結 実 1
〜緑青の腕〜

亮水瀬

 それは低く、高く、さざなみのように繰り返される遠い呼び声だった。
『咲カセタイ…』
『時ガ来タ、ますたんぐ』
『花ヲ咲カセタイ。実ラセタイ』
『………早ク、ハヤク。モウ待テナイ!』

「………ん…」
 寝返りを打った拍子にぽっかりと目が覚める。ロイ・マスタングは微かに眉根を寄せて暗闇を見詰めた。
“今のは……”
 空耳などではない。脳内に直接響くこのメッセージは、間違いなく彼の眷属からのものだ ─── かつて年若い錬金術師がその若さゆえに創り出した、緑の異形。だが彼は、普段全く思い出しもしないそれに、彼なりの愛着を持っていた。
「そうか……もう、10年か…」
「……たいさ?」
 微かな呟きに、隣りで眠っていた金髪の部下がだるそうに身を起こした。寝乱れた夜着の胸元から、薄紅い花弁が誘うように幾つも覗いている。先刻まで、散々貪っていた甘い肌だ。
「何でもない」
「でも……」
「つまらない事を気にする余裕があるなら、もう一度付き合え」
 なおも言い募ろうとする身体を引き寄せて、ぐいと下肢を押し開く。ハボックはシャツ一枚を羽織っただけで下は何も身に着けていなかったから、よけいな手間は掛からなかった。
「……っあ!」
 指先で突くと、まだ微熱を帯びている蕾は柔らかく解れて異物を受け入れる。だがロイの太い楔に愛され慣れたそこは、指一本では到底満足できなくて切なげに蠢いた。
「ふ。指では物足りなそうだな」
「そんな、事…っ……」
 羞恥に頬を染めながら身を捩る様が愛しい。何度抱いても、その度にハボックはためらいを見せた。素直な躯とは裏腹に、いつまで経っても理性はモラルを捨て切れない。だがそのギャップさえ、ロイの目には誘っているようにしか映らなかった。
 物欲しげに息づく小さな口に、ロイはそのまま自身を突き入れる。
「あぁっ!…やぁああっんっ!」
 高い嬌声が、仰け反った喉から迸った。
 再開された濃密な時間に、ハボックの感じた微かな違和感などあっという間に霧散してしまう。
「たい、佐ぁ…っ!」
「 ─── 」
 甘く絡みつく内壁の感触にうっそりと目を細めながら、だがロイの眸にはどこか苛立たしげな色が滲んでいた。
『………早ク、ハヤク!』
 ちらつく緑の残影を振り払うように、彼は目の前の身体を容赦なく突き上げ始めた。

* * *

 久しぶりに訪れた温室は、管理する者もいないというのに以前と変わらず青々としていた。うっそうと生い茂った蔦が濃い緑の影を落とし、外光を遮るほど温室全体にはびこっている。
 頑丈な南京錠を外して扉を潜ると、むっとするほどの草いきれが全身を包む。
「 ─── 来たぞ」
 ロイが呟くと、さわりと温室全体がさざめいた。
 しゅるしゅると延びてきた細い蔦に頬を撫でられ、彼は憮然とした表情で周りをねめつけた。
「そう、急かすな。今やるから」
 風変わりな蔦に見える緑は、実は全て一体のキメラだった。十数種類の熱帯植物に、ロイ自身の遺伝情報を組み込んで再構築してある ─── 言わば、彼の分身だ。見た目は蔦に似ていても、実際の生態は全く違う生物だった。植物としてなら、むしろ羊歯に近いかもしれない。
 今頃ハボックは甲斐甲斐しく早めの夕食の用意をしているところだろう。5日の休暇を共に過ごす場所にこの別荘を選んだのには、理由があった。
「…すまんな、ハボック…」
 ぽそりと呟いて彼はスラックスの前立てを開けた。まだ萎えたままの自身を取り出して、ゆっくりと扱き始める。
 今の蔦にハボックを差し出せばどうなるかは、容易に予想がついた。その様を想像しただけで、掌の中の自身がクンと嵩を増す。いつの間にか手首に絡みついていた蔓が、強請るように竿を撫でた。
 開花期のキメラは貪欲だ。
 こいつは10年前も、偶然通りかかった者を温室の中に引きずり込んで、止める間もなく好き放題に貪った。別に命に関わるような怪我をしたわけではなかったが、植物に犯されるという筆舌にしがたい体験をした犠牲者は、助け出した時にはその時の記憶をすっぽりと失っていた。
 その年、新しい遺伝情報を取り込んで咲いた花は、犠牲者の眸と同じ赤みがかった濃い紫色だった。それはそれで美しかったが、今の彼が見たいのは、もっと違う色だ。
「私は、天色セレステの花が見たいんだ…っ…」
 ロイの気持ちに呼応するように、どくんとその前が弾けた。
 生い茂る蔦に白濁が飛び散った瞬間、温室全体が大きくざわめいた。それまで大人しい植物の仮面を被っていたキメラが、ぶわりとその欲を露わにする。細い蔓が見る見る太い触手に変化していくさまを、ロイは粗い息のまま見つめていた。
「…明日だ。」
 ロイの精子を得たキメラは、それを自身のDNAに取り込む。一晩かけて熟成した蔦は、明日になれば新たなDNAを求めてそののたうつ触手を犠牲者に伸ばすことだろう。
 全てを知った時、ハボックは彼をなじるだろうか? ─── ひどく傷付けてしまうかもしれない。だがそれでも、最後には赦してもらえる確信があった。
「………」
 こんな形で愛する相手の気持ちを試してしまう自分に、ロイは苦い笑みを浮かべた。

* * *

 そこは夢のように美しく、そして淫靡な花園だった。
 鮮やかな空色の花が咲き乱れる温室で、ハボックは再びその身深くに雄を受け入れていた ─── だが今度は、黒髪に黒い瞳の想い人が相手だ。
「大佐……たいさっ…!」
 惑乱に戦慄わななく躯を押し開かれ、甘い嗚咽を漏らしてロイの背に縋る。あの日、狂おしく蠢いて彼を嬲り続けた蔓も今はすっかり息を潜め、たださわさわと微風に揺られて睦み合う二人を見下ろすばかりだ。
「おれ、俺っ…っ」
 わだかまる想いを、上手く言葉に出来ない。熱のせいにして全て忘れてしまうには、この温室での体験は強烈過ぎた。
「もう、何も考えるな………」
 ロイはそんなハボックを、ことさら乱暴に揺すり上げる。
「ひぅっ…!」
 どうなるかは判っていたはずだった。
 だが実際にハボックがキメラに嬲られ、最奥を深々と触手に貫かれて喘いでいる様を間近に見せ付けられると、ロイの胸は嫉妬でいっぱいになった。あれは自分の一部なのだと何度も自分自身に言い聞かせ、一面に空色の花が咲く様を思い描いて怒りを押し殺していたのだが ─── どうにも気持ちが納まらなかったらしい。
「私の、ものだ…っ」
 咲き誇る花々に見せ付けるように、ハボックの脚を抱え上げて結合部分を曝す。赤黒い凶器がぐちゅぐちゅと抜き差しされる度に、充血した花唇から注ぎ込んだ白濁が溢れた。
「あぁあっ…!」
 そこだけ日に焼けない真っ白な内腿に、はらりと一片、青い花弁が落ちて貼り付いた。


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刹那の夢」の水瀬さんが「緑青の腕」の続きを書いて下さいました!まずはみつきが後書きで適当に流した部分をきちんと形にしてくださってます。そして続き…腐腐腐、楽しみですvv