黒スグリ姫2


「えっ?ヒューズ先輩に紹介?!」
「ああ、チョコレートの贈り主を見つけたって言ったら紹介しろって煩くてな」
 放課後、ロイに誘われて喫茶店でカフェオレを飲んでいたハボックは、ロイの言葉に目を瞠る。ロイの親友であるヒューズの姿を思い浮かべれば無意識に顔が強張った。
「ヒューズに会うのは嫌か?」
 そんなハボックの表情の変化を見逃さずロイが尋ねる。大好きな黒曜石にじっと見つめられて、ハボックは慌てて首を振った。
「ううん、そんな事ないっス!」
「まあ、正直言うと私もあまり紹介したくないんだが……。紹介しないといつまでも煩いからな、悪いがちょっとだけ付き合ってくれ」
「……はい」
 言って立ち上がるロイに頷いて、ハボックはカップを置いて席を立つ。店を出て行くロイの背を見つめて、ハボックはため息をついた。
(紹介したくないって言うのは贈り主がオレじゃ恥ずかしいからかな……)
 私立アメストリス学園の中等部に通うハボックはまだ十五歳だ。かたやロイは大学生で年の差は五つもある。その上二人は同性となれば、ロイが自分を紹介したくないと思っても不思議はなかった。
(ヒューズ先輩か……。凄く頭が切れる人だっていう噂だけど)
 同じ学園内とはいえ中等部と大学では接する機会などほぼないに等しい。ハボックがロイと出会ったのは偶然で、その後こうして付き合うようになったのだってハボックがこっそりと贈ったバレンタインチョコが沢山贈られたチョコの中で偶々ロイの目にとまったという本当に偶然の積み重ねでしかないのだ。本来なら大学生のロイやヒューズとハボックに接点など持ちようがない筈だった。
(会ったらなんて言われるだろう。マスタング先輩、オレの事どういう風に紹介するのかな)
 もしかしたらファンだとか言って紹介するのかもしれない。
(これからもチョコ作って欲しいって言われたけど、チューしたけど――――オレ、中学生で……男だし、こっ、恋人なんて紹介できないよな)
 考えても考えてもいいことなど一つも浮かばない。
(会いたくないな……嫌だって言っちゃおうか)
 だがそう言えばロイの顔を潰す事になり、ロイを怒らせてしまうかもと思えば嫌とも言えなかった。
(なるべく悪い印象与えないように頑張ろう)
 ヒューズはロイの親友なのだ。少なくとも悪い印象だけは持たれたくないと、ハボックはギュッと手を握り締めた。

「こっちだ」
 そう言って地下に続く階段をロイは下りていく。漸く暮れ始めた通りに出された店の名前を記した看板をちらり見て、ハボックはロイを追って店に続く階段を下りた。
「ここ、バーっスか?」
「ああ、ヒューズとよく来るんだ。マスターがいい人でな」
 言いながらロイは店の扉を開ける。扉の向こうは趣味のよいバーになっており、微かな酒と煙草の香りが大人の空間であることを知らせて、自然ハボックは俯きがちになった。
「なんだ、まだ来てないじゃないか、ヒューズめ」
 グルリと店内を見回してロイは眉をしかめる。慣れた様子で一番奥のカウンター席に陣取るロイの横、背の高いスツールにハボックはよいしょとよじ登った。
(足届かねぇ……)
 学年の中では背が高い方だがそれでもフットレストに届かず足がブラブラしてしまう。隣に座るロイを盗み見れば、スツールに腰掛けてバーテンと話す仕草が様になっていて、ハボックはギュッと唇を噛み締めて俯いた。
 緊張で喉が渇いてロイが頼んでくれたオレンジジュースも直ぐに空になってしまう。ロイに話しかける事も場に馴染む事も出来ずにハボックは泣きたくなった。
(もう帰りたい……)
 ハボックがそう思って涙に滲む瞳をギュッと閉じた時。
「わりぃわりぃ、遅くなった」
「ヒューズ、遅いぞ!」
 賑やかな声がして、ハボックは弾かれたように目を開ける。壁とロイの間で小さく身を縮めれば文句を言うロイの声に続いて興味津々のヒューズの声が聞こえた。
「んで?黒スグリのお姫さまはいずこ?」
 そう言いながら覗き込んできたヒューズとロイの肩越し目があって、ハボックは凍りついてしまう。涙の滲む空色の瞳を見開くハボックをまじまじと見つめたヒューズは「あっ」と声を上げた。
「お前、この間学校で会ったよな?ええと……ハボック、だっけ?」
 そう聞かれてハボックはおずおずと頷く。
「で?なんでコイツがここにいんの?」
「お前が会わせろと騒いだんだろう」
 尋ねるヒューズにロイが嫌そうに答えるのを聞いてキョトンとしたヒューズは次の瞬間ロイの肩をむんずと掴んでハボックの方へ身を乗り出した。
「ええッ?!じゃあコイツが黒スグリ姫ッ?マジッ?!」
「ごっごめんなさいッ!」
 素っ頓狂な声を上げるヒューズに、ハボックは思わず首を竦めて謝罪の声を上げる。ロイは肩を掴む手を払いのけてヒューズを睨んだ。
「ヒューズ」
「いやだって、コイツ、中坊だろ?ガキじゃん!いやそれ以上にお前男はお断りだって言ってたじゃねぇか!」
「ッ!」
 ヒューズが喚き散らす言葉の一つひとつがハボックの胸に突き刺さる。傷つくと同時にやっぱりと納得する自分もいて、ハボックはスツールからトンと下りた。
「あのっ、チョコを贈ったのはオレっスけど、それはマスタング先輩のファンだからで深い意味はないっスから!」
「えっ?」
 そう言えばヒューズでなくロイから声が返ってくる。ペコリとヒューズに頭を下げ出て行こうとするハボックの腕をロイはグッと掴んだ。
「ハボック、今のはどういう事だっ?」
「えっ?だって……」
 怒りをたたえて睨んでくる黒曜石にハボックは目を見開く。ロイの顔を見ていられず唇を噛んで俯けば腕を掴むロイの手に力が入って、ハボックは顔を歪めた。
「痛いっ、痛いっス!」
「ハボック、あのチョコレートはそう言う意味じゃないだろう?」
 言って顔を寄せてくるロイにハボックは首を竦める。視線を逸らしたままハボックは答えた。
「だって……オレはガキで男だし……ごめんなさい、オレ、迷惑だって気づかなくて……」
 キスしてくれたのはきっと自分を哀れと思ってのサービスだったのだ。そうハボックが思った時、グイと引き寄せられてハボックは驚いてロイを見上げた。次の瞬間噛みつくように口づけられてハボックは目を見開く。深く激しい口づけに驚いてハボックはもがいたがそうすれば口づけは一層深くなった。
「ンンッ!ン――――ッ!」
 きつく舌を絡め取られギュッと抱き締められてハボックはクラクラしてくる。フッと気が遠くなってくずおれそうになるハボックをロイはギュッと抱き締めた。
「おいおい、中坊のガキにそのキスはねぇんじゃないの?」
 くったりとロイに身を預けるハボックの耳にヒューズの呆れた声が聞こえる。そうすれば抱き締めるロイの腕に力が入るのをハボックは感じた。
「お前のせいだろうッ!ハボックに妙な事を言うなッ!」
 ギロリと睨んでくる黒曜石も全く気にした風もなくヒューズはロイとハボックを見る。凭れかかるハボックの細い体を引き寄せようとするヒューズに、ロイが慌ててハボックを引き戻した。
「ヒューズ!」
「いいだろう?ちょっとくらい」
 ヒューズは言ってハボックの顎を掬う。うっすらと涙を浮かべるハボックの空色の瞳を見つめて、ヒューズはニヤリと笑った。
「ふぅん、結構イイじゃん」
「え……?」
 言うなり顔を寄せてくるヒューズにハボックは目を瞠る。ヒューズの唇がハボックのそれに触れる寸前、ロイがハボックの頭を己の胸に抱き込んだ。
「貴様ッ!なにをするッ!」
「ちぇッ、ロイくんのケチー!」
「誰がケチだッ!ハボックに妙な事を吹き込むだけでなく悪さまでする気かッ!だからお前にハボックを紹介するのは嫌だったんだッ!」
「えっ?」
 頭上で怒鳴るロイの言葉にハボックは驚いて声を上げる。抱き込まれた胸元からロイを見上げて言った。
「オレの事が恥ずかしいから紹介したくないって言ったんじゃなかったんスか?」
「は?何を言ってるんだ、お前は。そんな筈ないだろう?」
 ロイは言ってハボックを真っ直ぐに見つめる。
「これからもずっと私の為にチョコを作ってくれる約束だろう?言っておくがな、ハボック。ヒューズの言うことは聞かなくていいからな。コイツはろくな事を言わん」
「おいおい、それはないだろう、ロイ」
 ロイが言うのを聞いてヒューズが苦笑するのに、フンと鼻を鳴らしてロイはハボックの髪を撫でた。
「好きだ、ハボック。何度も言うがヒューズには気をつけろ。私だけ見ていればいいからな」
「マスタング先輩……」
「やってらんねぇな、全く好き勝手言いやがって」
 呆れたようにぼやくヒューズの声を聞きながら、ハボックはロイの腕に優しく抱き締められて降ってくる唇を受け止めた。


2014/04/07


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