| 黒スグリ姫8 |
| 開演を告げるブザーが鳴って劇場の灯りが落とされる。真っ暗になるこの一瞬がハボックは嫌いで、無意識に息を詰めた。予告編の上映が始まり場内が画面の光で薄明るくなってハボックが詰めた息をため息にして吐き出せば、隣に座っていたロイがハボックを見て言った。 「どうした?」 「えっ?あ……いえ、なんでもないっス」 聞かれてハボックは小声で答えて首を振る。薄暗い中でも不満が見て取れる黒曜石にハボックは恥ずかしそうに俯いた。 「オレ、あの真っ暗になる瞬間が苦手で……子供みたいっしょ?」 ロイから見ればまだ十分に子供の部類であるハボックがそんな事を言うのに、ロイは笑いを零しそうになって慌てて顔を引き締める。 「そんな事ないさ。誰にだって苦手なものはある」 言えば安心したように笑みを浮かべるハボックの手をロイは伸ばした己のそれでそっと握った。 「マスタング先輩っ?」 「こうしてたら怖くないだろう?」 顔を覗き込むようにして言えば、ハボックが「ええと」と口ごもる。 「でもこれだとポップコーンが食べられないっつうかっ」 恥ずかしいというのかと思えば思いもしない答えが返ってきて、ロイはプッと吹き出した。 「お前……っ」 「ごっ、ごめんなさいっ」 クスクスと笑うロイに、ハボックが慌てて言う。そんなハボックと繋いだ手を離してポンポンとハボックの腕を叩いてロイは言った。 「怖くなったらいつでもしがみついてきていいからな」 「もうっ、先輩ってば!」 悪戯っぽく囁かれてハボックは紅い顔でロイを睨む。恥ずかしいのを誤魔化すようにメロンソーダをズズッと啜った時、丁度予告編が終わって本編の上映が始まった。 上映が始まればハボックは銀幕に映し出される幻想的な光景に目を奪われ引き込まれる。ワクワクしながら画面を見つめたまま隣の席との間に置いたポップコーンに手を伸ばせば反対から伸びてきた手とぶつかって、ハボックは慌てて手を引っ込めた。 「ごっ、ごめんなさいっ」 「いや、気にするな。どんどん食べていいぞ」 「は、はい」 言われてハボックはポップコーンを摘まんで口に運ぶ。首を竦めてモグモグと口を動かした。 (先輩と一緒なんだから気をつけなきゃっ) そう思いながらチラリとロイを見れば目があう。何だか急に恥ずかしくなって俯けばロイが言った。 「食べさせてやろうか?ずっと画面みていられるぞ」 「先輩っ、映画見てッ!」 からかう言葉にハボックは顔を真っ赤にして言う。ポップコーンの容器に手を突っ込み握れるだけ握って手元にポップコーンを引き寄せると、ボリボリと物凄い勢いで頬張りながら画面を睨んだ。 (もうっ、先輩ってば!気になっちゃって映画に集中出来ないよっ) 低く笑う声と頬に感じる視線にハボックは心の中で叫ぶ。だがものの五分もしないうちに、再びハボックは映画の世界に引き込まれてロイの事など忘れてしまっていた。 (まだまだ子供だな) そんなハボックの横顔を横目で見つめてロイは思う。広がる美しい世界に心奪われて、空色の瞳を見開き口を薄く開いて身を乗り出すように空想の世界にのめり込んでいるハボックに、ロイは笑みを深めた。 (可愛い) 映画館でのデートは数え切れない程こなしてきたが、大抵隣に座った女の子は映画よりもロイの事ばかり気にしていて、こんな風にロイの方が隣の席を気にするなんて事は皆無だった。それは新鮮でもあり、ほんの少し淋しいような悔しいような、そんな不思議な感覚をロイの中に呼び覚ます。 (今度この監督のブルーレイを借りて部屋で一緒に部屋で見よう) そんな事を考えながらハボックを夢中にする映画の世界に視線を戻すロイだった。 2014/07/01 → 黒スグリ姫9 |