黒スグリ姫3


 講義が終わってヒューズは教室を出る。この後今日は授業がなかったからこのまま帰ってしまってもよかったのだが、ふと思いついた考えにヒューズは足を中等部の校舎へと向けた。
「それにしてもあのロイがねぇ……」
 今年のバレンタイン、ロイに届けられた一箱のチョコレート。そのチョコレートにすっかり心奪われてしまったロイがイニシャルしか判らなかった贈り主を見つけだしてきた。自分も探す手伝いをしていたし、なによりロイが惹かれた黒スグリのお姫様を見てみたくて紹介しろとせっついて、行きつけのバーにロイが連れてきたのはスツールのフットレストに足が届かないような中学生のそれも少年だった。
『コイツが黒スグリ姫ッ?!マジッ?!』
『中坊だろ?ガキじゃん!いやそれ以上にお前男はお断りだって言ってたじゃねぇか!』
 全く想像もしていなかった黒スグリ姫の正体に、思わずポンポンと言葉が口をつけば、すっかり怖じ気付いてしまったハボックにロイが濃厚なキスを仕掛けるのを見せつけられた。あれを見ればロイがどうやら本気らしいというのは判ったが、それにしても驚きは隠せない。
「まあ、でも結構かわいかったけどな」
 怖じ気て涙を浮かべた空色の瞳。とても綺麗でちょっとばかり手を出したくなった。蜂蜜色の金髪とまだ幼さの残る顔にすんなりと伸びた手足と少年特有のしなやかな体つきと。
「おもしれぇ……色々楽しくなりそうじゃん」
 ロイが聞いたら思い切り顔をしかめそうなことを口にして、ヒューズは軽い足取りで歩いていった。

「そろそろ中休みだよな」
 中等部の敷地に入ってヒューズは腕時計で時間を確認して呟く。二時間目と三時間目の間の休みは二十分と少し長めで、この休み時間多くの生徒たちは校庭でサッカーをしたり遊具で遊んだりおしゃべりをしたりと、思い思いに過ごすのが常だった。
「お、出てきた出てきた」
 時間を確かめて少し待てば、昇降口から生徒たちがバラバラと出てくる。その中に数人の友人とじゃれあうように出てきた金髪の少年を見つけて、ヒューズは目を細めた。
「みーっけ」
 ヒューズが見ているのに気づかず、ハボックは友人たちとサッカーを始める。ボールを追って走る子鹿のようなしなやかな体と、時折弾けるように笑う明るい表情をヒューズは暫く眺めていたが、やがて徐に校庭を横切ってサッカーをする少年たちに向かってゆっくりと走り出した。徐々にスピードを上げたヒューズはハボックに向かって出されたパスを途中でカットする。いきなりゲームに飛び込んできた大学生に生徒たちが驚きの声を上げる中、ヒューズだと気づいたハボックが目を見開いて声を上げた。
「ヒューズ先輩っ?」
 呼ぶ声にヒューズはチラリとハボックを見たが、そのままゴールに向けてドリブルで走る。慌てて立ち塞がる生徒たちの間を抜けて走れば、猛スピードで駆けてきたハボックが追いすがってきた。
「ヒューズ先輩!」
 その声にヒューズは足を止めてハボックと向き合う。ニヤリと笑った次の瞬間、ヒューズはハボックの脇をすり抜けて走った。
「あっ!くそッ!」
 背後で悔しそうな声と共に追いかけてくる足音が聞こえる。ヒューズはハボックが追いつくのをわざわざ待ってから、ボールを奪おうとするハボックをかわしてシュートをゴールに叩き込んだ。
「すげぇッ!」
「カッコイイ!」
 その鮮やかなシュートに生徒たちの間から感嘆の声が上がる。その中でただ一人だけ悔しそうに口をへの字に結んで睨んでくるハボックに、ヒューズはニッと笑って見せた。
「よお、ハボック」
 ヒューズがハボックに向かって呼びかければそこここで驚きの声が上がる。いつの間にか集まってきていた生徒たちが見守る中、ヒューズはハボックに近づいてその肩をポンと叩いた。
「いきなり飛び込んでくるなんてズルイっス」
 その言い方に不意をつかれなければ負けたりしなかったのだと言うニュアンスを感じ取って、ヒューズは楽しそうに笑う。「わりぃわりぃ」と全然悪いと思っていない様子で謝ると、ヒューズは言った。
「久しぶりで思わずやりたくなっちまったんだよ。俺も混ぜてくれねぇ?」
「えっ?でも……」
 思いもしない申し出にハボックが躊躇うのに反して、周りで聞いていた生徒たちからワッと歓声が上がる。是非一緒にと一気に盛り上がった仲間にしょうがないとため息をついてゲームを始めるハボックを、ヒューズは他の生徒たちを適当にあしらいながら見つめた。
「よーし、先輩から一点とろうぜッ」
「オーッ!」
 ハボックが言えばチームの仲間たちから声が上がる。
(おお、可愛いねぇ)
 ヒューズが加わったチームに果敢に挑むハボックを眺めながら、ヒューズは目を細めて笑った。


2014/04/11


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