| 深淵に偲ぶ恋 第二十四章 |
| ロイはピタリと自分に向けられた銃口を目を見開いて見つめる。男の指がトリガーを引けば、ロイの命は簡単に終わりを告げるだろう。そうと判っていてもロイは全く身動く事が出来なかった。煩いほどに己の呼吸音が耳に響き、水路を流れる水の音が路地を埋め尽くす。銃を構えた男はその顔いっぱいに酷薄な笑みを浮かべると、楽しげに言った。 「さよなら、マスタング公。鬼ごっこ楽しかったぜ」 そう言った男のトリガーにかかった指に力が入るのを見た瞬間、ロイは見開いていた目をギュッと瞑った。 ガンガンッ!! ガゥンッッ!! 水路を流れる水音を引き裂くように、狭い路地に銃声が響き渡る。ロイに銃を突きつけていた男は、焼け付くような痛みに己の体を見下ろした。そうすれば胸に真っ赤な花びらが散っている事に気づく。それが己の体を濡らす血の色だと気づいて、男はゆっくりと振り向いた。 「生きて、いたのか」 男はそう呟くとロイに向けていた銃を全身ずぶ濡れのハボックに向けようとする。だが、照準をあわせる前に男の額を銃弾が撃ち抜き、額に紅い花を咲かせた男の体はドウと地面に倒れた。 「殿下」 「ッ!ハボック!!」 銃声に弾かれたように目を開けたロイは、地面に倒れた男の向こうにハボックの姿を見つけて声を上げる。がっくりと片膝をつくハボックに駆け寄り、その体を支えた。 「お前、怪我を……ッ」 ぬるりと手のひらを濡らした血に、ロイがギョッとして叫ぶ。ハボックは己の血に濡れたロイの手を握り締めて白い顔を覗き込んだ。 「すんません、殿下。殿下を囮に使うなんて危ない真似をさせて……。怪我、ないっスか?」 「怪我をしているのはお前だろうッ!!」 ロイは言ってハボックの体を抱き締める。ずぶ濡れのシャツ越し、ハボックの体温を感じればホッとしてその広い胸に顔を埋めた。 「よ、よかった……ッ、お前にもしものことがあったら私はッ」 「殿下……」 男を油断させる為に囮になって欲しいと言われハボックと別行動をとることを了承したものの、ロイは不安で堪らなかった。もし、ハボックの身に何かあったらと、己の命の危険よりもそればかりが気になって後戻りしたい気持ちを必死に押さえて走り続けた。今こうしてハボックの無事を確かめその腕に抱き締められれば、ロイは安堵と共にハボックへの気持ちが溢れ出すのを止めることが出来なかった。 「お前にもしものことがあったら、例えあの男の銃が私を撃ち抜かなくとも死ぬつもりだった」 「殿下っ?」 胸に顔を埋めてそう囁くロイにハボックが驚いてその肩を掴む。見つめてくる空色を顔を上げて見返すと、ロイは震える息と共に言葉を吐き出した。 「好きだ」 「ッ?!」 「お前が好きだ、ハボック……っ」 そう言って真っ直ぐに見つめてくる黒曜石にハボックは息を飲む。想いを宿してゆらゆらと揺れる黒い瞳に、ハボックは細い体をギュッと抱き締めた。 「あの男に銃を向けられているアンタを見た時、息が止まるかと思った。もし、奴が一瞬でも早くトリガーを引いていたら、オレは……ッ!」 もしかしたら有り得たかもしれない未来を思えばゾクリと体が震える。それでも抱き締めた温もりはその未来を追いやることが出来たと伝えていて、ハボックは抱き締めた黒髪にホッと息を吐いて顔を埋めた。 「ハボック」 「殿下」 胸元に囁かれる呼び声に、ハボックは抱き締めていた体を離してロイの顔を見つめる。次の瞬間、ハボックは噛みつくようにロイに口づけていた。 「んんッ!!」 突然の乱暴な口づけにロイは目を見開く。だが、すぐにハボックの背に腕を回すと、自ら深く唇を合わせた。 「ん……んふ……ぅん」 甘ったるく鼻を鳴らし、ロイはハボックの口づけを受け止める。忍び込んでくる熱い舌先におずおずと舌を寄せれば、すぐにキツく絡め取られた。 「ンンッ!!」 痛いほどに絡んできた舌がロイの口内を好き勝手に動き回る。熱い舌先が上顎を舐め歯列を辿りピチャピチャとイヤラシい水音をたてて交わされる口づけに、ロイは顔を真っ赤に染めながらも夢中で答えた。 「殿下……好き、好きです……っ」 「私も……私も、ハボック……ッ」 口づけの合間に何度も何度も囁きあう。二人は水音が響く路地の片隅で、互いにキツく抱き締めあいながら口づけを交わし続けた。 「本当にご無事でなによりでした」 ホテルの部屋で荷物をまとめるロイの手伝いをしながらチェンが言う。 「ボスからの連絡が途絶えた時にはどうなるかと思いましたけど」 「心配かけて悪かったね、チェン」 苦笑してそう言うロイに、チェンが慌てて手を振った。 「あっ、いえ!そんなことは!……えと、それより帰国が決まってよかったですね、殿下」 「ああ、そうだね」 にっこりと笑って言うチェンにロイは答えて笑い返す。荷物をまとめる手を止めて、ロイは窓辺に佇むハボックをそっと盗み見た。 あの後、少しして駆けつけたチェン達にハボックとロイは無事保護された。そうして死んだ男の電話の履歴が動かぬ証拠となって、カウィルでロイの暗殺を企てた男達も全員逮捕され、暗殺事件は一応の決着を見たのだった。 「荷物、これで全部ですか?」 「ああ」 尋ねられてロイが頷けば、チェンはロイの荷物を運び出す。二人きりになって、ロイは窓から外を眺めるハボックに近づいていった。 「傷は大丈夫か?」 「ええ。なんの心配もないっス」 尋ねる声にハボックがロイを見る。その空色に胸が熱くなるのを感じながら、ロイは至極平静な声で言った。 「色々世話になった」 「いいえ。礼を言って頂ける程の働きは出来てないっス。殿下を危険な目に遭わせてしまって、本当に申し訳ありませんでした」 そう言って深々と頭を下げるハボックをロイは慌てて押しとどめる。そうすれば見つめてくる空色にロイは笑みを浮かべた。 あの日、想いのままに口づけを交わした二人だったが、その後救助に現れたチェン達に助け出されてからは以前の護衛対象とSPという間柄に戻っていた。ハボックもロイも、互いへの気持ちを口にすることはなかったし、求めもしなかった。 「これを、ハボック、お前に」 ロイはそう言って上着の内ポケットから銀時計を取り出す。手のひらに乗せて差し出されたそれに、ハボックは目を見開いて首を振った。 「頂けません、それはカウィルの王家に連なる者が持つ大切なものっしょ?」 「世話になった礼だ」 「殿下」 「受け取ってくれ、ハボック ──── 頼むから」 囁くように付け加えられた言葉にハボックは息を飲む。白い手のひらに乗せられた銀時計に手を伸ばし、躊躇ってからそれを取った。 「こんな大事なもの受け取れないっス。だからお預かりする事にします」 そう言われてロイは一瞬見開いた目を笑みに細める。 「そうだな。いつか私が再びアメストリスに来るその時まで持っていてくれ」 「はい」 「来たらまた案内してくれるか?」 「その時までにはガイドブックがなくても案内出来るよう、勉強しておくっスから」 ハボックが言えばロイが思い出したようにクスリと笑う。一度目を閉じ、それからハボックを見て言った。 「今度来たらもう一度トレヴィに行きたいな」 「殿下」 「この間は一枚投げた。願いが叶ってもう一度来れたら、その時は」 二枚投げるよ、とロイが囁く。ハボックは笑みを浮かべてロイを見て言った。 「きっとお連れします」 そう答えるハボックをロイは見上げるとスッと手を差し出す。 「色々ありがとう」 「お元気で。カウィルの発展をお祈りしてます」 差し出された手をギュッと握ってハボックが言った。一瞬、視線が絡んで、そうして。 二人の手が離れた。 ロイ・マスタング 暗殺事件の翌年、父王ブラッドレイの死去を受けて即位。二年後迎えた王妃との間に一男一女を儲ける。その善政でカウィルを発展に導いたが、即位後僅か五年で病気のため死去。 ジャン・ハボック 優秀なSPとして数多くのVIPの護衛を務める。上官の娘との縁談を拒否した事を切っ掛けに第一線を退き後進の指導にあたるようになる。奇しくもロイが病死したのと同時刻、交通事故で死亡。 『今度来たらもう一度トレヴィに行きたいな』 『きっとお連れします』 いつか。 いつかきっと。 叶わぬ願いを知るのは泉に沈むコインだけ。 二人の想いは────。 深淵に偲ぶ恋。 |
第二十三章 ← ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ Sさまからのリクエストで「ハボロイでパラレル、VIPなロイさんと、SPのハボック、両片想いから両想いまで」でした。ハボックとロイ、想いは通じましたがキス止まりです。二人とも互いの立場を弁えた大人なので。ロイは一国の王になる立場の人間なので、例え互いに望んでも抱かないし抱かれないと思います。ロイは結婚相手の王妃のことは尊敬し大事にして穏やかだけど幸せな結婚生活だったのではと。ハボックは独身貫きますけどね(笑) そんなわけで「深淵に偲ぶ恋」完結です。Sさま、素敵なリクエストありがとうございました。お楽しみ頂けたら嬉しいです。 |