黒スグリ姫4


「よっ、ロイ。邪魔するぜ」
 しつこく鳴り響くチャイムの音を流石に無視出来ず玄関を開けたロイが「帰れ」と言うより早く、ヒューズはロイを押しやるようにして中に入ってしまう。
「おいっ、ヒュー――――」
「待たせたな、ハボック」
 慌てて追いかけてきたロイに背後から引っ張られながらもリビングの扉を開けて、ヒューズは最近知り合いになった少年の姿を見つけてニヤリと笑った。ソファーに行儀よく座っていたハボックは、聞こえた声に雑誌から目を上げてにっこりと笑う。
「ヒューズ先輩、来たんですね!」
「おうよ、約束のもん持ってきたぜ」
 ヒューズがそう言うのを聞いてパッと顔を輝かせるハボックを見て、ロイは眉をしかめた。
「おい、どういうことだ?」
 二人の会話から察するにヒューズはロイではなくハボックに会いにきたようだ。家主ではなく遊びにきていたその恋人に会いにきたヒューズを睨めば、ヒューズがブルーレイのディスクを取り出して言った。
「コイツがサッカーのヨーロッパ選手権の決勝見損ねたって言うからさ。録画したの貸してやるって話をしたんだけど、今日、お前んちに来るって聞いたから、じゃあここで会おうって事になってな」
「そんな話聞いてないぞ」
 自分の預かり知らぬところで話が進んでいたことを知って、ロイはムッとして言う。不機嫌なロイの声を聞いて、ハボックが申し訳なさそうに首を竦めた。
「ごめんなさい。ヒューズ先輩、来られるか判らないって言ってたから」
「例えそうでもそういう話があるなら前もって言うべきだろう?そもそも私の許可なく私のマンションで会う約束をするなんてどういうことだ?」
「ごめんなさい……っ」
 不機嫌さを全く隠さないロイの言葉に、首を竦めたハボックが泣きそうな顔で謝る。そんなハボックの隣にドサリと腰を下ろしたヒューズが、ハボックの肩を抱き寄せて言った。
「そんな怒る事ないだろう?それともお前、ブルーレイ見せるから俺んち来いってハボックを誘ってもいいのか?」
「な……っ?ダメに決まってるだろうッ!」
「だったらなんも問題ないじゃねぇか」
 なぁ、ハボックとヒューズは笑ってハボックの顔を覗き込む。確かにヒューズの家に呼ばれるよりはこうして自分の目の届く所で会った方がいいに決まっていた。
「よし、ロイのお許しも出た事だし、ビデオ見ようぜ」
 不機嫌ながらもそれ以上は言わないロイを見てヒューズが言う。ロイのことを伺うように見ていたハボックもホッと息を吐いて笑みを浮かべた。
「デッキ借りるぜ」
 ヒューズは言ってロイの返事を待たずにリモコンを手に取る。テレビとデッキの電源を入れブルーレイをセットした。
「見逃しちゃってすっげぇ悔しかったから嬉しいっス」
「お、そうかそうか、カワイイな、お前」
 本当に嬉しそうに言うハボックの金髪をヒューズがわしゃわしゃと乱暴にかき混ぜる。擽ったそうに笑うハボックを見て、ロイはムッと唇を歪めた。
(あんなに嬉しそうな顔しなくたっていいだろうっ)
 試合が始まれば一層楽しそうにヒューズと言葉を交わすハボックにロイは苛々と考える。テレビの正面に座る二人の横、テレビとは九十度の位置に置かれた一人掛けのソファーにロイはドサリと腰を下ろし脚を組んで本を広げた。本に集中するフリをしながらその実全く本の内容など頭に入ってこない。全身耳になったようにロイは本の文字を見つめながら二人の会話に聞き入っていた。
「行けーっ!うわ……っ、すげぇ!今のパス見たっスかっ?後ろに目がついてるみたい!」
「ここからがもっと凄いんだって!ほら、ここ!!」
 身を乗り出すようにして画面を見ていた二人が同時に歓声を上げて飛び上がる。パンッと両手の手のひらを合わせてゴールが決まったのを喜ぶ二人を見れば疎外感が甚だしかった。
 ロイだってサッカーのルールくらい知っている。はっきり言って審判が出来るくらい詳しく知っていると思う。だが、それは単なる知識であって試合を見て楽しむというのとは別の話だった。ハボックやヒューズのように贔屓の選手がいるわけでもチームの勝敗に一喜一憂するわけでもない。ハボックがサッカーをするのも見るのも好きなのは知っていたが、ロイにとってサッカーは楽しむものではなかった。
「わーッ、やばいっ、カウンター!ヒューズ先輩っ、どうしようッ!」
 攻守が一転したらしく、ハボックが悲鳴を上げてヒューズの腕を掴む。ヒューズが励ますようにハボックの腕を掴んで、二人して食い入るように画面を見つめるのを見て、ロイはギリギリと歯を食いしばった。
(どうしてくっついて見るんだッ!離れろッ、このクソ髭ッ!)
 可愛い恋人に必要以上にくっついてサッカーを見るヒューズをロイは心の中で罵る。次の瞬間「よかったァ」とホッと息を吐いたハボックがヒューズの胸に抱きつくのを見て、ロイは思わず本のページをクシャリと握ってしまった。
「……くそッ」
 ハッと気づいてロイはクシャクシャになってしまったページを伸ばす。乱暴な仕草で立ち上がると、キッチンに行き冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出しゴクゴクと飲んだ。
「くそッ、私にだって抱きついてきたりしないのにッ」
 ロイとハボックはつきあってはいるが、まだ中学生のハボックはロイと一緒にいるだけで嬉しくて満足しているようだ。正直物足りないと思う時がないわけではなかったが、ハボックを大事にしたいと思っているロイは焦る気はなかった。とは言え、ハボックが無邪気にヒューズとはしゃいでいるのを見れば心穏やかでいられる筈もない。ロイはキッチンの壁に寄りかかり、気持ちを落ち着かせようと水を飲んだ。時折聞こえる歓声を聞きながらロイは水を飲み続ける。三本目の水を飲み干しいい加減足が疲れてきたので仕方なしにリビングに戻ると、丁度試合が終わったところだった。
「済んだのか?」
「ああ。お前も見ればよかったのに。いい試合だったぜ?なあ、ハボック」
 ヒューズはそう言って傍らに座る少年を見る。ソファーに腰を下ろし本を手に取りながらロイがチラリと視線を向けた先、ハボックが興奮した面持ちで言った。
「すっげぇ面白かった!ヒューズ先輩、ありがとうございました!」
「いやいや、俺も楽しかったぜ」
 ニッと笑って答えるヒューズにハボックが言う。
「最後のオーバーヘッドシュート、凄かったっスね!オレもあんなシュート打ってみたいなぁ」
「練習すりゃいいじゃないか」
「どうやって?」
 憧れをいっぱいに滲ませて言うハボックにヒューズが答える。やり方が判らないと首を傾げるハボックをヒューズは手を伸ばしてソファーに押し倒した。
「オーバーヘッドだろ?やっぱ脚をこうやって……」
 と、ヒューズはハボックの脚に手をかける。初夏の陽気の今日、ハーフパンツのハボックの剥き出しの脚をヒューズがベタベタと触った。
「こっちの脚をこうやってこっちの脚でボールを」
 ソファーに押し倒したハボックの剥き出しの脚を好きなように動かすヒューズに、ロイの中でブチッと切れる音がする。本を投げ捨て立ち上がると、ヒューズの肩をむんずと掴んだ。
「ヒューズ、貴様ッ!ベタベタ触るんじゃないッ!」
「っと……。なぁに怒ってんの、ロイ君ってば」
 睨んでくるロイにヒューズはニヤニヤと笑って言う。
「シュートのやり方教えてるだけだろ、こうやってさ」
 と、わざとらしくハボックの脚に手を這わすヒューズに、ロイの唇がヒクヒクと震えた。
「こ、の……ッ、出て行けーッッ!!」
 目を吊り上げてロイが怒鳴る。投げつけられたディスクを器用に受け止めて、ヒューズが立ち上がった。
「いやーん、ロイ君、ヤキモチ妬きなんだからっ」
 ニヤニヤ笑いながら言うヒューズにロイは手当たり次第物を投げつける。頭を抱えて逃げながらヒューズが言った。
「じゃあな、ハボック!今度は一緒に試合見に行こうぜ!」
「あ、はいっ!」
「なにッ?!」
 自分を挟んでそんな約束を交わすのを聞けばロイの目が更につり上がる。分厚い専門書を掴んで振り上げるロイにヒューズが玄関から飛び出しながら言った。
「悔しかったらサッカー見ろ、楽しいぜっ!じゃあな!」
「クソ髭ッ!二度と来るなッ」
 怒鳴るロイの声に被さるようにゲラゲラと笑うヒューズの声がマンションの廊下に木霊した。


2014/04/26


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