そういう人々  第二十二章


「さあ、出ておいで。イイ子だから」
 ボウカーは猫撫で声で言いながら掴んだ尻尾を引っ張る。地面に立てた爪で土を抉りながら、ロイはずるずると茂みの中から引っ張り出された。
(わああッ!)
 思わず声に出して叫んでしまわないのが不思議なくらいだ。それでもロイは決して声だけは出さないよう、必死に歯を食いしばった。
(何分経ったんだ?もう戻るかも……っ)
 いきなりボンッと戻ってしまいそうで、気が遠くなりそうになる。こんな風に「怖い」と思ったことなどこれまでの人生でただの一度もなく、ハッと思った時には地面に立てていた爪の力が弛んでいた。
「あ」
 思わず小さく声が零れてしまう。だが、ボウカーは大好きな黒猫を捕まえる事が出来た喜びのあまり、ロイが猫らしからぬ声を上げたことに気づかなかったようだった。
「おお、イイ子だ」
 ボウカーは顔をだらしなく崩してロイの事を腕に抱き締める。男の腕にしっかりと抱き込まれて、ロイはギュッと目を瞑った。
(駄目だ、もうすぐ人間の姿に戻る。もう一巻の終わりだ)
 まだ遣り残した事がたくさんある。だが、研究所に送られては全てを諦めるしかないのだろう。
(くそっ、実験動物になって終わりか?なんて情けない……ッ)
 悔しいと、ロイが歯を食いしばった、その時。
「うわッ!な、なんだッ?この……ッ!鷹っ?!なんでこんなところに……、よ、よせッ!いたたッ!!」
 ボウカーの悲鳴にロイは閉じていた目を開ける。そうすれば立派な鷹がバサバサと羽音を立ててボウカーに掴みかかっていた。
「向こうへ行けッ!!この鳥めッ!!」
 ボウカーはロイを片腕に抱き込んだままもう一方の手を振り回して鷹を追いやろうとする。その時、金色の光が視線の端から飛び込んで来たと思うと、ロイはその首根っこを柔らかく噛まれていた。
(え?)
 そのままロイの首根っこを噛んだ相手は、ボウカーの手からロイを掻っ攫う。トンと地面に飛び降りた勢いのまま、ダーッと中庭を駆け抜けた。
(え?え?)
 ロイは咥えられて宙ぶらりんになったまま、身動き出来ずに相手のなすままに運ばれていく。
「待てッ!!この野良犬ッ!!私の黒姫を返────あたたッッ!!」
 聞こえてきたボウカーの叫び声に後方を見れば、鷹に攻撃されて頭を庇って逃げまどうボウカーの姿が見えた。ボウカーを見て、それからロイは自分を運ぶ相手を見る。そうすればそれが金色の毛並みも美しい犬だと判った。
(なんで?一体どういう事だ?)
 すっかり混乱して、ロイは暴れる事も忘れて中庭を駆ける犬に運ばれていく。犬は司令部の建物をグルリと回ると、見事な跳躍を見せて開け放った窓から中へと飛び込んだ。
「うわッ」
 手足をキュッと縮めたロイの口から思わず声が上がる。小さな会議室のソファーの上に下ろされて、ロイは慌てて起き上がると自分を助けてくれた犬を見た。警戒するように頭を下げ四つ足を踏ん張ってロイは犬を睨む。どう対処すべきか迷うロイの耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。
「まったくもう、ヒヤヒヤさせないで下さいよ」
「……え?」
 その声が目の前の犬の口から出ていることに気づいてロイは目を瞠って犬をまじまじと見つめる。見返してくる犬の瞳が空色だと気づいた時、犬が笑ったように見えて、そして。
「一緒に研究所送りはごめんっスよ」
 ボンッという音と共に金色の犬がロイの目の前でハボックになった。


「な……ッ、なん……ッッ?」
「あ、帰ってきた」
 突然の事に咄嗟に反応出来ずにいれば、開け放った窓から鷹が飛び込んでくる。机の端に舞い降りた鷹が、軽い音と共にホークアイの姿になった。
「お疲れさま、大丈夫でしたか?中尉」
「ええ。うまく助け出せたみたいね」
「ちょっとドキドキしましたけど」
 そう言って笑いあう二人をロイは呆然として見つめる。その時、ボンッと音をたててロイの姿が人間に戻った。
「い、一体どういう……」
 ソファーの上にヘたり込んで目を見開くロイを、ホークアイとハボックが見つめる。ホークアイと視線を交わして、ハボックが口を開いた。
「オレ達もなんスよ、大佐」
「まさか、獣人族……」
 そう呟いて、ロイはハッとしたように身を起こす。ハボックの襟首をガシッと掴んだ。
「お前ッ、そんなこと一言も言わなかったじゃないかッ!」
「だって、そんな大っぴらにする事じゃないし」
「私が獣人族を探していたのを知ってただろうッ」
「くっ、苦しいっス!」
「大佐」
 グイグイとハボックの首を絞めて喚くロイをホークアイが呼ぶ。その声に視線だけ向けてくるロイにホークアイは言った。
「少尉を責めないで下さい。もうずっとそうやって私たちは己の身を守ってきたんです」
 獣人族に対する世間の目は冷たい。たとえ親しい友人でも愛する恋人でさえ、おいそれと正体を明かすわけにはいかないとホークアイは言った。
「それにしてもよく私が獣人族だと判ったわね、少尉」
「鼻はいいって言ったっしょ。ついでに言うならブレダも獣人族っスよ。確かめた事ないけど、ファルマン達もそうじゃないかな」
「まあ」
 そう聞いて流石にホークアイも驚いた表情を浮かべる。
「なんだ、それじゃあ私の周りは獣人族だらけということか?」
 同じように驚いた表情を浮かべるロイにハボックが言った。


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