| 「出るそうですよ、あそこの屋敷」 所長室の扉を開ければ恐ろしげに囁く 「何が出るんだって? 「うわっ?いきなり顔出さないでくださいよ、所長」 そうすれば 「そんなに驚かなくてもいいだろう?何をコソコソ話してるんだ」 なんだか仲間外れにされたみたいで面白くない。唇を突き出す私に 「弥生町に鬱蒼とした竹林があるでしょう?あの奥に古い屋敷があって、そこに幽霊が出るって言うもっぱらの噂なんです」 「幽霊?」 「その話をちょうど ボリボリと頭を掻きながら 「せっかくだ、私にも聞かせてくれ」 話を始めるところなら丁度いい。一緒に話を聞こうとすれば部下達が顔を見合わせて苦笑する。なんにでも首を突っ込みたがる性格に呆れているのだろうとは思ったが、そんな事は気づかぬフリで話を促した。 「竹林の奥にもうずっと空き家になってる古い屋敷があるんですけど、最近夜になると時々ぼうっと灯りがついてるんですって」 「誰かが越してきただけじゃないのか?」 古い屋敷とはいえ人が住める場所であれば誰かが引っ越してきたと考えるのが普通だろう。そう思って言えば 「それが人がいるのかと思って屋敷に近づくと灯りが見えなくなるらしいんですよ。それに実際幽霊を見た人がいるっていうんですから!」 「えっ、ホントかよ、 いるんだと力説する 「ホントです。男の幽霊らしいですよ、それも髪の毛が金色に燃えてるっていうんですから!ね?すっごく怖そうでしょう?」 「金色に燃える髪?」 もしかして火の玉が幽霊の周りを飛び交っていたのかもしれない。私がそんな風に言えば、 「やめてくださいよっ、余計に怖くなるじゃないですかっ!」 眼鏡の奥の瞳をまん丸にしてそう叫ぶ 「だがそんな幽霊ならちょっと見てみたい気もするがな。金色に燃えてるなんて凄い迫力じゃないか」 興味津々で言う私を皆がギョッとしたように見る。 「えーっ、幽霊に会いたいなんて悪趣味ですよ、所長」 「そうですよ、見た人の話によるとジッと見つめられてすっごく怖かったって言ってましたよッ」 「燃える髪でこっちまで燃やされたらどうするんです?所長」 口々に否定的な事を言われれば逆に会ってみたくもなる。今から行ってみないかと誘ってみたが誰一人として同意してくれる者はいなかった。 「所長、やめといた方がいいですよ。そうでなくても怨みつらみ買ってんですから」 「失礼だな。いつ私がそんなものを買ったというんだ」 ムッとしてそう言えば“だってなぁ”と部下達が顔を見合わせる。なんだか急に興味が薄れて私は肩を竦めて言った。 「まあいい。どうせ酔った奴が月夜に揺れる蒲の穂でも見たのを幽霊だと喚きたてたんだろう。放っておけ」 「そんなところでしょうね」 私の言葉に 一度自宅まで戻り服を着替えて再び外へと出る。事務所から直接食べに出てもよかったのだが何だか仕事の延長のように思えて、一度家に戻ってリセットしたかった。 私の名は増田絽音。この帝都の一角に探偵事務所を開いている。部下は先ほど幽霊話に花を咲かせていた武伶田灰真、不破馬藤、風梨井家院の他に鷹目李紗という聡明な、だがある意味容赦のない美女がいる。部下数人を抱えた事務所はさほど大きいものではなかったが、持ち込まれた案件の九割方を解決している事もあって、その方面では結構名が売れた事務所でもあった。 いきつけの飲み屋に行きいつもの場所に席を取れば何も言わずともグラスが置かれる。馴染みの給仕は私の好きな酒を心得ており、会話がなくとも与えられる和やかな空間が心地よかった。 一時間半ほども過ごしたろうか。ほろ酔い気分で店を出た私はまだ昼間の熱気が残る通りを歩いていく。月は出ているものの遠くに雷の音が聞こえ、もしかしたら雨が降るのかもしれなかった。それでもこのまま帰ってしまうのもなんだかつまらなくて当てもなく歩いていた私は、ふと 『弥生町に鬱蒼とした竹林があるでしょう?あの奥に古い屋敷があって、そこに幽霊が出るって言うもっぱらの噂なんです』 弥生町と言えばここから歩いても大した距離ではない。一度失った筈の幽霊への興味が俄然沸いてきて、私は弥生町へと足を向けた。歓楽街を抜け川にかかる橋を渡ればぐっと人通りが少なくなる。いつしか辺りは住宅街へと代わり更にその先へと進めば話に出てきた竹林が見えてきた。誰も手入れをしていないのだろうか、鬱蒼と茂る竹の群は夜闇を覆い隠すほどに延びている。私は道らしきものを見つけると竹林の中へ足を踏み入れた。 青々とした竹は僅かな風にさやさやと葉を鳴らしてどこか涼しげな空気を作り出している。街灯もなく月の光もあまり届かない昏い小道を私は奥へ奥へと歩いていった。 「思ったより大きな林だな……」 帝都の中心に近いところにある竹林だ。さほど大きいものではないだろうと思っていた私の予想に反して、竹林はずっと奥まで続いていた。だが、いつまで歩いても 「いかん、酔った勢いでのせられてしまったな」 照れ隠しのように独りごちて、引き返そうと頭を巡らせたその時、竹林の間にキラリと一瞬光るものが見えて私は目を見開いた。その光が見えた方向目指して道を外れて竹林の中へと足を踏み入れる。ガサガサと葉をかき分けて進めば突然目の前に鮮やかなオレンジ色の群が現れた。 「凌霄花(のうぜんかずら)か、凄いな……」 いつだったか仕事で出かけた先で見たことがあったがこれほどまでに見事なものは見たことがない。夜闇に浮かび上がるオレンジ色の花は昼間見るものとは違ってどこか恐ろしげに見えた。オレンジ色の花は高い塀の壁面を絡み合って覆っているようだ。 「これを幽霊と見間違えたのかもしれんな」 遠目に見れば花の色を人の髪と見間違えるかもしれない。幽霊の正体を探れば結局はこんなものかと引き返そうとした私の視界を、不意に金色の影がよぎった。ハッとして考えるより早く、影を追って竹の間を走る。ザザザと葉の鳴る方向へ進んだ私は、凌霄花のすぐ側に立つ姿に息を飲んで足を止めた。 「……幽霊?」 月明かりの下、咲き誇るオレンジ色の花より更に鮮やかに佇んでいたのは、濃紺の着流しを身につけた金色の髪の男だった。彼の輝く金色の髪は カッ!!と突然稲光が夜空を走った。世界をモノクロに染める光に思わず目を腕で覆った私が、次の瞬間彼がいた場所に目をやればそこには誰の姿もみえなかった。 「消えた……?まさか本当に幽霊?」 そう呟いたものの俄には信じられず、彼がいた筈の場所へ行こうとした私の頬にぽつりと滴が落ちてきたかと思うと、それは瞬く間に大粒の雨に取って代わる。 「くそっ、なんて雨だ…ッ」 結局、突然降り出した雨に見失った幽霊の行方を探す事もままならず、私は来た道を引き返して家に戻るしかなかった。 |
→ 第二章 |
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