その手を取りたい  〜 1 〜
 by 古賀恭也     


   = ロイSide =

「アラ、先生。今日はお早いんですねえ。今、息子を呼んできますのでお時間があるなら皆でお茶をいかが?」
 そうおっしゃった奥さんの言葉を辞退して良かったと思う。
 家庭教師を頼まれて通っているお宅の息子は、まだ先生が来る時間には早いので取り込み中だった。
 ドアの隙間から覗き込んだ自分の眼に入ってきたのは、大学生の私にとってはまだ彼が中学生らしいと思える微笑ましい姿で。しかし、息子の立場とすれば家人に見られたくない姿なわけだ。
 実は彼の部屋の外に僅かに声が漏れていて、同じ男としてその時点で部屋の中で何をしているか理解できた。
 だから本当は必要なかったものの、私は好奇心のままに覗き込む事にしたのだ。
 趣味が悪いのも承知の上だ。
 そーっと足音を忍ばせて部屋に近づきドアを僅かにずらす。扉に内鍵がかけられてないのには、無用心だとは思うものの素直に感謝した。
 まだ中学生の教え子はベッドの上に座り込んで、ダブッとしたズボンの前を寛げて夢中になっている。当然、部屋の外で誰かが覗いているなんて夢にも思っていない。
 目線はベッドの上。たぶんあられも無い姿の女の子の写真が載っている雑誌の、好みのページを覗き込みながらだ。
 それから意識は自分の中心に。
「はあ、はあ……ん……」
 稚拙に自分の性器を擦り上げる。敏感でまだ刺激に慣れていない体にはそれでも十分だろう。
 食い入るように私は彼を見る。
(アレだけであんなに感じるのか)
 私には生唾を飲み込む光景だった。
 上下させる少年の手の影から見え隠れする未成熟の白い肉。きっとまだ、女の子のあの赤い実に埋めた事の無いまっさらなモノだろうと大人のうがった眼に印象を残す。
 いずれは女の子を泣かせる凶器になるかもしれない切っ先も、体の小さな中学生ではまだ桃の色合いで、特に私にはかわいらしく思えた。
 トイレなどで彼の性器を見た事はある。でも、性欲で変化した状態を見るのはこれが初めてだ。
 滴りだした濡れた液がまだ発達途中の体をさらに淫猥に見せる。夢中に刺激を追う目線を下向けた顔も、上り詰める感覚に支配されていく。
(あの顔を正面から見たい……、私の腕の中に抱きとめて)
 あの快楽を与えているのが自分の手でない事が凄く残念だった。私の手なら、もっと彼を乱れさせる快楽だって与えてやれるのだ。
 静かに部屋の扉を締めると、私は階段を下りた。
「ジャンは部屋に居ませんでした? おかしいわ…」
 普段なら教え子の部屋に行った家庭教師が途中で階下に降りてくる事は無い。
「いえ。眠っているようですから。まだ時間もあるので、お茶をいただけますか?」
 彼の母親にニコヤカに嘘を言って笑って見せた。
 あの彼の姿を最後まで見るのは体に悪い。この後に何も知らなかったような顔で彼と会うにはそこで限界だった。
 本心は最後まで上り詰める姿を見ていたいと思う。それこそ喉奥から手が出そうなくらい。
 私はあの子がとても好きだったから。
 そう、きっと将来彼が作るだろう彼女に渡したくないくらいに。


「ロイ、小遣い稼ぎにバイトがしたいと言ってたでしょ。カテキョなんてどう?」
 中学・高校・大学と一貫校の大学部でゼミが一緒の女子学生からだった。
「家庭教師? あまり実入りがなさそうだが……」
「と、言っても。自分の学業の妨げにならない事が一番の条件ならこういうのしか無いわよ。雇い先が企業になったら予定なんか関係無しに呼び出されるんだから」
 彼女の言う事はもっともだ。
 将来の事を考えたら、企業にバイトにでた方が良いのだろうが、研究者を目指すのだから、いずれ就活の企業の研修バイトの方が自分にとっては都合がいい。ファーストフードのバイトになるくらいなら、ボランティア活動か論文の一つも書いた方がましだ
 そんな私の“小遣い稼ぎ”ならこんな所だろうか。
「あなたは体を使ったバイトは難しそうだからね。人の好き嫌いが激しくて、なんたって不器用だし」
 彼女の言う事はしごくもっともだった。
 救いようがなさげな人のように言われ、半ば押し付けられるように申込書を渡された。これが男子学生の所業だったら殴って紙を破っておしまいだったが、女子学生の好意を無碍にするのは気が引けた。
 彼女とのデートの約束もオマケで取り付ける。
 一応、学生受付に申し込みに行ったら、そのまま中に通されて、あれよあれよというままに、その日のうちに教員に連れられて中等部に出向く。相手の顔を見るぐらいはしておこうとも思ったので流されるままにだ。
 男子学生には男子生徒というのが当然だったから、男子中学生の先生という事になるので気が向かなかったのもあった。強制ではないから、行った先でもお断り出来る事だし。
 無責任ではあるが本当に軽い気持ちで、その子の先生になるなどの自覚があった訳では無い。
 面談室に入って行くと、自身が中等部の時の顔見知りの教師がいて、その横に不貞腐れた子供が一人。
 金髪で垂れ目で、ちょっと癖がありそうな子供。優等生タイプの自らとは違い、やんちゃなタイプだ。
 そうして二人してボンヤリと、教員達に声をかけられるまで見詰め合ってしまった。
 それが私とジャンとの出会い。
 後からその時の事を彼に聞いたら、お互いに「いけ好かない奴が来たら、絶対断る」つもりだったらしかった。

 ジャンと出会って一ヶ月が過ぎた頃だった。
「初チュー?」
 ジャンは興味津々でロイの顔を覗き込む。先生と教え子という形に構える事なく、二人して普通に男同士の下世話な話すら語らう。まだ先輩後輩という関係の方が近い。部活の上下関係がある先輩後輩の形でなく、さらにフランクなものだったが。
「そう。先生はいくつの時にした? もちろん親とか兄弟とか従姉妹とか無しでさ」
「で、もちろん、女の子相手、なんだよな?」
 そう言って意味ありげに笑うロイに中学生が頬を赤くする。
「……おう。好きな子って事っす」
「私は奥手だったから、された方だな。幼稚園の時に、それこそ園の女の子達に」
 くすくすと笑って答えると、肩透かしされたような拍子抜けしたような顔をするのが愉快だ。何かにつけジャンは私を探る事をした。
「や、そこまで昔の話って……」
「第二次性徴期を越えた時点での初チューかな?」
 異性が気になり出す時というか……きっと、私が今のジャンと同じ年頃の話を聞きたいのだろうが。
「あんまり記憶に無いなあ。キスだけならそれこそ幼稚園からずーっとしているし……」
「先生、もてるもんね……」
 とぼけて笑う私と、がっくりと肩を落とすジャン。欲しい答えがもらえなくて残念そうだった。
「それよりは、初エッチの方じゃないかな?」
 ロイが話を振るとギクッとしたようにジャンは俯いたまま固まった。とても興味があるというのが見ていてもわかるのに、話をそらしたそうにするのが思春期の男の子らしくてかわいらしい。
「ジャンはもう初エッチ済み?」
「え…………っ」
 意地悪く話を持っていくと、赤い顔をして少年は黙り込んだ。もちろんジャンがまだ未経験というのはロイも気付いている。
「まだエッチをするには早い時期だからもちろん推奨しないけど、それでもそういう事になっちゃう場合もあるから、基本マナーを教えておこうかな。私はジャンに間違いを起こして欲しくない」
 本当の気持ちを言うなら、そんな女の所にはジャンに行って欲しくない。
 意味がわからずにジャンが聞き返す。
「間違い?」
「病気と妊娠。絶対に親を泣かすし、相手の子も泣かすから。私はジャンに泣いて欲しくないだけなんだけども」
 ロイは自分の鞄の中を探って、カードケースを出す。開けると中にはアルミの小袋に入った何かがあった。
「こういう物を、持ち歩くのに財布の中に入れている奴がいるがアレはダメだな。大事な彼女に使う物を、財布の中なんて雑菌塗れの所に入れておくなんて」
「せんせー、こういうの持ち歩いてるんだ」
 話の種はコンドームである。
「まあね。先生はもてるから。でも、ジャンにはこういう男になるのも推奨しないよ」
「へんなのー」
 顔を赤らめながらも冗談が混じるのにジャンはホッとして笑った。
「俺さ、初チューはした事があるんだ。……彼女の裸に触った事もある」
 その言葉にロイの笑みが僅かに引きつる。それでも内心のわだかまりを出さないように気を払う。
「彼女……いるんだ? 可愛い子?」
「せんせーが手を出したらロリコンだから!」
 女好きと思われているのか、こういう事を言うと絶対にジャンに牽制された。
 “ロリコン”といわれるとぐっとおじさんになったような気がする。まだ20歳だというのに。
「……今はいないよ。俺はずっとクラブの掛け持ちっつーか、数合わせの人間しててさ。女の子と付き合う時間が無いんだ。最近は、クラブ活動は少ないけど勉強しに家に帰ってきてるからさ」
 ジャンは勉強好きではない。でも、ロイが家庭教師になった時点ではちゃんと勉強しに帰ってくる。サボろうと思えばサボれるだろうに。
 それには理由があった。
「でも、チューは上手くないって」
 不機嫌を隠さずにジャンが口を尖らせる。
 彼女に直に言われた時は、「きっと凹んだろう、可哀想に」とロイが思っていたら、自分の唇に柔らかい物が押し当てられていた。
 向かい合っていたジャンがロイにチューをして見せたのだ。
「だって、慣れてなくてうまくないのわかってんじゃん。中学生で上手なチューってどんだけよ」
「……慣れてないのに早業だな」
 面食らったロイが苦笑する。彼の方から仕掛けられるとは思っても見なかった。
「せんせーにするのにすっごいドキドキした」
 緊張が解けてほにゃっと笑う彼の姿にロイは目を細めた。
 ジャンがサボりもせずに家に戻ってくるのは、ロイに好意があるからだ。
 そして、男のジャンがキスをしてきたのに殴り飛ばしもせずにそのままだったのは、ロイがジャンに好意を持っていたから。
「キスはするのにもドキドキするものだが、している最中の方がドキドキするんだぞ?」
「本当に? ……俺、そこまで覚えている余裕はないや。先生、そっちの方を先に教えてよ」
「キス?」
「それが上手じゃないとコンドームが必要な事にならないー」
「急いで必要にしなくていい!」
 ロイが怒るのに笑ってジャンはキスをする。ただ唇を重ねるだけだ。
 そのイタズラな小僧の後ろ頭を掴み、深く口付けをしたのはロイだった。抱きしめて顔をずらす事を許さず、キスを仕掛ける。息が苦しくなった少年の口が大きく開いた時に勢い良く舌をその口腔に進入させた。
 ジャンとの初キスは、一緒におやつに食べているシュークリームの味がした。
 ロイの経験上でも、一番甘いキスだった。
「せんせ……舌……入れるの……ぁっ」
 それがキスだと思いもしない坊やが逃げようと身を引くのを構わず、好き放題に彼をむさぼる。
 やがてバタバタと争うのも止み、一回り大きな大学生の体に少年の手がしがみつくようになった。
「上手なキスがしたいと言ったな。さて、どうだ?」
 頬を染めボンヤリとした表情でジャンが言ったのは。
「せんせー、体に力が入んないや……てか、大人っていつもこんなのしてんの?」

 こうして私達は、男同士で恋人でも無いのにキスをする仲になっていた。


   = ジャンSide =

「……もしかして部屋を覗いた、ロイ先生ー?」
 勉強する時間になったので、ジャンはロイを自室に通した。その前に、「手伝おうか?」とチャチャを入れる彼を母親に預けて大慌てで部屋を片付けるハメになったが。
 自慰を終えてすっきりした体で階下に降りてみれば、ロイが母親とお茶をしながらリビングで会話に花を咲かせていたのだから、その光景にどれだけ驚かされた事か。
 最初こそ女の子の写真をおかずにしたものの、途中からはロイを思い浮かべて自分を猛らせていたのだ。
 俺がどれほど思いを募らせているかなど気にした様子もなく、ロイは涼やかに挨拶をする。
 そしてロイは母親にはジャンが寝ていると言ったそうで、という事は少なくとも部屋でジャンが何をしているかを知っていた事になる。
 部屋の中には声を掛けられず、母親に嘘をつくしかないような何か、をだ。
 ジャンの肩にロイが手を置いて囁く。その手の温もりがジワリと熱く感じるようになるのだ。いつも。
「覗いて欲しかったのか?」
 意地悪な先生の問いに頬まで熱くなる。
 覗いて欲しいなんて思った事は無い。
(先生には俺にキスして体に触って欲しいんだ……)
「……それ以前に、かすかに外に声が聞こえてたんだ。なかなか可愛い声だった」
「可愛いってなんだよっ」
 ロイは男の子のジャンを「好きだ」と言ってキスをしてくれる。丁寧で力を奪われるくらいに巧みなキスを。
 だがキスをしてもロイはずっと自分を子供扱いしかしなかった。その先には踏み出さない。ジャンはロイの裸すら実際にはまだ見た事がない。夢の中で、ボンヤリとだけ。
 そしてその夢を見た後は決まって濡れた感触に悩まされる。
「せんせ……。俺、先生の恋人になりたい。ダメ?」
「ジャンは先生の教え子」
 ロイはきっぱりとこれ以上はしないと言う。
 先生と教え子といっても、本当は大学生のお兄さんと中学生のボウヤに過ぎない。中等部の生徒の中には、大学生の彼を持っている子もいるのだ。さすがに同性というのは聞かないが。
 好きな人の手の中に、腕の中に居たいと思う。ロイはそんな事は思ったりしないのだろうか。数居るガール・フレンドとかお知り合いの女の子の一人と同じような、自分は男の子だからそれ以下なのか。
 今では、大事な自分の中心を触れて欲しいとさえジャンは思う。白いロイの手に触れられて、絶頂に導かれたなら、自慰よりどんなに気持ちよくなれるのだろう。
 けど「好きだ」と言ってくれるロイにも、そこまで望もうとすれば「汚い」と言われるかもしれなくて怖かった。
 だから彼には、その願望を言っていない。
「ねー、先生。日曜日に予定ある? 俺、見に行きたい映画あるんだけど一緒に行かない?」
「友達と行けばいいだろう? 家庭教師が来るようになって、友達付き合いが悪いとか言われないか?」
 学校の友人関係なんて心配は要らない。毎日教室で会うわけだし、ロイが家庭教師で来てくれるのだって週に三日だ。テストの時期だけは、予定が空く限り毎日来てくれるらしい。
 本当は、大好きな先生の顔を毎日でも見たいくらいだ。
「俺は先生と行きたいんだよ! それでメシ食って、他にも遊びに行って、先生の部屋にも行きたい」
 彼女なら出入りできるはずなのに、自分はロイがどこに住んでいるのかも知らない。同じ学校の大学部の学生で、学校を通しての紹介なので身元はしっかりしているので必要が無い。
  「私の部屋? 生憎と本ばっかりで足の踏み場も無いぞ。彼女以前に、人を呼べるようなものではないな」
 眉根を寄せるロイに、ジャンは戸惑った。どんなにすごい部屋に住んでいるのだろう。本が山積みなら、何かがあった場合に崩れた本の下敷きになって死んじゃったりしないのだろうかと心配になる。
「……先生、彼女とか……どう付き合ってるのさ?」
「ジャン。私のプライベートは内緒だ。そんな事より勉強」
 長々と話が続いたので、ロイは会話を打ち切って仕事を始めようとする。ジャンは教科書で軽く頭を小突かれて口を尖らせた。
「……ぶー、俺だって先生とデートしたい……」
「デートって、男同士でか?」
 違和感ありありという表情のロイに少し腹が立ってきた。
「俺の事、好きって言ってくれんだろー、先生。いいじゃんかぁ」
「ジャンと映画を見て、昼ごはんを食べて、他にどこか遊びに行く……それって」
 ロイは難しい顔つきで考え込む。そしてジャンに大真面目に言い切った。
「シミュレーションしてみても、デートというより保護者だろうな、私は?」
 ロイ先生のこんな所の真面目さは、ジャンには正直ついていけなかった。


   = ロイSide =

 自慰をしているジャンの姿を見てから、夢に悩ましいジャンの姿が現れるようになって困る。
 運動神経は抜群で、体育系のクラブを掛け持ちしている彼の体は小さくても、きっちり鍛えられたスマートな体つき。
 その体を自分の望むままの格好で誘ってくれるのだ。……そう、あられもない格好でだ。
 夢の中ならジャンの穢れの無い肌に手を伸ばせる。桃色の肉に触れ、熟れた果実のように変化させる事も可能だ。
 まだ未熟な熱を煽る自分の手に、大人になりかけた手を重ね、彼は内から白い蜜をあふれさせる。
 彼は啼いた。
 夢に声は伴わない。
 でも啼いて、一層愛しさを煽り立てる。
 それから誘う目をし、迎合するための入口に淫らに指を這わせ、中の熱を開いて見せた。
「最初なんだよ。俺の事、食いたくって仕方ないくせに」
 声は無いくせに、そう言って笑ったようなジャンは夢の中では小悪魔のようだった。


   = ジャンSide =

 もしかしたらロイに見られたのかもと思うと、恥ずかしさもあるがそれ以上に興奮を覚えた。
「あ……っ ふう……ん、ん」
 夜に自分のベッドで、自分を見つめるロイを思い浮かべながら、自らを喜ばせる。性器の先を擦るだけでも腹の中に痺れが渡る。
 この指がロイのあの綺麗な指だったらと思うと、零れる液体がより多くなった。
 イく事しか考えない頭が、もう一つ思う事。
「先生……キスして……」
 ずっとそうして欲しいと思っている。大人の彼と、本当はどうするのかわからないけど、今の関係よりももう一歩先に進みたい。ロイとエッチがしたい。初めてをロイと交わしたい。
 ロイだって男なのだから、ジャンと同じように自慰をする事もあるはずだった。
(どんな風にするんだろう、あの涼しそうな表情はどうやったら体の熱に溶かせるんだろう。服に隠されたロイの素肌はどんなに綺麗なんだろう。先生のアレに触ってみたい。俺が触ったら、ロイは気持ちよくなるんだろうか……)



   = 交互 =

「俺、先生とエッチがしたい」
 映画館を出た後に昼食の為に入った静かなカフェ。ずっと言おうと思っていたそれをジャンは素直にロイに言ってみた。
 そしてスパゲッティーを絡めていたロイのフォークが、カランとテーブルに落ちた。

「俺、先生とエッチがしたい」
 映画館を出て、ジャンと昼食を摂る為に入ったカフェで、ハンバーグを食うジャンが突然爆弾発言をした。
 口に放り込んだスパゲッティーを、派手に吹き出しかけるのを自制するのが苦しい。奥まった席に座っていてまだ良かったと密かに思うロイだった。


   = ロイSide =

 現実でもジャンは小悪魔だったようだ。いたずらに唐突に私の想いの熱を煽る。
 彼の先生である為にどれだけ苦労していると思っているのだろう。
(私が邪な思いをずっと持っているなんて、中学生にはわからないのだろう。恋と友愛との区別が出来ないまだ子供だ)
 ジャンの部屋で交わすキスだけならばまだいい。実害はそう無いからだ。しかも、ジャンの舌はロイとの行為で随分とこなれてきている。中学生同士ならもう「ヘタクソ」とは言われない位に上達した。
 もちろんロイは、ジャンが作った彼女の為にキスを教えているのでは断じて無い。
 彼の家庭教師である内はジャンに手をつけたくはなかった。
 中学生の、“先輩への慕う心を利用する”行為に思えて、とても汚らしい自分ができあがるから。
 家庭教師のバイトを終了して、それから彼がせめて高校生になってから、ジャンに交際を申し込みたかった。
 その期間を待てるぐらいに、ロイの恋心は本気だった。
 中学生の間にジャンが彼女を作り、自分との間に興味を無くしてしまったってそれは仕方がない。そして、そうなった所で彼女から振り向かせる気ではいる。
「俺をロイ先生のモノにしてよ」
 自制に自制を重ねているロイに、ジャンは辛い仕打ちをした。
「お前、意味がわかって言っているのか?」
 とりあえず冷たい水でも飲めば気持ちが落ち着くかも、と思ってロイは手を伸ばそうとする。こういう時は、年長者が落ち着いて諭さなければいけないのだ。
「……くどき文句には変かな?」
「ジャン……」
 中学生に口説かれているのかと思うと、落ち着く以前に脱力する。まあ、からかわれるよりはマシかもしれない。


   = ジャンSide =

 こんなにもまっすぐに彼を欲するジャンをロイは相手にしようともしなかった。
「エッチがしたい」と男が男に対して言うのに、「気持ち悪い」と言うでもなく慌てふためくでもなく、ドンビキもしない所がジャンと同じ気持ちを持っていてくれると確信したい。
 ロイはジャンとキスをするのだって楽しそうだったからだ。
 でも“恋人にする”のを避けたい様なのは、やはり本命の彼女がロイに居るのかと思えた。
 彼は元々、男にはまったく興味が無い人間だ。ハボックだけには特別に興味を示しているみたいなだけで。
 中学生の男のガキが、彼とデートするような綺麗なお姉さんと張り合ったって敵いはしないのはわかっている。
 何よりロイが触って楽しいものなど、男の体にはついていないのだ。ジャン自身にも、男の友達の裸を見た所で特に感じる事は無い。
 ロイが好きだからこそ、男だからでも裸を触ってみたいと思うだけ。
(俺にこんな風に思われるのって、やっぱ重いかなあ)
 あんまりの相手の反応の無さに、ジャンは泣きたくなって来た。本気で本気でロイを独り占めしたいのを、それは置いてもせめて恋人の一人にと思う気持ちを彼はわかろうとしてくれない。
 このまま「ホテルに行こう」と言われたら、そのまま付いて行ったっていい。男同士のエッチがどういうものかわからないけど、ロイが手に入るのなら多少の怖いのは我慢する。
 ロイとの関係は、家庭教師という関係が終わったら一緒に終わる。
「俺をロイ先生のモノにしてよ」
「お前、意味がわかって言っているのか?」
 ロイは静かにグラスの水に口をつける。その姿を見ながらもっと気の利いた事を言おうとしても頭の悪いジャンに言葉が見つからない。
「……くどき文句には変かな?」
「ジャン……」
「先生と一緒に、一人エッチ以上の事をしたいよ、俺。先生の裸が見てみたいし、その……」
 顔が熱くなるのがわかる。本人にお願いするには、どうかなという内容だから。
「先生の……触ってみたい」
「……要望は聞いた。……後は、人のいない場所で話そうな、ジャン」
 とりあえず二人は、ハンバーグ・ランチとスパゲッティー・ランチを微妙な雰囲気で片付けるのに専念した。


   = ロイSide =

 ジャンは再度、「先生を欲しい」と言った。昼食の後に訪れた駅地下のゲームセンターの暗がりで。
 ロイはゲームセンターに設置されている類のゲームはあまりやらないので、ジャンがゲームをするのを見ているだけだ。
 ガン・シューティングという系統のゲームがジャンは好きらしくて、ゲーム上に現れるモンスターを鬼のように容赦なく撃ち倒していく。その姿がドキッとするくらいに格好が良かった。
(やっぱり、普通の男の子だな)
 と、ロイが思っていたら、再度。
 クレーンゲームというのがなにやら面白くて、攻略を考えていたロイの後姿にジャンが。
「……それから離れられないか?」
「先生の事ばっかだよ。最近は頭の中でもう一杯……」
 出来ればその何割かを勉強の方に向けてくれたら、家庭教師の面目躍如だが。それでも勉強机の前に居て、勉強をするのだからロイが家庭教師である意味もある。
 この年頃はもともと明けても暮れてもエッチな事ばかりを考えるものだ。それは自分も多少の経験があるから、無理ないかもと思う。
 もしかしたらジャンの一人エッチのおかずに自分が使われているのかもしれないけど、それだってしょうがない。
(ジャンを惑わせてしまっているのかもしれないな、私は)
 女性に好感を持たれているのはもちろんの事、男が性の対象だという男性からも好感を持たれる身だ。
「ねえ、先生。俺を抱いて? ……俺が抱くのでもいいけど……やった事ないし」
 だからと言って、二人が一線を越えるのはしょうがないでは済まないのだ。
「……ジャン、大人をからかうものじゃないぞ」
「本気だってば!」
 クレーンゲームの本体に置かれたロイの手にジャンの手が重なる。
「こんな事を言う俺……、気持ち悪い?」
「いや。ジャンは魅力的だ。大人にとっては、おいたが過ぎるとは思うけどね」
 ロイだってやっと成人したばかりで、体だってささいな誘惑にも正直だ。
「ホント? だったら……俺さ、先生の前で裸になったっていいと思ってる」
「……」
 そんな事をされたら、理性が切れてしまう。絶対に避けなければ。
「先生にも俺の前で裸になって欲しい」
 いっそジャンが、いけない大人を落として喜ぶ悪辣なガキだったらどんなにいいか。でもジャンは、お馬鹿で素直でちょっと頑固な、ロイの想い人だ。性別の壁だって越えていいと思うぐらいに。
 踏み越えたくないのは、教師と生徒。それから中学生と大学生。
 もう少しだけ待って欲しい。
 けれど、それ自体を子供のジャンに言うのも憚られた。
「俺を抱いてよ、ロイ先生」
 これっきりで家庭教師を辞めるという決断を出来ない自分にロイは自嘲する。
(ジャンが大事だというなら、私の思いは全て断念したっていいはずだ)
 結局、ジャンが欲しい。独り占めしたい。それに勝る事は出来ない。
「……お前の苦手の教科で全部100点をとったら、願いは叶えてやる」
 ジャンには出来ない条件を出して、卑怯にもその場を逃れた。


 三週間後。
 ジャンを侮っていた事を後悔するのと、ジャンが本気で自分の事を求めているのに驚愕するのとを同時に、満面の笑みで答案を見せるジャンに味わわせられたのだ。


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