黒スグリ姫22


「せんぱぁい!」
 中庭のベンチで本を読んでいると聞こえた呼声と足音にロイは本から顔を上げる。そうすれば胸に薔薇の飾りをつけ卒業証書が入った筒を手にしたハボックが駆け寄ってきた。
「ハボック、もう式は終わったのか?」
 ロイは本を閉じて立ち上がりながら尋ねる。
「はい。でもまだクラスで写真撮るって言うから待たせちゃうかも」
 ごめんなさいと言うハボックにロイは笑みを浮かべて答えた。
「構わないさ。中学卒業なんだし、色々話もあるんじゃないか?」
 そう言われてハボックは小首を傾げる。
「うーん、まぁ卒業っちゃ卒業なんスけど殆どみんなそのまま上に上がるし、あんまり卒業って感じじゃないんスよね」
「でも一応区切りだからな。卒業おめでとう、ハボック」
 そう言って金髪を撫でられくすぐったそうに首をすくめたハボックは、ふと思い出したように尋ねた。
「そういえば先輩、第二ボタンってなんか意味あるんスか?」
「えっ?」
 突然そんな事を聞かれてロイは目を瞠る。続くハボックの言葉を聞いて、見開いたロイの目が更に大きく見開かれた。
「クラスの女の子から第二ボタン欲しいって言われたんスよね」
「っ?それでっ?なんて答えたんだっ?」
 ハボックの制服を見ればボタンは全てちゃんとついているから渡していない事は判る。だが渡す約束をしていないとは限らず焦って尋ねるロイの気持ちに気づいた様子もなくハボックは答えた。
「オレ、この制服気に入ってるし記念にとっておこうと思ってるんスけど、ボタンくらいなら家に予備のあるし欲しいって言うならあげてもいいかなって」
「おい」
「でも、そしたら他にも何人も欲しいっていう女の子達がきて、何だか誰にあげても気不味いって雰囲気になっちゃって……。つか、こんなボタン、みんな同じの持ってるじゃん。なんで欲しがんの?」
 アメストリス学園の制服は有名デザイナーがデザインしたもので、男女とも同じ紺地で胸に学園のエンブレムが刺繍されたブレザーに、男子はチェックのズボン、女子はチェックのスカートをはき、学年毎に色の違うネクタイやリボンをつけている。可愛いと評判で制服着たさに入学する生徒もいるくらいだ。だが、男女で同じデザインのブレザーのボタンのデザインは当然一緒で、ハボックにはどうしてボタンを欲しがるのかさっぱり判らなかった。
「なんでこんなボタンが欲しいんだろう。マスタング先輩ん時もあったんスか?こういうの」
「お前……」
 ハボックが恋愛事情に疎いのも自分に向けられるそう言った感情ににぶいのもよく知っている。そんなところが可愛いと思いもする。だが、時にこの鈍さは罪ではないかと思ったりもするのだ。
(まあ、この場合は気づかないでくれた方がいいわけなんだが)
 ロイはそう考えながら小首を傾げるハボックに手を伸ばす。制服の第二ボタンを掴むと強引に毟り取った。
「うわ……っ、なにするんスかっ?」
 いきなりボタンを毟り取られてハボックがギョッとして飛び上がる。
「マスタング先輩っ」
「ボタンがなければくれと言われて困る事もないだろう?」
「っ、そ、そりゃそうっスけど……」
 確かにロイのいうことに間違いはない。だがなんとなく釈然としないものを感じながらハボックはボタンを留めていた糸がダラリと垂れ下がる制服を見下ろした。
「だからって毟らなくてもいいのに……」
 これから写真撮るのにと唇を突き出すハボックにロイは言った。
「証書の筒で隠しとおけ。ほら、早く行って撮ってこい。後でお祝いする時好きなデザート食べていいから」
 それで許せと全く悪びれた様子もなく言うロイをハボックは恨めしげに見る。それでもこれ以上言ってもしかたないと一つため息をついて言った。
「じゃあハボックスペシャル!チョコいっぱいかけて!」
 ハボックはそう言うと「また後で」と手を振って行ってしまう。その背を見送ってロイは手の中のボタンを見た。
「益々目が離せなくなるな」
 これから先益々魅力的になれば更に言い寄ってくる人間は増えるだろう。
「いいさ、他の誰にも目なんか向かないようにしてやるから」
 自分だけを見るように、ロイはお呪いをかけるように手の中のボタンにそっと口づけた。


2015/03/31


黒スグリ姫23