そういう人々  第一章


『今度お前の上司になるヤツな、俺の親友なんだ。そんな訳だからきっちり面倒みてやってくれ』
 残業を終えてやっと辿り着いたアパートの扉を開けた途端けたたましく鳴り響いた電話を取れば、聞こえてきたかつての上司の声にハボックは眉を顰める。受話器を耳に当てたまま電話の本体を持ち上げるとソファーまで電話線を引っ張りドサリと腰掛けた。
「なんスか、いきなり。護衛官の辞令なら確かに受けましたけど」
 アメストリス軍東方司令部所属の小隊長を務めるハボックに、新しくくる副司令官の護衛官に任命する旨を伝える内示が届いたのは先週の事だ。正直「なんでオレが?メンドクセェ」と思っていたハボックが不機嫌丸出しで答えると、受話器からヒューズの声が聞こえた。
『それがな、アイツ、例のヤツでなぁ』
 ぼやかした言い方ではあったが心当たりのあるハボックはピンとくる。懐から煙草のパッケージを取り出しながら言った。
「例のヤツって……副司令官がそれじゃヤバイっしょ?」
『だろ?だからお前に言ってんのよ。面倒みてくれってな』
「なんでオレが」
 ハボックはあからさまに嫌そうな声で答える。正直護衛官と言うだけでも嫌でしょうがないのにこれ以上厄介事を抱えるのはご免だった。
「親友だからって情けかけるんスか?例のヤツなら即研究所送りが決まりっしょ?しかも副指令官だなんて」
『お前がそれ、言うのかよ』
 冷たいハボックの言葉にヒューズの不満げな声が返ってくる。きっと受話器の向こうで眼鏡の奥の常盤色の瞳を顰めているのだろうとハボックが思っていると、ヒューズが言った。
『着任が決まってから判ったんだよ。俺だって知らなかった。いいヤツなんだ、優秀だし。研究所送りにするのは惜しい』
 ヒューズはそう言うと一呼吸置いて続ける。
『それに、お前だって色々つつかれちゃ困ることがある身だろう?』
「……相変わらずヤなこと言う人っスね」
 脳裏に浮かんだニヤニヤと笑う顔に思い切りベェと舌を突き出してハボックは言った。だが、この男に自分が敵うわけないと言うのは判りきっていて、ハボックはため息をついた。
「判りましたよ、面倒みます。ただ、努力はしますけど、バレても文句言わないで下さいね」
『お前ね、バレたらダガーの的に決まってんだろ?』
「うわあ……本気(マジ)かよ」
 軽い口調の中に潜む本気に気づいてハボックは肩を落とす。ぼわっとため息混じりの煙草の煙を吐き出してハボックが言った。
「判りましたよ、判りました!ったく、人の弱みにつけ込みやがって」
『はは、そう言うな。頼りにしてるぜ、少尉』
 笑い声と共に切れた電話を睨みつけてハボックは受話器を置く。膝に載せていた電話をテーブルに置くと、ハボックはだらしなくソファーに背を預けた。
「まったく……余計な仕事増やしやがって、あのクソ髭」
 頭の中のヒューズを一発殴ってやれやれと頭を振ると、ハボックはシャワーを浴びるために立ち上がった。


「今日だろ?例の大佐どのが来るの」
 朝の挨拶もそこそこにブレダが言う。
「楽しみですよねぇ、焔の錬金術師!」
 ワクワクと期待に眼鏡の奥の瞳を輝かせるフュリーに、ハボックが答える代わりに肩を竦めるのを見てブレダが言った。
「なんだよ、興味なし?」
「つか、めんどくせェ」
 椅子の背に体を預けて煙草の煙を吐き出すハボックにブレダは笑う。
「ああ、そうか。お前、護衛官になるんだっけ」
「ヒューズ中佐から電話かかってきて。よろしく頼むって」
「ヒューズ中佐から?どうしてです?」
 中央の左官の名前が出てきた事にファルマンが不思議そうに首を傾げれば、ハボックが短くなった煙草を灰皿に押しつけながら答えた。
「親友なんだってさ」
「ヒューズ中佐の親友?うわ、どんな人なんでしょう」
 一癖も二癖もあるヒューズの親友と聞いて、皆の関心もいや高まる。ワイワイと声高に話し始めた時、ガチャリと司令室の扉が開いた。
 その音に、司令室の視線が一斉に扉に向かう。カッカッと小気味悦い靴音と共に入ってきた士官はグルリと皆の顔を見回して言った。
「おはよう、本日付けで東方司令部副指令官として着任したロイ・マスタングだ」
 そう言うロイにガタガタと立ち上がったハボック達が背筋を伸ばして敬礼する。その様子を薄く笑みを浮かべて見ると、ロイが言った。
「個々人との顔合わせは後ほどするとして、ハボック少尉」
 と、尋ねる視線にハボックは「イエッサー」と答える。ロイはハボックを黒曜石の瞳で見つめて言った。
「執務室に来てくれ。では、みんな、よろしく頼むよ」
 笑みを浮かべるロイに司令室の面々から一斉に「イエッサー」の声が返る。それに頷き執務室に入っていく背に続いて、ハボックは中に入って扉を閉めた。
「ヒューズの部下だったそうだな、話は聞いているよ」
「どうせロクでもない話じゃないんですか?」
 嫌そうに眉を寄せるハボックにロイが苦笑する。大きな机の向こうに腰を下ろし、ハボックに向かって手を差し出した。
「よろしく頼む。貴官が護衛官なら安心だとヒューズが言っていた」
「ご期待に添えるよう頑張ります」
 差し出された手を意外そうに見つめて、ハボックは手を差し出す。軽く握って手を離すと、ロイは書類に手を伸ばしながら言った。
「暑いな、ちょっと窓を開けてくれるか?」
「はい」
 答えてハボックは窓に近づきガラスに手をかける。鍵を外してガラリと開ければ、スゥと涼しい風が執務室を吹き抜けた。
「ふぁ……ッ」
 その風に鼻孔を擽られたのか、ロイが顔を顰めて口を開ける。
「ファックションッッ!!」
 随分と大きなクシャミが背後で聞こえて、ハボックはクスリと笑った。
「派手なクシャミっスね」
「こっちを向くなッ!!」
 笑って振り向こうとしたハボックに慌てたようなロイの制止の声が響く。とはいえ、咄嗟の事に動きを止められず振り向いてしまったハボックが目にしたのは、椅子の上にちょこんと座った真っ黒い猫だった。


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