遭遇



「ごめんなさいね。ちゃんと言っておいたのだけど…」
 そう言って新しく上司となった金髪のクールビューティが眉を顰めた。美人ってどんな表情しても綺麗だよな、と思いつつ。
「いえ、そんなことないっス」
 オレは苦笑してみせる。南方司令部から今日付けでここ、東方司令部司令官付護衛官として異動になった。今日は上司への挨拶と、なんでオレ一人異動するのにこんなに書類がいるんだっていうくらい山ほどの書類を提出にやってきたのだ。指定された時間に司令室に来たものの、肝心の上司は不在。っていうか、どこかに雲隠れしてしまったらしい。
 周りの様子から見て、ここの上司が姿を消すのは珍しいことではないようだ。それにしても、そっちから指定しておいていないとは、その程度と見られてるってことなんだろうな。上司とそりが合わないのは今に始まったことじゃないし、少なくともこの金髪美人の少尉さんとはそこそこやっていけそうだ。だったらうだうだ言ってもしょうがないし、適当なところで手を打つしかないだろう。
「本当なら誰かに探しに行かせる所なのだけど、生憎手が空いている人がいなくて」
 困ったようにいうので、
「オレが探してきますよ」
 と答えた。
「どうせ挨拶しなきゃだし、今のとこ暇なのオレだけでしょ?」
 そう言うオレに少尉がホッとしたような顔をした。
「そう?それじゃ悪いけどそうしてもらおうかしら」
「取敢えず、特徴だけ教えてもらえます?」
「そうね、癖のない黒髪に黒い瞳、背は貴方に頭一つ低いくらいかしら。年の割りに童顔ね。まぁ…見れば判るわ」
「判りました。んじゃ、ちょっと行ってきます」
 にっこり微笑む少尉に軽く敬礼して、オレは司令室を後にした。廊下を歩きながら、きょろきょろと辺りを見回した。流石に司令部では拙いだろうと遠慮していた煙草を取り出して咥える。さて、我が上司殿はどの辺にいるのだろう。今日初めて来た東方司令部、正直どこがどうなっているのかなんてわからないし、まぁ、見学がてらのんびり回るのも悪くないだろう。オレは煙草をふかしながらゆっくりと建物の中を歩いていく。目に入った休憩所や会議室を覗いて回るが、それらしい姿はない。軍服を着た男や女が足早に行きかう中、のんびり歩くオレは何となく中途半端だった。何だか居心地が悪くて、建物の外へ出る。暑くもなく寒くもなく、あてもなく歩き回るのにはいい天気だ。オレは思い切り伸びをするとゆっくりと歩く。ここの司令部にはそこここに木が植えてあって、ちょうどよい木陰を作っている。仕事中でなければその辺にごろりと寝転がって昼寝でもしたいところだ。オレは敷地内の丁度中央にあたるところにある小さな庭を通り抜けて更にその奥へと歩いていった。特にあてがあったわけじゃないけれど、ただ思うままに歩いているだけだ。こんなことじゃ上司を見つけるのなんて随分先のことになりそうだと思いながら、茂った枝を腕で払うようにして、木々の間をぬけたその先の空間に。
 その人はいた。
 木の幹に背を預けて、四肢を投げ出して眠っている。その綺麗な横顔に目を奪われてその場に立ち尽くした。それからやっと、その人が自分が探していた人だと気がつく。黒い髪は中尉に言われたとおりだ。生憎眠っているので瞳の色は判らないが、軍服の肩章が中佐だと示している。たしか25、6だと聞いた気がするが、眠っているその顔は下手するとオレより若く見えないこともない。オレは眠っている人を起こさないよう、そっと近づくとその顔を近くでしげしげと覗きこんだ。
(よく寝てんな。いいのかよ、中佐ともあろう人がこんなところで寝てて。…あ、睫、すごい長いなぁ。男にしとくには勿体無いくらいの美人じゃん、ああ、確かにこの人なら見れば判るって言えるかも)
 そんな埒もないことをつらつらと考えながら眠るその人の顔を見つめていると、突然目の前の人がぱっちりと目を開いた。
 二人してお互いの顔を穴が開くほど見つめたまま身動きできずに。
(あ、ほんとに真っ黒な瞳なんだ)
 ふと、そう思った瞬間、突然彼ががばっと立ち上がった。
「う、わっ!」
 その勢いに煽られるように思わず尻餅をついたオレに彼が怒鳴った。
「誰だ、貴様っ?!」
「え、あ、あのっ」
 さっきまでの寝顔がウソのように、苛烈な光を湛える瞳に釘付けになった。
「誰だと聞いている」
 繰り返される問いにハッとなってオレは慌てて立ち上がると敬礼した。
「本日付で東方司令部に配属となりましたジャン・ハボック准尉であります」
 そう答えたオレを胡散臭げに見回した彼は徐に口を開いた。
「…いつからそこにいた?」
「は?…あ、えと、5、6分まえからっスけど」
「声をかけなかったのか?」
「はぁ、よく寝てらしたんで…」
 彼は暫く睨みつけるようにオレの顔を見ていたが、ふいと目を逸らすと、足早に立ち去っていった。オレはといえば敬礼した手を下げるのも忘れて、呆然と彼が立ち去った方を見つめていた。
『見れば判るわ』
 先ほどの少尉の言葉がふいに浮んだ。
「見れば判る、ね」
 確かに。あの苛烈な光を湛えた綺麗な黒い瞳。真っ直ぐに伸ばした背。傲慢な笑みを浮かべた唇。
 ――― 鮮烈。
 そんな言葉が頭に浮ぶ。
(結構楽しいかもしれない)
 そう考えながら、ゆっくりと手を下ろす。上司が消えた後を追って、オレはワクワクする気持ちのままに歩き出した。


2006/6/27


ロイハボ版出会い捏造編でございます。最初はね、きっと「何だ、コイツ」「おもしれぇ上司」ぐらいな感じだったと思うんですよ。で、次は自覚編に続きます〜。




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