| 第七章 |
| 空を吹きわたる風の音に目を覚ましたハボックはゆっくりとベッドから足を下ろす。バルコニーに続く窓を開くとその先に広がる昏い森を眺めた。 いつもならこの呪われた屋敷から逃げ出すように森が抱える湖に足を運び、そこでロイの事を待って過ごす筈だった。だが、夕べ湖に飛び込んだせいでずぶ濡れになったロイの冷えきった体を暖めてやるためとはいえ、ロイをこの屋敷に連れてきてしまったことを、ハボックは今では激しく後悔していた。そしてその後悔の念がハボックの足が湖に向かうのを引き留める。 「もっと早くこうしなければいけなかったんだ」 輝く黒曜石の瞳、聡明な顔立ち、なにより彼と過ごす優しい時間が愛おしくて湖に行くことをやめられなかった。だが、所詮彼は過ぎゆく季節と共に成長する温かい肉体と熱く流れる血を持った人間なのだ。淀んだ闇の中でしか生きていけない己とは真逆の光の中を歩む存在。どんなに恋い焦がれたところで一緒に歩むことなど望むべくもない。 「さようなら、ロイ」 ハボックはそう呟くと静かに窓を閉めた。 「今日も来ないつもりか」 たった一度ハボックの家を訪れてから、ロイはハボックの姿を求めて毎日のように湖に通っていたが、その後一度も彼に会うことはかなわなかった。湖の周りを歩いてハボックの家に続く道を探してみたものの、ロイの住む街に続く道以外道は見当たらず、ロイは為す術もなく湖のほとりに佇むしかなかった。 「赦さない、こんなの絶対に」 そう呻くように言ってみても何か変わる訳でもない。いっそもう一度湖に飛び込んだらハボックが来てくれるのではないかと、ロイは思い詰めたように湖を睨みつけた。 そうしてゆっくりと季節は過ぎハボックに会うこともないまま時間だけが過ぎていく。冬になって時折街を薄く化粧する雪が森の中では厚く積もり、ロイが湖に近づくことを拒んでいるようだった。 「ただいま」 学校から戻って、ロイは機械的にそう口にする。そうすれば偶(たまたま)玄関先にいた叔母が驚いたようにロイを見た。 「あら、早かったのね」 「病欠が多くて学校が休みになった」 この冬、街には流感が蔓延していた。重症化して死亡する患者も出始め、多くの学校が少しでも病気の広がりを押さえようと休校して生徒を自宅待機させるようになっており、ロイが通う学校も例外ではなかった。 「アンタはどうなの?」 自室へ向かう階段を上がりかけたロイの耳に叔母の声が聞こえる。それはロイの体調を気遣うものではなく、むしろ悪くなることを期待しているような響きを帯びていた。 「別にどうも」 ロイは肩越しに振り向いてそう答える。冷たい黒曜石に見つめられて叔母は決まり悪そうに目を逸らすとそそくさとその場を離れていった。 「フン」 そんな叔母を軽蔑するようにロイは鼻を鳴らして階段を上がる。自室に入りカーテンを開けると街の向こうに広がる森を見つめた。 「探しに行ってみようか」 雪が降るようになってからは思うように行くことが出来なくなっていたが、今から行けば暗くなる前に何とか行って帰ってくることが出来るかもしれない。そう考えたロイは脱いだばかりのコートの袖に手を通し、自室を飛び出した。そのまま行く先も告げず家を出て森へと向かう。森の入口にたどり着いたロイは、思った以上に雪が道を閉ざしているのを見て唇をギュッと噛んだ。 「行こう」 ハボックに会えなくなって胸の内には想いばかりがどんどんと降り積もっている。それはこんな雪などとは比べものもないほど深くて、このまま時間が過ぎていけばロイの全てを飲み込んでしまいそうだった。 「ハボック」 絶対見つけだしてこの酷い仕打ちの責任をとらせてやるのだ。ロイはそう決めると森の中へと踏み込んでいった。 2012/02/21 |
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