤツは弾除けにくらいなれってことかよ。)
オレは唇を噛み締めると背を向けて歩き出す大佐を睨んだ。
オレと大佐は銀行の前に立つと、両手を挙げて武器を持っていないことを示す。先に行くというオレを制して
大佐はケースを手に銀行の中へと足を進める。数歩中へ入ったところで大佐がケースを持ち上げると、銃を手にした
犯人が近づいてくる。人質やもう1人の犯人の意識が大佐へと向かった瞬間。
ガウウン―――ッッ!!
窓ガラスに小さな穴を残して、銀行の中へと飛び込んだ銃弾が犯人の起爆装置を吹き飛ばす。腕を押さえて蹲る
仲間に、銃を手にした犯人が大佐へと狙いを定めた。その時、腰に手を当てた大佐のその動きに僅かに持ち上がった
上着の影になっていた、その腰のベルトに一丁の銃を目にしたオレは、咄嗟にそれを引き抜いて大佐を引き倒すと
目の前の犯人の額に銃を撃ち込んだ。額の真ん中から血を噴いて倒れる犯人を飛び越えて、オレは蹲るもう1人の
側へ駆け寄るとピタリと銃を突きつける。
引き倒された大佐は立ち上がって、軽く服を叩くと、あまりにも早い展開に叫ぶことも出来ずに身を寄せ合った行員の
女性達の方へ歩みよるとにっこりと笑って言った。
「もう大丈夫ですよ。」
大佐の言葉に女性達は安堵の声をあげ、生き残った犯人は罵声を上げる。大佐を罵った犯人は、だが、オレに
銃で小突かれて大人しくなった。ブレダや憲兵達が行内になだれ込んできて、その場はにわかに騒がしくなる。
犯人を引き渡して、オレは大佐の端正な横顔を苦々しく見つめた。
『その為にお前がくるんだろう?』
(…こういうことかよ…)
大佐の言葉を思い出してオレは唇を噛み締めた。敵わないと思う。いつだって自分より数歩前を歩くこの人に
追いつきたいと願う自分は、そのたびに力の差に打ちのめされる。今回だって、自分には全部は知らされなかった。
それは全てを知らせて任せるには足りない人物だと、自分はそう判断されているのだとオレは思った。
(ちきしょう…)
オレは爪が刺さるほど手を握り締めて、事後処理を指揮する大佐を睨みつけていた。
→ 中編