黒スグリ姫6


 待ち合わせの駅前広場の噴水の前で、ロイは懐中時計で時刻を確かめる。そろそろ約束の時間だとパチンと蓋を閉めた時、聞こえた声にロイは伏せていた顔を上げた。
「マスタング先輩っ!」
 手を振って駆け寄ってくるハボックの姿にロイは笑みを浮かべる。だが、その後ろからのんびりとついてくる髭面を見つけて、ロイは眉を寄せた。
「すんません、待たせちゃって」
 すぐ側で足を止めて、ハアハアと息を弾ませながらハボックが言う。
「いや、私も今来たばかりだから」
 気にするなと笑みを浮かべて言うロイに、近寄って来たヒューズが言った。
「よく言うぜ。必ず約束の時間の十五分前には来るくせに」
「えっ?そうなんスかっ?」
「ヒューズ」
 ごめんなさいと何度も謝るハボックを押し留めてロイはヒューズを見やる。
「どうしてお前がここにいるんだ」
 ぎろりと黒曜石の瞳に睨まれてもヒューズは全く気にしたそぶりもない。へらりと笑って、ヒューズが答えた。
「そこで偶然バッタリ会ってさ。どこ行くのかって聞いたらお前と映画に行くっつうからよ」
「――――ハボック」
「は、はいッ」
 ヒューズの言葉を聞いて、ロイはため息混じりにハボックを呼ぶ。目を見開いて見つめてくるハボックにロイは言った。
「ヒューズに聞かれたからと言ってバカ正直に全部答えるな」
「ご、ごめんなさい……」
 言われてしょんぼりと俯くハボックの金髪をロイはクシャリと掻き混ぜる。泣きそうなハボックの目元にキスを落として、ロイはヒューズを見た。
「私がいるのを確かめたんだ、もういいだろう?とっとと帰れ」
「えーッ、ロイ君ってば冷たい!いいじゃん、俺も一緒に混ぜてっ!」
 行きたい行きたいと胸元で両手を握り締めて子供のように駄々をこねてみせるヒューズに、ロイはうんざりとため息をつく。それでも「帰れ」とロイが繰り返すより一瞬早くハボックが言った。
「あ、あの……一緒に見るんじゃダメなんスか?」
「ハボック!」
「ごっ、ごめんなさいッ」
 恐る恐る言うハボックに思わずロイが声を荒げればハボックが飛び上がる。そんな二人に吹き出したヒューズがゲラゲラと笑った。
「ホントお姫ちゃんはカワイイなぁ」
 そう言ってハボックをギュッと抱き締めるヒューズからロイがハボックをもぎ取る。
「気安く触るなッ」
 ギッと睨んでくるロイとロイの胸に抱き締められて顔を赤らめるハボックを見やってヒューズは言った。
「これ以上邪魔すると本気で燃やされそうだからな。今日のところは帰るわ。でも次は一緒に行こうな、ハボック」
「えっ?あ、は――――」
「答えなくていいッ!」
 素直に「はい」と答えようとするハボックの頭をロイは咄嗟に胸元に抱え込む。
「お前と次なんてあるかッ!とっとと帰れッ!」
「はいはい、おっかねぇなぁ、ロイくんってば。じゃぁな、ハボック」
 ロイの胸に顔を押しつけられてフガフガ言うハボックに手を振って、ヒューズは行ってしまった。
「ったくもう、アイツはッ!」
 歩き去るヒューズの背を見送ってロイは言う。明日会ったら改めてシメ直してやろうと考えるロイの胸元、ちゃんと息が出来ずにジタバタとハボックが暴れた。
「あ、すまん」
「プハッ!」
 抱え込む手の力を弛めると、顔を上げたハボックが止められていた息を吐き出す。大きく空気を吸い込むと、ハボックは呼吸が出来なかったせいで涙の滲んだ瞳でロイを見た。
「あの……ごめんなさい。ヒューズ先輩つれて来ちゃって。マスタング先輩の友達だからいいかなって」
 ハボックにしてみれば他意は全くないのだろう。偶然会ったヒューズに一緒に行ってもいいかと聞かれて、無邪気に頷くハボックの姿が浮かんでロイは一つため息をついた。
「あのな、ハボック。これはデートなんだぞ」
「えっ?うわ、あ……は、はいッ」
 言われてカアアッと顔を赤らめるハボックにロイはやれやれと肩を落とす。手を伸ばして紅く染まった頬を撫でてロイは言った。
「私は二人きりで出掛けるのを凄く楽しみにしてたんだが」
「オレもっ!一緒に映画に行くの、楽しみにしてましたッ!昨日は眠れなかったし……」
「本当に?」
 尋ねる言葉にハボックがコクコクと頷く。
「だって……オレ、デートすんの初めてっスもん」
 学校帰りに喫茶店に寄ったり、ロイの家に遊びに行った事はあるがこうして一緒に出掛けるのは初めてだ。顔を赤らめながらもロイを見てにっこりと笑うハボックをロイは頬を撫でていた手で引き寄せた。
「ハボック」
「あっ!もうこんな時間!」
 キスしようとすればロイの肩越し、駅の入口の時計を見たハボックが言う。スルリと腕をすり抜けたハボックが「早く早く」と急かすのに、ロイは小さくため息をついた。
「まあ、ゆっくりいくしかないか……」
 ロイは数歩で追いつくとハボックの手を取る。驚いたように見上げてくるハボックにロイは笑いかけた。
「デートなんだから」
「あ……はい……っ」
 茹で蛸のように真っ赤になったハボックと笑みを交わして、ロイはハボックと二人映画館に向かっていった。


2014/05/07


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