Aggressive 4

亮水瀬

「……ッぐ、ぅ……ッう、ヒッ…!…ッ」
 ゆっくりと始まった抽送に、噛み締めたハンカチの間からくぐもった悲鳴が洩れる。ようやく繋がりはしたが到底快楽を感じる余裕などなく、ハボックは苦痛とショックでぐちゃぐちゃになった頭のままただ必死にヒューズにしがみ付くばかりだ。
「まだ、痛ぇか?……仕方ねえなあ」
 抜き差しを繰り返すたびに結合部分は濡れた水音を立てて楔に纏わり付いてきたが、ハボックの肌は青褪めるばかりだった。きつく布を噛み締めながらぽろぽろと涙を零す恋人の頬を申し訳なさそうに舐めると、男は堰き止めたままの楔を再び扱き出した。
「……ッ!!……ッ!」
 途端ビクビクとハボックの腰が跳ねた。同時に後ろに収めたヒューズを反射的にキュンと締めてしまったらしく、彼は真っ青な瞳を大きく見開いて喘いだ。
「……っ、そうだ。前の快感に身を委ねてしまえ ─── すぐに後ろの痛みなんて忘れちまうから」
「う、あ……ッ…っ」
 ジェルにまみれた指と掌で激しく擦り立てられ、あっという間に高みに登りつめる。パンパンに熟した熱を吐き出せない苦しさと太い楔で腰の奥までズブズブと穿たれる苦痛に揺さぶられ、神経が焼き切れそうだ。
「……ぅさっ…ゃ、ぁ……っ…」
 苦しくて切なくてせめて自分を抱く男の名を呼びたいのに、口に押し込まれたハンカチのせいでくぐもった呻きしか上げられない。ハボックはがりがりとヒューズの背に爪を立てて上着を掻き毟り、髭でざらつく頬に己の頬を擦りつけた。
「好きだぜ、ハボック」
 耳元にそう囁けば、汗にまみれた躯におこりのように震えが走る。きゅうっと無意識に締まる内壁に男は目を細めた。悶えながら自分に身を寄せてくるハボックが可愛くて仕方ない。
「大分馴染んできたみたいだな」
 ヒューズはいやいやをするように縋り付いてくる躯を押し戻して、腰を少し引く。そうして半ばまで抜いた楔で、今度はもう少し浅い部分を丹念に突き始めた。
「!……ッ!!…ッ!」
 そこを突いた時、明らかにハボックの様子が変わった。青褪めていた肌がぱあっと紅潮し、あっという間に熱を帯びて薔薇色に染まる。
「気持ちいいか?」
「ぁ、ぁ、……ッッ!……!」
 軽く突き上げられるだけで堰き止められた先端にじゅわりと蜜が滲むほど感じてしまい、ハボックは動揺して顔を歪めた。自分が自分でなくなってしまいそうで怖い。
「怖がんなくていい。前立腺の裏側突かれると、男は嫌でも感じちまうんだよ。お前がおかしくなったわけじゃねえ」
 不安げに顔を歪めるハボックの耳朶を甘噛みし、ヒューズはリズミカルにそこを擦り上げた。猛る楔の先端で擦り、捏ね回すように何度も突き上げる。
「ヒッ…!…ひっ…う、う、ぁンッ…!」
 きつくハンカチを噛み締めていた唇が解けて、くぐもった甘い嗚咽が溢れ出す。身を引き裂かれるような激しい痛みがほんの少しだけ遠のき、その分痺れるような快感が腰を焼いた。指で愛撫された時とは桁違いの悦楽を享受できず、青くけぶる瞳の焦点がぶれる ─── 半開きの口の端から透明な雫を滴らせ、ハボックは喘いだ。
「もう平気だな?」
 言葉の意味を理解するより早く、再び最奥まで犯される。
「 ─── ッ…!」
 更に質量を増したヒューズの楔を根元まで深々と咥え込まされて、声にならない悲鳴が喉から迸る。だが今度のそれは、苦痛ではなく悦楽の悲鳴だった。
「すげっ……お前ん中、吸い付いてくるぜ?…そんなにイイのか?」
「……ッアアァ、ン!……ああっ…しょ、さっ…少佐ぁっ…!」
 唾液でどろどろになったハンカチがポトリと床に落ち、粘着質な水音と共に舌足らずな嬌声が狭いレストルームに満ちた。
「ヒャアアアッッ! 熱いっ!…変になっちまうっ……助けてッ…!」
 穿たれる度に腰を蕩かすような快感が結合部分から湧き上がり、彼はビクビクと身を引き攣らせて喘いだ。吐き出せない熱が躯の中で渦を巻き、何度も何度も悦楽の波が押し寄せてはその度にハボックを苛む。
「好きなだけ乱れろよ…いくらでも受け止めてやるから。俺ので善がり狂ってイッちまえ!」
 快楽に乱れる姿に刺激され、ヒューズはいっそう激しくハボックの躯を突き上げた。抽送の度に切なげに甘い嬌声を撒き散らす唇をキスで塞ぎ、強引に舌を絡ませて苦しげな吐息すら奪ってしまう。
「……ッ……ッ!!……ッ!」
 声を上げる事も吐精する事も出来ぬまま、ハボックは大きく身を撓らせて絶頂に達してしまった。青く澄んだ双瞳が焦点を失ってとろりと潤む。切なげに身悶えてキュウキュウと締まる下の口に呻いて、ヒューズもまたハボックに中に熱を吐き出そうとグッと腰を突き出した。
 ─── 刹那、バタンと乱暴にドアが開く音がして、どやどやと複数の足音が壁越しに伝わってきた。それに次いで、数人の話し声が聞こえてくる。
「!!!」
 二人は抱き合ったまま硬直した。
「ン、う……ッ」
 無意識にぎゅっとヒューズを締め付けてしまったハボックの口から、噛み殺しきれないうめきが上がった。はっとして手を口元に当てたが、聞き咎められやしなかったかと冷や汗が背中を流れる。
「大丈夫だ、このままじっとしてろ。どうせ用が済みゃすぐ出てく」
 小声で囁かれ、ハボックはこくこくと頷いた。だが腰はまだ深々とヒューズの太いモノを飲み込んだままだったし、密着した下腹の間では縛められた自身がヒューズの下腹を辛そうに押し上げているのだ。ちょっとでも気を抜くとはしたない声を上げてしまいそうで、気が狂いそうだった。
 じょろじょろと用を足す水音と手を洗う音に混じって、つかつかと奥にやってくる足音がする。数個並んだ個室の前で一旦足を止めたらしい客が、一番広い個室でもあるレストルームの前で立ち止まった。
「ん? 使用中か?」
 客はドアの赤い表示に不審げに呟き、おざなりにドアを叩いた。他の連れは皆小用ばかりだったから当然ここも空いていると思ったらしい。
 ノックの音にがくがくと震えるハボックを宥めるように抱き締め、ヒューズは努めて平静を装った声で応えた。
「すまねえ、ちょっと腹の調子が悪くてな。まだ掛かりそうなんで、他を使ってくれ」
 あいたたたと多少大げさに腹をさする声音を出せば、申し訳なさそうな声が返ってくる。
「それは失礼した。空いているのに鍵が掛かってしまったかと思ったのでな」
「気にしないであんたも早く用足せよ」
「ああ」
 笑いながら別の個室に入る気配がし、暫らくして水の流れる音とドアの開く音がした。カツカツとタイル貼りの床に足音が響き、やがて洗面所でたむろして一服していた男達の気配も全て消えた。
「……………。」
「行ったみたいだな」
 ほうっと大きく溜息を吐いて、ヒューズは体の力を抜いた。だがハボックの方はそういうわけにもいかなかったらしい。
「…やぁっ……ッ」
 ほっとした途端にそれまで我慢していた快感がどっと押し寄せ、切なげにヒューズの肩口に頭を擦りつけた。無意識に腰が揺れて先を強請る。
「ったく、初めてなのにそんなにイイのかよ? 困った奴だな」
 くつくつと笑いながら軽く腰を揺すると、濡れた甘い声を漏らしてハボックが背にしがみ付いてくる。はちきれそうに膨れ上がった色の薄い楔がシャツごしに腹に当たるのに気付いて、男はにやりと笑った。
「少佐ァ…ッ」
「イきたいか?」
 嗚咽を漏らしながらハボックは頷いた。内に収めたままのヒューズの楔が内壁に擦れるたびに、気の狂いそうな快感がそこから生まれて理性をぐずぐずに食い散らしていく。
「俺もだ。早くお前ン中に出してえ…」
 言いながらヒューズは強引に腰を引いた。
「ヒッ?!……ヤアアアアッ! なん、でッ?!」
 みっちりと咥え込んでいる太い楔を無理矢理引き抜かれ、ハボックはあられもない声を上げて身悶えた。ぎょっとするほど大きな声に、男の手が慌ててその口を塞ぐ。
「ったく、丸聞こえだろうが! 人いたらどうすんだよっ!」
「………ッ…ッ…」
 切なくて身を捩りながら縋り付いてくる身体を反転させ、ヒューズはそのままドンとハボックを鏡の前に突き飛ばした。バランスを崩してよろめくように鏡に倒れ込んだハボックは、辛うじて太腿辺りの位置にある棚に両手を突いて身体を支えた。
「そのまんま腰突き出せ」
 足元にあった丸い椅子を蹴飛ばしてヒューズが命じる。姿見は背の低い椅子に合わせて低い位置に設置されていて、そうして立っていると高々と天を突くハボックのモノも背後に立つヒューズのモノも嫌というほどはっきりと映し出してしまう。
「……やだっ…」
 あまりにイヤラシイ光景に、ハボックはギュッと目を瞑ってしゃがみ込んだ。さっき洗面台にぶちまけてしまった時も恥ずかしかったが、これはその比ではない。
「立てよ、ハボック」
「………っ」
 しゃがみ込んだままふるふると頭を振り続けるハボックの顎を取って、ヒューズはやんわりと窘める。
「一緒にイきてえんじゃねえのか? そのまんまじゃパンツも穿けねえだろ?」
 促されて嫌々目を開けると、鼻先に赤黒く怒張した牡が突き付けられていた。それを目にした瞬間、互いに手と口で慰め合って果てた夜を思い出してズクリと腰が疼いた。先走りの蜜の青臭い匂いにこくんと喉を鳴らして、ハボックはふらりと立ち上がった。
「そうだ。鏡の前に手ぇ突いて、そのまんま腰突き出せ。後ろから挿れてやる」
「ッ…はい」
 蚊の泣くような声で応え、棚に手を突いて僅かに前傾の姿勢を取る。
「いいコだ」
 がっしりと腰を捉えられ、そのまま最奥まで一気に奪われた。
「ひぃいッ……ッ!!」
 つい今しがたまで咥え込んでいたはずの楔なのに、その大きさと衝撃に目を見開く。熟れて甘く戦く内壁を無遠慮に突き上げられて、濡れた嬌声が喉をついた。
「ヤァアアッ! 少、さっ……少佐ッ、苦しっ…!」
 ヒューズは滴るように甘い悲鳴に目を細めて鏡の横の金属レバーを引いた。高い嬌声を掻き消すように、背後の便器から水の流れる大きな音が響く。
「苦しい? こんなにキュウキュウ締め付けてくるくせに、何言ってやがるッ…お前のここは、全然嫌がってねえぞ?…気持ちイイって言うんだよ、それは!」
 ガツガツと激しく突き上げながら、腰をグラインドさせる。最初に押し入った時の強張りと拒絶が嘘のように、狭い秘窟は切なげにヒューズを締め上げて更に奥へと誘った。
「ひゃああああッ…ン! イくッ…イカセテッ…!!」
「ああ、いいぜッ……イッちまえ!」
 ヒューズは抽送を繰り返しながらハボックの前を縛めていたゴムを解いた。それと同時にもう一度水のレバーを引く。
「 ─── ッ!!……ッ!!!!」
 耐え続けていたハボックの前が弾け、ババッと白濁が鏡に飛び散った。逐情の快感に、後ろに収めていたヒューズの楔を激しく締め付けながら再び達してしまう。
「く、う……ッ……ッ!」
 きつく引き絞られ、たまらずヒューズも熱を吐き出した。初めて感じ易い身の内を男の精で濡らされ、ハボックは鏡に額をガンガンと打ちつけながら身悶えた。その振動に、鏡の表面に飛び散った粘液がもったりと白い筋を残して下方に流れ落ちていく。
「止めろ…ッ…割れちまう」
「う、う、う、ぁ……ッ……ッ」
 後ろから羽交い絞めするようにしてハボックを抱き寄せたヒューズは、緩く腰を突き上げながら未だひくつくハボックの内側をゆっくりと味わった。高い嬌声がしゃくり上げるような嗚咽に変わるまでそうやってあやすように腰を揺らしていたが、くったりとハボックの体の力が抜けたのに気付いてようやく楔を引き抜いた。
「ふ、ぁ…ン……ッ…やぁっ……」
 身を離そうとすると鼻に掛かった嗚咽を漏らして、ハボックがしがみ付いてきた。ヒューズは鏡の前のボックスからティッシュを取り出すと素早く互いの残滓を拭い、感じすぎて涙に濡れたハボックの頬を両手で包み込んだ。
「やっと最後までやれたな…すげえ可愛かったぜ、ハボック」
「…しょうさ…っ…」
 チュッと音を立てて鼻先に口付けると、拗ねたような唇がキスを強請ってきた。クスリと笑って唇を合わせてやると、貪るように舌が絡みつく。ヒューズはハボックの気の済むまで何度もキスを繰り返し、熱に浮かされたようにしがみ付いてくる背を撫で続けた。


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