黒スグリ姫5


「あんのクソ髭ッ!」
 ロイはカッカと頭から湯気を立ち上らせてバンッと乱暴に扉を閉める。ドカドカと足音も荒くリビングに戻ってくれば、ソファーに座るハボックと目があった。
「――――」
 ロイは無言のまま暫くハボックを見つめたが、フイと顔を背けるとなにも言わずに本を拾い上げドサリとソファーに腰を下ろした。そうすれば目を向けずともハボックが身を強張らせたのが判る。それでもロイは無言のまま口を開かなかった。
(くそ……ッ、ヒューズの阿呆のせいだッ)
 賑やかなヒューズが帰ってしまえば二人の間は気まずい空気が支配するばかりだ。普段のロイであれば気の利いた言葉が幾らでも出てくるのにどうしてだか今日に限って一言も出てこない。ムスッと押し黙ったまま全く頭に入ってこない文字の群れを目で辿っていれば、ハボックの声が聞こえた。
「あの……マスタング先輩はなにが好きっスか?スポーツ観るのはあんまり興味ないだろうけど、それ以外。あっ、出来れば読書は抜きで……先輩が読むような本はオレには難しいから」
 へへ、と小さく笑う声にロイはハボックを見る。すると自分を見つめてくる空色と目があった。
「んーと……映画とかはどうっスか?」
 答えないロイの代わりに考えたハボックが小首を傾げて言う。映画と聞いてロイは漸く口を開いた。
「そうだな、映画を観るのは好きだ」
「本当っスか?じゃあ先週から始まったファンタジー、観に行きませんかっ?――――あ、ファンタジーは嫌い?」
 ロイが興味を示したのを見てハボックがパッと顔を明るくする。だが、ファンタジーと口にしてから不安そうに上目遣いに見つめてくるハボックにロイは笑みを浮かべた。
「いや、それなら私も観たいと思っていた。原作が好きでな」
「ホント?!それじゃあ一緒に……?」
「ああ、行こうか」
「やったー!」
 ロイが頷けばハボックがソファーの上で飛び上がる。嬉しそうに笑うハボックを見て、ロイは内心己を罵った。
(まったく、年下のハボックに気を遣わせるなんて、私は!)
 ヒューズに対する嫉妬ばかりに捕らわれていた自分にハボックはすこしでも近づこうとしてくれた。そもそも疎外感を感じていたのはロイの勝手で、詳しく知らずとも一緒にビデオを観るくらいは出来たのに。
「すまなかったな、ハボック。私は自分がこんなに嫉妬深い人間だとは思わなかった」
 そう言えばハボックが驚いたようにロイを見る。見開いた空色がふわりと笑みを浮かべるのを見て、ロイの心臓がドキリと跳ねた。
「ヒューズ先輩は面白いしサッカーの事詳しくて話してて楽しいっスけど……。でも、オレが好きなのはマスタング先輩っスから」
 そう告げるハボックの目元が淡いピンクに染まる。
「マスタング先輩……好き」
 恥ずかしそうに、それでも真っ直ぐにみつめてくる空色にロイの胸に愛しさが込み上がる。ロイは腕を伸ばすとハボックの体を引き寄せた。
「私もお前が好きだ」
「先輩……」
 間近から囁いてロイはハボックに口づける。拙いながらも必死に答えてくるのが可愛くて、ロイは深く唇を合わせ甘い口内を貪った。
「ん……ん……せんばぁい」
 思うまま味わって唇を離せば、とろんとした目をしてハボックが甘くロイを呼ぶ。唇の端から零れる銀色の滴を指先で拭って、ロイは腕の中の少年に言った。
「今度サッカーの試合も一緒に行こう。私にも色々教えてくれ」
「マスタング先輩……はい!」
 ロイの提案にハボックが嬉しそうに笑った。
「あのね、先輩。ヒューズ先輩とオレは応援してるチームが違うんスよ。だから先輩がオレと同じチームを応援してくれたら嬉しいな」
「それはいいな。一緒に応援してヒューズの贔屓のチームを負かしてやろう」
「あはは、ヒューズ先輩、怒りそう」
 ロイがハボックの好きなチームを一緒に応援するのを見た時のヒューズの顔を想像して、二人は額を突き合わせて笑う。
「先輩、大好き」
「ああ、私も好きだよ」
 そう囁きあって、ロイはハボックにもう一度口づけた。


2014/04/30


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