結 実 2
〜緑青の腕〜

亮水瀬

 月下美人に似た大輪の花は、一斉に咲き乱れて翌日には全て散ってしまった。頭上にはもう、緑の葉陰しかない。本当に幻のような花だ。
 温室の地面一面に降り積もった青い花弁を踏みしめながら、ハボックは細い溜息を吐いた。
 ロイから休暇を五日間伸ばすと告げられたのは、本来の休暇の最終日だった。それが一昨日だから、後三日はここで過ごす事になるのだろう。普段殺人的に忙しいロイとこんな風に長期間二人きりで過ごせる機会など殆ど無かったから、休暇の延長自体に否やはないのだが ─── 熱が引いて以来、夜も日もあけずに求められ続けるのにはさすがに参った。体力が持たない。
「…別に、するの自体は嫌じゃないんだけどさ…」
 ぽそりと一人ごちて、ハボックは踵を返した。
「 ─── あ?」
 その足元が、ふらりと揺らぐ。
“………拙い”
 すうっと血の気が引く気配に、彼は無意識にしがみつく場所を求めて手を伸ばした。
 バランスを崩して倒れ掛かった長身を、いつの間にか間近に迫っていた緑のクッションが柔らかく受け止める。網の目のようにびっしりと絡み合った蔦の葉が、彼を支えているのだ。
「………っ」
 一瞬、犯された時の恐怖がまざまざと蘇って、彼は身震いした。だが温室は陽光を受けて穏やかに揺れるばかりで、そこにはもう禍々しさなど微塵も存在しなかった。むしろ慈しむような雰囲気すら感じられる。
 かさりと手の甲を撫でられて、ハボックは視線をそちらに向けた。
 小さな葉っぱが、慰めるように優しく彼に触れてくる。その動きに、性的な臭いは全く無い。
「…ありがとう」
 ほわりと笑い掛けると、周りの葉が嬉しげにさざめいた。
“何か、懐かれちゃってるのか? 俺…”
 彼の遺伝子を摂取し、彼の眸と同じ色の花を咲かせた蔦は、まるで親に懐く幼子のようにハボックに親愛の情を示した。
 体内に注ぎ込まれた蔦の精液が、散々搾り取られた自身のそれと混じり合って彼の腹の中で開花を促す胞子嚢になったのだと、あの後ロイに聞かされた。腹を内側から食い破られそうな激痛にのたうった事を思い出せば冷や汗が噴出したが、こうして柔らかい緑の葉に囲まれていると、それも許せる気がした。何よりこのキメラは、ロイの分身なのだから。
「10年に一度しか咲かないんだろう? だったら、もうあんな事はしないよな?」
 細い蔓先を指に絡ませて見上げると、硝子越しの木漏れ日が柔らかく目を射た。そろそろ帰って昼食の支度をしなくては。一週間足らずですっかり落ちてしまったウェイトを、これ以上減らすわけにはいかなかった。
 ハボックは緩慢な足取りで来た道を引き返し、温室の扉を開けた。外の空気は中のそれと違って薄く爽やかだった。濃密な緑の香りから解放され、無意識に深呼吸を繰り返す。扉を閉める時、名残惜しそうに数本の蔓先が後を追いかけてきたが、それも冷たい外気に触れるとうなだれて中に戻っていく。
「またな」

 ─── 葉陰から小暗い表情でその様子を見つめる恋人の姿に、ハボックは気付かなかった。

* * *

 部屋に入ると、微かに熟れた果物の香りがした。爽やかで、それでいてねっとりと甘く纏い付くような香りは、どこかで嗅ぎ覚えのあるものだ。
「?」
 だがそれが何の香りだったのか、とっさに彼は思い出せない。もどかしい思いに何度か瞬いて、ハボックは上官の姿を捜した。
「あ、大佐」
 窓際のテーブルで寛ぐ男の前に、見慣れない果実が盛られていた。香りの出所はどうやらそこらしい。
「何です? これ」
 物珍しそうに覗き込むハボックに、ロイは笑って答えた。
「この辺の特産の果物でな、未成熟の柔らかい実を生で食べるんだ。結構美味いぞ」
「へえ。俺、初めて見ました」
 籐製の籠に山盛りに盛られたそれは、瑞々しい薄緑をしていた。ライチに似た丸い実の表面は凸凹していてあまり柔らかそうには見えなかったが、中は案外ジューシーなのかもしれない。
 彼は好奇心に駆られて一番上の一個を摘んだ。潰さないようにそっと鼻先にかざして、匂いを嗅いでみる ─── どこか頭の芯を重く痺れさせるような甘い香りだった。
「食用の未熟果は、傷みやすくて他所にはあまり出回っていないんだ。大きくなり過ぎると、硬くてそのままでは食べられなくなるしな」
「そうなんですか? じゃ、丁度シーズンに来れてラッキーでしたね」
 ハボックは笑って青い実を口に放り込んだ。さくりと皮に歯を立てると、とろみのある果汁が中から驚くほど溢れてくる。
「……甘い。」
 南国系のフルーツ特有のまったりした甘味が、口いっぱいに広がった。同時に、強い芳香が鼻に抜ける。
「これ、すっげ美味いっスよ! 大佐!」
「気に入ったか?」
「はい!」
 ハボックは素直に頷いた。
「うわ、フュリーとか絶対食いたがるだろうなあ。あいつ、こういうのに目が無いし。でも、帰りに司令部への土産にするのって無理なんスよねえ?」
「採った翌日には真っ黒くなってしまうから、無理だろうな」
「残念! じゃ、あいつらの分も、俺と大佐で食っちゃいましょ」
 そう言って、ハボックは二個目を口に放り込んだ。さくさくと実を咀嚼する、気持ちのいい音が響く。
「………」
 屈託なく初めての味を堪能する恋人を見遣って、ロイはうっそりと微笑んだ。
「大佐?……食わないんスか? 無くなっちまいますよ?」
「まだあるから、好きなだけ食べるといい」
 とは言っても、とても一人で食べきれる量ではないのだが。
「そんなに食ったら、昼飯入らなくなっちまいますって。だから…ね?」
 一緒に食べましょうと差し出された果実を咥えて、ロイはゆっくりと席を立った。
「え?」
 そのまま隣りに立つハボックの腰を抱き寄せると、唇を合わせる。
「…んっ…ん、ぅ?」
 齧りかけの実を口移しに含まされ、彼は目を白黒させた。丁度洋梨のような食感の果実は噛みしめるとさくさくとした歯触りだったが、舌先で押し潰すとねっとりとした肉感的な感触が返ってくる。
「っ…う、っふ…」
 口中で解れて溶けていく甘い果肉とロイの口付けに酔って、ハボックの目にとろりと紗が掛かる。口の端から唾液と混じり合った白い果汁が、顎を伝って喉元に流れ落ちた。ロイの唇が、それを追って甘い肌を辿る。
「………なんか、変…だ」
 ひどく身体が熱い。まるで何度も愛された後のように熱を帯び始めた肌に、戸惑ったように青い眸が見上げてくる。
「…っ、や!」
 シャツの上から指先でぷっくりと勃ち上がった胸の飾りを擦られ、びくりと身を震わせる。
「どうした? ハボック」
 自分では制御できないほど、感じ易くなっている。まだ触れられてもいない股間に見る見る血が集まっていくのが判った。
「う、そ……っ」
 頭の芯を痺れさせる、甘く重い芳香。
 この感覚には、覚えがあった。そう ─── あの温室で、触手と化した蔓に嬲られ続けていた間、ずっと感じていた疼きだ。
「これ………まさか…っ」
「気が付いたようだな。そうだ、これはあの蔦の実だよ」
 ロイが見せ付けるように未熟な果実を握り潰すと、指の間から粘性のある白い果汁がとろとろと滴り落ちた。その香りは、触手が何度も吐き出した甘い樹液と同じだった ─── どうして今まで、気付けなかったのだろう?
 痺れるように動作の重くなった身体を容易くテーブルの上に押し倒して、男はハボックの着衣をあっという間に剥ぎ取ってしまう。
「………大佐っ…」
 真昼間の居間で、窓から差し込む日の光に赤裸々に照らし出されたまま下肢を押し開かれて、ハボックは羞恥に喘いだ。だが最奥の慎ましやかな蕾は、既に期待に戦慄いている。
「あれの太い触手を受け入れるのは、抱かれる事に慣れた躯でもかなりきつかったろう。だがお前は、さほど傷付かなかった。どうしてだと思う? ハボック」
 暗い眸のまま、ロイはかすかに息づく蕾の縁を濡れた指先でなぞった。途端物欲しげにきゅんと窄まるそこに目を細め、テーブルの上から蔦の実を一個摘み上げる。凸凹の皮に爪で薄く疵を付けると、そこからじんわりと白い果汁が滲んだ。
「吸血の生き物は、獲物の血を吸う時にその牙から相手の苦痛を和らげるための物質を分泌する。その方が相手に抵抗されずに楽に血を摂取できるからな。あれも、同じだよ。より確実に獲物の遺伝子を手に入れる為に、苦痛を悦楽に摩り替える術を知っているんだ。あれはお前の欲を何度も煽ったろう?」
 辛い時間を思い出して、ハボックは唇を噛んだ。
 太い触手に犯され、無理矢理官能を掻き立てられて幾度も吐精した。その度に無数の触手が打ち震えて白濁を舐め取り、やがて吐き出した分以上の精髄を体の奥深くにたっぷりと注ぎ込まれる事になった。
「あれの体液には、媚薬効果があるのだよ ─── この実にも、な」
「……っ、ひっ!」
 感じ易い乳首をごつごつした実で擦られ、ハボックはテーブルの上で背を撓らせた。疵口から溢れ出した汁が、淡く色付いた胸の突起にべっとりと付着する。
「私には、こちらの方が果実よりもずっと美味そうだが」
「や…待って、…ぁああっん!…」
 汁ごときつく吸い上げられ、彼は掠れた甘い悲鳴を上げてロイの髪に指を絡めた。それでなくても弄られるのが苦手な乳首をこんな風に愛撫されては、声を噛む事すら出来ない。通いの管理人はもう帰ったが、まだいつ誰が訪れてもおかしくない時間帯だ。玄関に面した窓際でこんな事をしていたら、真っ先に見咎められてしまう。
「べ、ベッド………ベッドで、シテっ……」
 身悶えながら、やっとの思いでそれだけ口にする。寝室まで許可なく入り込んでくる者はさすがに居ないし、あそこなら遮光カーテンを閉めれば昼日中だろうとここほど恥ずかしくはないだろう。
「心配しなくとも、まだ抱く気はない」
「………っ」
 男の言葉に、つめていた息をほっと吐いた瞬間だった。
「……ひ、ぁっ?!」
 何か硬いものが秘所に分け入ってくる感触に、鳥肌が立つ。
「な、なにっ……?」
「これだよ、ハボック」
 ロイは片手いっぱいに掴んだ蔦の実を、無造作にハボックの鼻先に差し出した。
「気に入ったのだろう? 好きなだけ、食べるといい」
「 ─── っ!!」
 無理矢理何個も口に押し込まれ、彼はえずいた。
「ぐっ………げほっ…っ」
 咽て吐き出してしまった薄緑の果実を、ロイはやれやれといった表情で拾い上げる。
「お前のおかげで実った果実だぞ? きちんと味わってやらないか」
 そうして押し広げたハボックの脚の奥に、一個ずつ埋め込んでいった。
「やだっ…! 大佐、止めてっ!!」
 痺れたように重い身体は、拘束もされていないのにろくに思い通りにならなかった。テーブルにぐいと身を乗り出したロイに圧し掛かられて、大きく脚を開いたままの状態で固定されてしまう。
「本当に嫌なのか? 下の口は、美味そうに頬張っているがな…」
 咽て吐き出した際に疵付いた果実からはじゅくじゅくと白い粘液が滲み出していて、熱を帯びて蠢く蕾はあっさりと異物を飲み込んでしまう。ロイの長い指が一個青い実を押し込む度に、くちゅりと淫猥な音を立てて蕾が吐息を漏らした。
「や……っ…大佐っ…。」
 ハボックは必死でかぶりを振って、その刺激に耐える。だがまるで初めて身体を開かれた頃によく使われたビーズ玉を連ねた淫具のように、それはじりじりと身体の内側から彼の官能を燻り続けた。
「ふふ…感じているのか?」
「……あ!」
 頭を擡げ始めた自身の先端を指先でぐりぐりと捏ねられ、ハボックはびくんと身を竦ませた。
「はぅ…っん!」
 内壁がきゅんと引き絞られると、内に含んだ果実の突起が柔肉を食んだ。
「あ、あ、あ、あっ…!」
 たまらず身悶える腰をがっしりと掴んで、ロイは更に蔦の実を埋め込んでいく。じきに狭い隧道には隙間なく薄緑の実が詰め込まれ、ハボックの下腹はパンパンになってしまった。
「……っ苦し、……ったい、さっ…」
 籐籠の果実の半分を部下に喰わせたロイは、ようやく満足げに身を起こした。やっと開放されたハボックは、だが下腹の圧迫感と内側からの絶え間ない刺激のせいで動く事もままならない状態だった。テーブルの上でくの字に身体を折り曲げ、苦しげに呻く。その額には、苦痛のせいかふつふつと脂汗が滲んでいた。
「あれに嬲られていた時と、どちらが辛い?」
「………っ。っ……っっ」
 上手く言葉を紡ぐ事が出来ず、ハボックは必死で上官を見上げた。
「……っ、」
 力の入らない腕を伸ばして、ロイに触れようとする。
 悋気の激しいロイは時折必要以上にハボックを苛んだが、それもまた自分を想うゆえの暴走だという事を、彼はちゃんと理解していた。
「答えろ、ハボック」
「……あっち、つらかっ…っ…」
 掠れた声で、それだけようやく囁いた。
「 ─── 今の方がいいと?」
 こくこくと、必死で頷く。身動ぎする度に鈍痛と共にうねるような快感が腰から突き上げ、自然に内壁が収縮してしまうのを止められない。圧迫感に息を詰めながら、ハボックは腰を揺らめかせた。
「あんたに、なら……っ、何されても、いいっ…ス」
「 ─── っ!」
 その言葉に、ロイは震える身体を抱き寄せて噛み付くように口付けた。
「ん、んっ!……ん、ふっ…っ」
 粗い呼吸まで奪われて、ハボックは切なげにロイの背に爪を立てた。ぎゅうぎゅうと絞り上げられた果肉が、体内で潰れて僅かにその嵩を減らす ─── 内側からの圧迫感は減ったが、それは同時に新たな懊悩を彼にもたらすものだった。
「……ふ、ぁっ…?」
 溢れ出した果汁が直接粘膜から吸収されるにつれ、狂おしい熱が全身を駆け巡った。
「ひぁっ……あぁあっ…!」
 びくびくと仰け反りながら、彼は高みに達してしまった。だが内に篭った熱は、全く衰える様子がない。
「大佐っ……助けてっ……っ」
 未だぎっしりと薄緑の実を詰め込まれたまま彼は懇願した。今はその圧迫感さえ、快感に摩り替わる。
「ハボック……ハボック!」
 ロイは狂おしい眸でその様を見下ろすと、欲して止まない相手を掻き抱いた。
「私がどんな思いで、お前があれに犯されるところを見ていたか解かるか?」
 ハボックが甘い声を上げてのたうつ度に、彼を嬲る触手を一本残らず引き千切って焼き尽くしてしまいたい衝動に駆られた。切なげに啼いて一番太い触手を受け入れた瞬間には、嫉妬で目の前が真っ赤になったほどだ。だがロイは、目を逸らす事も耳を塞ぐ事もしなかった。
「望んでお前を差し出したのに、私が目を背けるわけにはいかないだろう?!」
「あ、ぁんっ…っ」
 全ては彼自身の責任だった。こんな罪作りなキメラを創り出したのも、それが空色の花を咲かせるところを見たいと望んだのも、今こうやってハボックが内に孕んだ熱を持て余して身悶えているのも ───
「今、楽にしてやる」
 ロイはむずかるように縋ってくる身体をそっとテーブルに横たえると、籐籠に残った薄緑の果実を掻き分けた。
「 ─── 」
 薄目を開けてその動きを追っていたハボックは、ロイが手にしたものを見て身を強張らせた。
「なっ…?…そ、れっ…っ!」
 ロイはどこか箍が外れた表情で、ゆっくりとそれに舌を這わせる。
「完熟してきちんと鞘になった実は、これ一個だった ─── お前も見たろう? あの、一番見事に咲いた花の実だよ」
 あの日散々嬲られた触手によく似た、濃い緑色の果実だった。未成熟な柔らかい実はどちらかというと丸かったが、完熟したそれはまるで男性器を模した張り型のように禍々しい形をしていた。しかも小指の先ほどのごつごつした突起が、硬い表面にいくつも付いているのだ。
「やっ……止めて! 大佐っ…!」
 ハボックはカタカタと歯の根が鳴るのを止められなかった。こんな状態であんなものを挿入されたら、壊れてしまう。
 いざって逃げようとする腰を後ろから捉えられ、そのままぐいとロイの手元に引き戻される。狭間にひたりと押し当てられた硬い感触に、彼は引き攣った。
「私の手で乱れて善がり狂うお前を見せろ、ハボック」
「ひぃっ……っ!」
 みっしりと実の詰まったそこに、太く硬い鞘を強引に捩じ込まれる。
「い、っやぁああああああああっ!」
 仰け反った喉から絶叫が迸った。


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自分で仕向けておきながら嫉妬に狂うロイ。そしてどんなに辛くて苦しくても結局は赦しちゃうハボ…。勝手な大佐とそんな大佐に甘いハボ、ロイハボの基本っスよね!その二人のDNA取り込んでたった一つ完熟した実がソレって…(爆)いや、タマランですっ!