Aggressive 5

亮水瀬

「腰、痛くねえか?」
 床に転がっていた椅子を起こし、ざっと汚れを拭いたハボックをそこに座らせてヒューズは訊ねた。彼の方は元々ボトムの前を寛げただけだったので、萎えた自身を下着に押し込んでしまえば特に身支度の必要もなかった。洗面所を流水で洗い、鏡にべっとりと付着したハボックの残滓をトイレットペーパーで拭って便器に流してしまう。換気が行き届いているから篭った匂いもじきに消えるだろう。
「……平気っス。」
 行為の余韻に頬を火照らせたままハボックは小さく答えた。その目はしっとりと潤み、隠しようのない艶を帯びて切なげにヒューズを見つめている。
 彼自身はまだ気付いていないが、一旦セックスの熱が引いて正気に戻ればおそらくハボックは自力で歩けないほどのダメージを受けている筈だった。ただ、初めての行為と身を焦がすような悦楽に翻弄され、まだ快感に支配されたままの躯は苦痛を感じる余裕がないのだ。
「今は平気でも、ちょっと落ち着けばどっとしんどくなるぞ。今のうちに服着とけ」
「……はい」
 言われるままに立ち上がって身支度しようとするが、ふらついてろくに歩けないまままたすとんと椅子に腰掛けてしまう。
「言わんこっちゃない」
 苦笑してヒューズは棚からハボックの服を取った。
「着せてやろうか?」
「結構です!」
 にやにやと笑いながらアイビーブルーのボクサーパンツをひらひらさせる男に、こういう事に慣れていない准尉は真っ赤になって下着を引ったくった。
「ちぇ。つまんねえの」
 力の入らない脚を叱咤してぎこちなく服を身につけるハボックを横目に、ヒューズはちらりと腕の時計を見遣った。もうここに篭ってかれこれ30分余り経っている。さすがにいつまでも出ないでいるのは拙かった。
「立てるか?」
 ハボックはようやくブーツを穿き、鎖骨の上にくっきりと付いたキスマークを気にしながら上着のボタンを留めたところだった。
「多分…」
 自分でも不安だったのか、ちょっと困ったように眼を瞬かせてから彼はゆっくりと立ち上がった。だが半歩もいかないうちにぐらりと傾いでヒューズの腕に倒れ込んでしまった。
「……っと。」
「すんませんっ…て、ちょ……っ、少佐ッ!」
 抱き止められ、そのままひょいと抱き上げられてハボックはじたばたと暴れ出す。
「歩けねえんだろ? 遠慮せずに抱かれてろ」
「嫌っスよ! んな、女の子みたいに運ばれるなんて…人に見られたらどうするんスかっ!」
「具合悪くて歩けない奴運ぶののどこがおかしい?」
「あんたはよくても俺が恥ずかしいっス! 中佐に見られたら何言われるか……」
 そこまで言って、彼ははっとして顔を上げた。慌てて時間を確かめて青褪める。
「 ─── っ! 仕事ッ!!」
 ほんの少し息抜きするつもりで会場を抜け出してきたというのに、もう一時間近く経ってしまっていた。そんなに長い時間護衛官が上官の側を離れるなど本来ならありえない。
「下ろしてください! 中佐ンとこ帰ります!」
「……あのな。今のお前の状態で、何かあった時にあいつの盾になれると思うか?」
「………ッ」
 ハボックは悔しげに唇を噛んで押し黙った。確かにこんな体たらくではとてもロイを守って戦えそうにない。全ては目の前の男の強引な行為が原因だったが、無理矢理とはいえ仕事中のセックスを受け入れたのはハボック自身だ。責任をヒューズ一人に押し付けるわけにはいかない。
「このままロイんとこ連れていってやるから、暴れるな」
「…歩きます」
 頑として譲らないハボックに溜息を吐いて、男は長身だがまだあまり肉付きのよくない身体をそっと床に下ろしてやった。ハボックはきゅっと口の端を引き結んでそろそろと歩き出す。
「あ」
 だが彼はいくらも歩かないうちにかあっと頬を染めてしゃがみこんでしまった。ふらつく脚で床を踏みしめようと力を入れる度に、身の内に放たれたヒューズの残滓が蕾から溢れてきて下着が濡れてしまうのだ。
「どうした? やっぱ痛むか?」
「…い、いえ……そうじゃ、なくて……ッ」
 理由を口に出来ずに口篭るハボックの身体を再びひょいと抱き上げて男が笑う。
「歩くと俺のが洩れてくるんだろ? あんまり我を張ると、ズボンもびしょびしょになっちまうぜ? お漏らしでも恥ずかしいけど、白いのの染みはもっと恥ずかしいよなあ?」
「……ッ! あんた、知ってて……ッ!」
 くつくつと笑う男に別の意味で顔を真っ赤にしてハボックが拳を振り上げる。
「しょうがねえだろ? スキン持ってなかったんだから。それともお前、俺が普段からいつ女と安宿しけこんでもオッケーなように避妊具持ち歩くような男の方が良かったか?」
「………………嫌っス。」
 ムスッと頬を膨らませて否定するハボックが可愛くて、ヒューズはその頬にじょりじょりと自身の髭面を擦り付けた。
「少佐ぁっ…!」
「んっとに可愛いなあ、お前は」
 本当はこうなる事を計算した上でわざと中出ししたモノの後始末をしなかったのだが、経験のないハボックにそこまでわかる筈もなかった。
「今頃はロイもロビーで一息ついてるところだろうぜ。あいつにはちゃんと俺の護衛を付けといたから、心配するな」
「そ……っ」
 用意周到なヒューズに言葉もない。最初からそのつもりでここに連れ込まれたのだと知って、どっと疲労が押し寄せた。
「お姫様抱っこが恥ずかしいなら、こっちで勘弁してやるよ。だからじっとしてろ」
 ぐいと左肩に担ぎ上げられ、太腿を掴まれたままヒューズの背中にしがみ付かねばならなくなって目を白黒させる。だが確かにこれならば単に「袋のように運ばれている」状態で、抱き上げられているよりはマシだった。
 ヒューズは個室の外が無人なのを確認してからそこを抜け出し、何食わぬ顔で洗面所のドアを潜って廊下に出る。丁度主賓のスピーチの時間だったらしく辺りには人影がなく、ハボックはほっと胸を撫で下ろした。


「随分重そうな荷物だな、ヒューズ」
 ロビーのソファーに腰掛けてヒューズの持ち込んだ書類を捲っていたロイは、ちらりと友人を見遣って呟いた。
「平気へーき! 見た目より更に軽いんだよこいつ。もっといっぱい食ってがっつり鍛えて筋肉付けねえとな、准尉!」
「……いえっさ…」
 もう反論する気力もないハボックは、上官と顔を見合わせられずに気まずそうにロイから視線を逸らした。
「で? どうしたんだ? そのザマは」
「あー、慣れないパーティーで緊張しすぎて具合悪くなっちまったみたいでよ。先に連れて帰ってもいいか?」
「 ─── それは構わんが…どれ?」
 スッと立ち上がったロイは、無造作に手を伸ばしてハボックの額に触れるとふむ、と首を傾げた。
「確かに微熱があるようだな。目も腫れぼったいし、顔も火照ってる。風邪か? ハボック」
「……そ、みたいッス…」
 かあっと茹蛸になった額はますます熱くなった。それに薄っすらと笑みを浮かべて髪を掻き上げてやると彼は友人に向き直った。
「どうやらこれでお前の長ったらしい愚痴を聴かされずに済みそうだな」
「…お蔭さんで」
 へらりと笑った男は抱きかかえたハボックの尻をぺしりと叩く。
「ヤァ…ッ!」
 少しずつ強まっていく腰の疼痛を必死で気にすまいとしていたハボックだったが、これにはたまらず悲鳴を上げてしまった。それからこれでは何があったか上官にバレバレだと気付いてぷいと顔を背ける。背けた耳朶から項まで見事に真っ赤なのに笑みを深めてロイは言った。
「ハボック。私はクレイヴ曹長にホテルまで送って貰うから、お前は後の事を気にせずこのままそいつと一緒に帰れ」
「え…?」
「明日は一日ヒューズ少佐の護衛を任せる。あちこち調べ物で移動したいそうだから、案内してやってくれ。忙しいだろうから、司令部へは寄らなくてもいいぞ」
「……ホントにいいんスか?」
 ロイの言葉の意味にようやく気付いて、ハボックはぽかんと上官を見上げた。悪戯っぽく煌めく黒曜石の瞳に、全ての事情を見透かされている事を悟って眼をしばたかせる。
「いいさ。私もこれ以上ヒューズにお前との事でぐちぐち言われるのもうんざりだからな。さっさと納まるところに納まって貰った方がすっきりするよ。元々今夜はヒューズの所にやるつもりで連れてきたから気にするな」
「物分りのいい上司で助かったよ。じゃ、そういうことで! 後は任せたぜ、クレイヴ!」
「はぁ」
 マイペースな上官の行動には慣れている曹長も、さすがに今回の事は寝耳に水だったらしい。だが彼は、懸命にもそれ以上口出ししようとはしなかった。ヒューズがハボックを前々から可愛がっていたことは知っていたし、今現在直接の部下でないのならば仕事に支障もないだろう。
「ああ、ヒューズ。可愛がるのはいいが、遣り過ぎて壊すなよ? そいつはもう私の部下だぞ」
「へーへー。程々で我慢しときます」
「程々の意味がわかってるか? お前」
「んー、とりあえず明後日這って司令部に辿り着けるくらい?」
 へらりと笑いながら恐ろしい事を宣言するヒューズにハボックは青褪めた。
「なっ…あんた、まさかホテル行ったらまたヤるつもりじゃないでしょうね?」
「おうよ」
 当然と言う顔で尻を撫で回す男にギャーギャーと喚きながらハボックは抗議する。だがヒューズがそれを聞き入れる気がないのは明らかだった。じゃあなと軽くロイに挨拶すると、彼は暴れるハボックをものともせずにつかつかと玄関に歩き出した。
「もう無理っすよ、俺! 今だって腰痛くてたまんねえのに!」
「んなもん始めちまやぁ、すぐに吹っ飛ぶ。心配するな」
「はあ? ふざけんな、このエロ髭!!」
 かなりやばい会話をしている筈なのだが、幸か不幸か口調のせいで殆ど艶っぽい話には聞こえない。騒々しい痴話喧嘩をしながら帰っていく二人に溜息を吐くと、ロイは書類を傍らの曹長に手渡して立ち上がった。
「さて。私もそろそろ会場に戻ってもう一仕事しなくてはならんかな」
「お疲れ様です」
「……お前も色々と苦労しているようだな」
「は、ははは……」
 その場で一番疲れた表情で笑うと、軍法会議所所属の曹長は受け取った書類を鞄に仕舞ってそれをクロークに預ける為に歩き出した。



 翌々日ハボックはぎりぎりで遅刻せずに出勤したが、終日ふらついて殆ど使い物にならなかった。彼はげっそりとやつれて目の下に隈を作り、煙草をふかしまくりながらようようデスクワークをこなしていた。ひどく機嫌が悪く、ちょっと他人が近付くだけで人慣れない猫のように毛を逆立てて唸った。そのくせ妙に艶っぽい色気を撒き散らして周囲の男達 ── 主に彼の小隊の部下だ ── を悩殺しまくっていた事には、生憎本人は全く気付いていなかったが。


−FIN−


水瀬さんに遊んで頂いている時、オネダリしたら書いてくださるというので喜び勇んでリクしました!「ヒュハボでお初、無理矢理トイレエッチ」(爆)とんでもないリクにも係わらず、想像以上に可愛くてエロいハボックに興奮しまくりですッ!!やっぱりハボは啼かせてナンボですよねっ、水瀬さん!(笑)しかし、半年もヒューズの愚痴を聞かされ続けたロイも気の毒ですが、これからの事を考えると一番気の毒なのは曹長?(笑)きっとこの後は無駄に色気を撒き散らして司令部の男どもを骨抜きにするハボックと、それを心配するヒューズが更に足繁く東方に通ってきてはバコバコヤりまくり、更にハボックが色気を撒き散らして……と悪循環が続くと思われます(笑)そのうちロイがキレそうだな。いっつもハボが使い物にならなくて(笑)
水瀬さん、いつもながらに可愛いハボとオヤジなヒューズをありがとうございました!!大好きっスーvv