黒スグリ姫9


「なんかちっこいのが来てるぜ?」
「えっ?」
 講義が終わってテキストを重ねて席を立ったロイは、ポンと肩を叩いて言った友人の声に視線を教室の外に向ける。そうすれば、女子大生に囲まれてオロオロするハボックの姿が見えて、ロイは慌てて教室から出た。
「中等部なんだー、何年生?」
「さ、三年っス」
「いや〜ん、お肌スベスベ〜っ」
「うそうそ、私にも触らせてっ!……やーん、ホントだ〜!」
「ちょ……っ、あ、あのッ」
「ねぇキミ、お姉さんとデートしない?」
「エッ?!いや、そのっ、オレっ」
「カワイイ〜ッ!照れてるッ!」
 女子大生三人に囲まれて、困っていると言うより怯えているハボックの様子にロイはやれやれとため息をつく。早足で近づくとキャアキャアと盛り上がる女子大生の肩を叩いた。
「その辺にしてやってくれないか?」
「マスタングくんっ?」
「その子、マスタングくんの知ってる子?」
「おいで、ハボック」
 ロイは質問に笑みだけ返してハボックの手首を掴んで歩き出す。キャアキャアと騒ぐ女子大生を置き去りに廊下を歩くと扉から外へと出た。
「大丈夫だったか?」
「び、びっくりしたぁ……」
 足を止めてハボックを振り向けば、ハボックが大きなため息と共に言う。
「クラスの女子も結構ウルサイけど、迫力が違うって言うか……なんか甘ったるい匂いするし……。先輩来なかったらもう少しで逃げちゃうとこだったっス」
 心底ホッとしたような様子で言うハボックにロイはクスリと笑って金髪をくしゃりと掻き混ぜた。
「それで?わざわざこっちまで来たのは何か用があったんだろう?」
「あっ、はい!」
 金髪を掻き混ぜられて擽ったそうに首を竦めたハボックは、ロイの言葉にポケットから封筒を取り出す。中からチケットを引っ張り出してロイに差し出した。
「先輩、一緒にプール行きませんか?チケット貰ったから」
「プール?いいぞ、いつだ?」
「え、えっと……明日までなんスけど……」
「明日?明日は――――」
 明日はゼミの教授が主宰を務める講演会がある。困ったなと思ったのが顔に出たのだろう。ハボックが慌てたように手を顔の前で振った。
「あ、いいです!そっスよね、予定あるっスよね。いいっス、全然気にしないで下さい!」
 じゃあ、とチケットを封筒に突っ込んでハボックは逃げるように立ち去ろうとする。ロイは咄嗟に手を伸ばしてハボックの腕を掴んだ。
「待て!行かないとは言ってないだろう!」
「でも予定あるんしょ?」
 言って上目遣いにみつめてくる空色にロイは答えた。
「お前とのデートに勝る予定なんてないよ」
「でも」
「一緒にプールに行こう。毎日暑くて堪らないからな、嬉しいよ」
 そう言ってにっこりと笑えば漸くハボックも笑みを浮かべる。
「ありがとう、先輩!すっげぇ嬉しい!」
 ギュッと抱きついてくるハボックをロイは抱き返す。見上げてくる空色を見つめ返して顔を寄せれば、キスしようとした唇から零れた言葉にロイは思い切り顔をしかめた。
「先輩に断られたらヒューズ先輩を誘おうと思ってたんスけど、よかった。ヒューズ先輩、今日は実験の後バイトで捕まるか判んなかったし」
「――――ちょっと待て!どうして私が行けなかったらヒューズを誘うんだっ?」
「え?だってチケット二枚しかないし、友達誘うと誰を誘うかで揉めそうだし」
 だからと言うハボックにロイは頭痛がする。不思議そうに見上げてくるハボックにロイはこめかみを押さえて言った。
「明日は何があっても絶対行くから!絶対にヒューズを誘ったりするんじゃないぞッ」
「はい!……つか、先輩、どうかしたんスか?」
 ロイの心配などまるで判っていないハボックにため息を零して。
「――――なんでもない。明日、約束だからな」
 言ってハボックの唇に己のそれをそっと重ねたロイだった。


2014/08/20


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