黒スグリ姫19


「マスタング先輩っ!」
「ぎゃあッ!」
 いきなり背後から飛びつかれてロイは飛び上がる。あまりに過剰な反応に飛びついた方のハボックが目をまん丸にしてロイを見た。
「えっと……ごめんなさい。そんなにびっくりすると思わなくて……」
 シュンと項垂れるハボックにロイが慌てて首を振る。
「い、いや、ちょっと考えごとをしてたんでな。別にそんなにびっくりした訳じゃないから」
 顔をひきつらせながらも笑みを浮かべてみせるロイをハボックが小首を傾げて見上げれば、側にいたヒューズが言った。
「ロイは年寄りだからなぁ。ちょっとの事にも心臓がびっくりしちまうのよ」
「は?人を年寄り扱いするなッ」
 とんでもない言葉にロイが目を吊り上げる。
「大体私とお前は同い年だろうッ、私が年寄りならお前だってジジイだろうが」
「俺はロイ君みたいにジジむさく本ばっかり読んでねぇもん」
「なにッッ」
 ロイとヒューズのやりとりにハボックがプッと吹き出す。クスクスと笑うハボックに、ロイが言った。
「そうだ、ハボック。この間のチョコ、美味しかったよ。ありがとう」
「ホントっスか?なんかいつもと勝手が違ったから上手くできたか心配だったんスけど、よかったぁ」
 ホッとした様子で笑みを浮かべるハボックにロイの心臓がトクリと音を立てる。伸ばしかけた手を、だがロイはギュッと握って下ろした。その時、丁度廊下の向こうからハボックを呼ぶ声が聞こえて、ロイは言った。
「ほら、呼んでるぞ。行かなくていいのか?」
「あっ、そうだった。次の授業特別教室だった」
 それじゃあまた、とハボックは手を振って行ってしまう。その背をじっと見つめるロイにヒューズが言った。
「なに?なんか悪さしちまったの?」
「えッ?」
 ギョッとして振り向けばヒューズがじっと見つめている。ロイは慌てて首を振って答えた。
「ななな何言ってるんだ、お前はッ!そんな事私がする訳ないだろうッ」
「ふーん……そっか、妄想しちゃったんだ」
「な……ッ!」
 ボソリと言われてロイは絶句する。口をパクパクさせるロイにヒューズが更に言った。
「やだー、ロイ君ってばケダモノー」
「ヒューズッッ!!おま……ッ、お前……ッッ」
 ロイにしては珍しく二の句が継げずに狼狽える様にヒューズはプッと吹き出す。クックッと笑うヒューズをロイは顔を赤らめて睨んだ。
「まあ、お前の気持ちも判らんでもないけどな。無邪気すぎるもんなぁ、お姫様は」
「ヒューズ」
「ま、どう転ぶにせよ、泣かすなよ」
「そんなことは言われなくても判ってる」
 ハボックの事を大事にしたい気持ちは本当なのだ。
「あ、でも初めてだと泣いちゃうか」
「────本気で燃やされたいらしいな、お前は」
「ヤダっ、俺まで犯さないで!──イテッ」
 半ば本気の一撃を頭に食らって、ヒューズは大袈裟に頭を抱えてみせる。それにフンッと鼻を鳴らして、ロイはもう一度ハボックが立ち去った方角を見た。
「本気で好きか?ロイ」
「ああ。焦るつもりはないけど、いつか全部私のものにしたい」
 目を細めて彼方を見つめながら、そうきっぱりと言うロイにヒューズは目を瞠る。それからクスリと笑って言った。
「大変だねぇ、お姫さまも。とんでもない男に好かれちまったもんだ」
「その代わり絶対幸せにする」
「おお、自信家」
「当たり前だろう?私を誰だと思ってるんだ」
 ニッと笑ってロイは言う。
「誰にも渡さない。いつか全部私のものにして私でいっぱいにして幸せにする」
「はいはい、聞いといてやるよ」
 ロイの本気の宣言にヒューズが肩を竦めて答えた。
「せいぜい頑張りな」
「ああ、そうするさ」
 頷いてロイは眩しそうに目を細めて窓の外に広がる空を見上げた。


2015/02/26


黒スグリ姫20 (Pastel yellow cinderella)