純愛  chap.2



 そうして、一度食事を作ってから、ハボックは度々ロイの家を訪ねては食事の世話をするようになった。放っておけば本に夢中になってまともに食事も取らないロイが気になって仕方がなかったのと、一緒に過ごす時間が思いのほか楽しくて、気がつけばロイの家へ足を運んでいた。ロイも、普段はプライベートな空間に誰かが入ってくるのは望まない性質であるのに、ハボックに限っては寧ろそこにいるのが当たり前で、いつの間にか二人はプライベートな時間を一緒に過ごすことが多くなっていった。


「中佐?」
 コーヒーを手にリビングへ入ってきたハボックはソファーで転寝するロイを目にして、うっすらと笑う。一緒に過ごす時間が増えて、知らなかったロイの新しい顔を知るたび、ハボックの中でロイの存在が大きくなっていくのを、ハボックにはどうにも止めることができなかった。こんな自分がロイを好きになる資格などないと思っていても、強くなる気持ちを押さえることが出来ない。ハボックはコーヒーのカップを置くと眠るロイの唇にそっと自分のそれを重ねた。柔らかいソコに触れた瞬間もっと触れたいという気持ちが湧き上がり、ハボックは酷く後悔した。それ以上なにかしてしまう前にと慌てて身を引こうとしたハボックの体を伸びてきた腕がぐいと引き寄せ、深く唇が重なる。
「んっ…んんっ」
 必死に腕を突っ張って何とか顔を上げたハボックの目に嬉しそうに笑うロイの顔が飛び込んできた。ロイもまた、心の中で大きくなっていくハボックの存在を止めることが出来ずにいた。華やかな女性遍歴を誇る自分が、まさか部下でそれも男のハボックにこんな気持ちを抱こうとは、最初はとても信じられずにいたが、もともと自分の気持ちには素直なロイは一度認めてしまえば後はどうやってこの気持ちをハボックに伝えればいいのか、という事だけだったので、ハボックからのキスは驚きこそすれ、とても嬉しいものだったのだ。だが、密かに喜ぶロイをハボックは思い切り突き飛ばした。驚くロイにハボックは泣きそうな声で告げる。
「ごめんなさいっ、でも、オレにはアンタを好きになる資格なんてないから…っ」
「ハボック?」
 それだけ言うとハボックは部屋を飛び出していってしまった。慌てて追うロイが玄関から走り出たが、もう、どこにもハボックの姿は見当たらなかった。
「ハボック…」
 ロイにはハボックの真意がわからず、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。


 ロイにキスをしてしまった次の日、ハボックは休むことも出来ず、かと言って本当のことを告げる勇気もないままに司令室へとやってきた。できればロイと顔を合わせたくないと思っていると、運のいい事にロイは朝から会議だという。ハボックはこれ幸いと急ぎの書類を片付けて、後はさっさと訓練に行ってしまおうと急いで書類を書き始めた。その時。
「准尉、明日からの予定なんだけれど」
 書類を書き込んでいるハボックのところへやってきながらホークアイが言う。ハボックは何事かと手にしたペンを置くとホークアイを見上げた。
「南方司令部からメッケル准将が来られるの。1週間、こちらに居られる間、貴方に護衛と車を頼みたいと仰るのよ」
 ハボックはホークアイの言葉に知らず手を握り締めていた。
「オレにっスか?」
「ええ、以前、准将は直属の上司だったのでしょう?その所為だと思うのだけど」
「でも、中佐の護衛は…」
「それは私とブレダ准尉でやるわ。中佐にも許可をとってあるから、貴方は准将のお世話をお願いね」
「…Yes, mum.」
 呟くように答えるハボックにホークアイは一瞬眉を顰めたがハボックの肩を叩くと、執務室の中へと入って行ってしまった。


 列車を降りてくる乗客の波の中に、護衛に囲まれたメッケルの姿を見つけて、ハボックは敬礼した。メッケルはハボックの姿をじろじろと見つめると、その肩を叩く。
「久しぶりだな、准尉。マスタング中佐の下で働くのはもう慣れたか?」
「…」
 ハボックは何も答えずに再度敬礼を返す。そんなハボックの様子ににやりと笑うとメッケルは付き従う護衛兵達に言った。
「ここから先はハボック准尉に護衛を一任する」
 敬礼する護衛兵を置いて、メッケルはハボックを促した。
「東方司令部へ連れて行ってくれたまえ」
 そういうメッケルを車まで案内すると、車の扉を開きメッケルを乗せ、ハボックは自らハンドルを握ると車を走らせた。
 司令部に着くと車を警備兵に任せ、メッケルを司令室へと案内する。司令室ではロイをはじめホークアイたちがメッケルを待ち構えていた。
「ようこそ、イーストシティへ」
 ロイが敬礼するのを鷹揚に受けてメッケルは口を開く。
「今回は会議と視察がメインだ。1週間、ハボック准尉をお借りするよ」
 そう言うとメッケルはハボックを促して司令室を出て行く。そのとき、振り向いたハボックの瞳に、縋るような怯えた色をロイは見たように思ったが、すぐに出て行ってしまったハボックに確かめることも出来ず、ロイは得体の知れぬ不安を覚えたのだった。


 ぎしり。
 薄闇に沈む部屋の中で、ベッドが軋む音がする。その音を掻き消すように濡れた水音と、荒い息遣いが部屋の中へ広がっていった。
「どうした、マスタング中佐とはヤッてないのか?」
 ハボックを深く犯しながらメッケルが囁いた。ハボックはその瞳に怒りを滲ませるとメッケルを睨み上げる。
「中佐は、アンタとはちがう…っ」
「それはそれは…」
 メッケルは嘲笑うように言うと繋がったままのハボックの体を強引に反した。
「ひあっ!」
 突然の事に耐え切れずに悲鳴を上げるハボックの腰を後ろから抱え込むと思い切り突き上げる。前に回した手でそそり立つハボック自身を扱き上げれば、ハボックはたちまち追い上げられて熱を放った。
「あああっっ」
「…確かに、マスタング中佐とはヤッていないようだな」
 手の中に放たれたハボックの熱を舐めるとメッケルは呟く。ガンガンと突き上げながら、休みなくハボック自身を擦りあげれば、ハボックは続けざまに熱を放った。
「あっああっ」
 ぼろぼろと涙を零すハボックの顔を覗き込みメッケルは意地悪く囁く。
「どうした、ツライのか、准尉」
「だれが…っ」
「相変わらず可愛げのない…」
 そう言いながらもメッケルは楽しそうにくつくつと笑う。そうしてハボックの体を引き起こすとベッドへと座り込んだ自分の上へと跨らせた。自重で更に奥を抉られて、ハボックの喉から声にならない悲鳴が零れる。それと同時にその中心から再び熱が迸った。
「いやらしい体だ。なあ、准尉」
 耳元で囁かれてハボックは唇を噛み締める。ハボックの脳裏をロイの黒い瞳がよぎった。
(中佐…)
 微かに呟いたハボックの瞳から涙が一筋零れて落ちた。


 司令室に戻ったロイは自席にぼんやり座るハボックを見つけて眉を顰めた。いつも明るいこの男が南方から以前の上司が出てきてから様子がおかしかった。ロイはメッケルが来た日のハボックの表情を思い出し、酷く不安になった。ハボックに声をかけようとした瞬間、司令室の扉が開いてメッケルが入ってくる。
「准尉」
 メッケルの声にハボックは慌てて立ち上がったが、その顔が僅かに歪んだのをロイは見逃さなかった。
「視察に出る。車を回してくれたまえ」
「Yes, sir.」
 敬礼して出て行くハボックを引き止めたい衝動に駆られて、ロイは伸ばしそうになる腕を必死に押さえた。
「マスタング中佐、視察を終えたら今日はそのまま上がる事にする。ハボック准尉は返さないつもりだが構わないかね?」
「准将がおいでになる間はハボック准尉を良いように使ってください」
 ロイがそう答えると、メッケルは笑って頷いた。その笑いに嫌なものを感じて、ロイは出ていくメッケルの背を睨みつける。ロイは暫くその場に立ち尽くしていたが足早に執務室に入ると扉を閉めた。


 執務室に入ったロイは普段あまり使わない番号を回した。数コールしたところで相手が出る。
「私だ」
『お久しぶりです、中佐。何か厄介ごとでも?』
「後をつけて、様子を探って欲しい相手がいる。南部から来ているメッケル准将だ。私の部下を同伴している」
『ああ、あの食えないおっさんですな。中佐の部下というと…』
「ハボック准尉だ。知っているだろう?」
『あの気のいい准尉ですね。判りました。写真を撮る必要はありますか?』
「…そうだな、頼む」
『判りました。では』
 電話が切れて、ロイは立ち上がると見える筈のないハボックの姿を探して、窓の外へ目をやった。


 ロイの電話の相手はこの街の情報屋と呼ばれる男だった。軍内の部下を使うことの出来ない仕事を、ロイは時折この男に頼んでいる。存外口の堅いこの男は、ロイが信用している数少ない人間の1人だった。
 ロイからの電話を受けた後、急いで身支度を整えた男は車を回してある路地の側で待っていた。暫くするとハボックの運転する軍用車が通り過ぎて行く。男は車を発進させると軍用車の後をつける。軍用車は暫くの間市内を走り回ると、市内でも有名なホテルの前に止まった。後をつけていた男は急いでハボック達が上がった部屋の番号を聞き出すと、その向かいのホテルへと入る。ハボック達が入った部屋の1つ上の階に上がると、カメラと望遠鏡を持って、様子を窺った。暫くして部屋に入ってきた二人がなにやら言い争うのがはっきりと見える。
「カーテン、引かんでくれよ…」
 男は呟きながらカメラを構えた。少しして二人が始めた行為に男は顔を歪めて息を飲む。逡巡した後、何度かシャッターを切ると、隣のホテルを望む窓のカーテンを引いてしまった。


→ chap.3