黒スグリ姫16


「おう、ハボック」
「あ、ヒューズ先輩」
 本屋で本を探していたヒューズは視界の隅を掠めた金色に顔を上げ、見知った顔に気づいて声をかける。近づいてきたハボックが手にした雑誌を見てヒューズは言った。
「買い物か?」
「うん。これこれ」
 ハボックはそう言って手にした雑誌を見せる。サッカー選手が表紙を飾る月刊誌はヒューズも買っているものだった。
「お、そうか。最新号今日だったか」
「そうっスよ。ヒューズ先輩も買ってるんスか?」
「当然だろ」
 ニヤリと笑って言えば、ハボックが「そうっスよね!」と同意する。ヒューズは本を探すのをやめてハボックがレジに並ぶのについていった。
「そういやお前、バレンタインはロイにチョコあげたんだろ?例のジャム入りの奴」
 去年のバレンタインデー。ロイがチョコを手だてにハボックを探し出すのに手を貸したのはヒューズだ。その後つき合いだした二人、今年も切欠となったチョコを当然あげたのだろうと尋ねれば、顔を曇らせるハボックにヒューズは眉を寄せた。
「えっ?まさかあげなかったのか?」
 レジを済ませて歩き出すハボックと並んで店を出ながらヒューズは尋ねる。そうすればハボックが買った雑誌をギュッと抱き締めるのを見てヒューズは言った。
「もしかして別れた、とか?」
「別れてないっス!」
 そうすれば途端に返ってきた言葉にヒューズは目を丸くする。ハッとしてハボックが慌てて目を逸らすのにヒューズは目を細めた。
「どう言うことだよ」
「それはその……可愛い女の子からずっと美味しいチョコ貰ったらそっちの方がよくなるだろうなって思ったから……」
「は?ロイの奴、今年は誰からもチョコ貰ってないぞ」
「知ってます、先輩にもそう言われたっスから」
「だったらなんで?」
 訳が判らんと言う顔をするヒューズをハボックはチラリと見る。
「ヒューズ先輩、マスタング先輩ってオレのどこがいいのかな?」
「へ?」
「オレのこと可愛くて愛しくてしょうがない。大好きだっていっぱいキスしてくれたけど、オレのどこがいいのかなぁ……」
「お前なぁ……」
 雑誌を抱き締め、紅い顔でそんなことを言うハボックをヒューズはげんなりと見つめる。自分が言っているのがただの惚気だと気づいていないらしい少年に、ヒューズはひとつため息をついて言った。
「仕方ねぇなぁ。そんなに不安ならロイがどんだけお前が好きか教えてやるよ」
「えっ?」
 言えば驚いたように空色の瞳を見開くハボックにヒューズはニヤリと笑ってウィンクする。ポケットからスマートフォンを取り出して操作すると耳に当てた。
「────ああ、ロイ?俺だけどさ、今ハボックと一緒にいるんだけど、この辺りでオススメの喫茶店ってどこ?────いや別にお前は来なくていいよ。えっ?あー、駅前の本屋の前だけど、ここから近い喫茶店教え────って、切れちまったよ」
 ヒューズは苦笑してスマートフォンをポケットに戻す。ポカンとしているハボックに、ヒューズは笑って言った。
「あの調子なら五分……いや四分二十秒で来るぜ」
「えっ?なんで?」
 キョトンとするハボックの質問に答えず、ヒューズはポケットに手を突っ込んで通りの向こうに目をやる。少し待てば、遠くから駆けてくる人影が見えた。
「来た来た」
「うそ、マスタング先輩っ?」
 もの凄い勢いで近づいてくるロイを目を丸くして見つめるハボックにヒューズは言った。
「なあ、今からでもいいからチョコ作ってやれよ」
「えっ?」
「喜ぶぜ、アイツ」
 言ってヒューズがニッと笑った時、ロイが側までやってきた。
「ヒューズ〜〜ぅッ、きっ、きさまッ」
 ゼイゼイと肩で息をする合間にロイは唸るように言ってヒューズを睨む。目を丸くしているハボックを引き寄せ、ギュッと抱き締めた。
「ほんっとに油断も隙もない奴だなッ!何度言ったら判るッ、ハボックに手を出すなッッ!!」
 もの凄い剣幕でロイに怒鳴られてもヒューズはどこ吹く風だ。煙草を取り出し火をつけながら言った。
「可愛いよなぁ、ジャンって。なあ、今度また一緒にサッカー見ようぜ」
「えっ、あ、はい!」
「なにッ!!」
 馴れ馴れしくファーストネームを呼んだ上サッカーに誘うヒューズにロイは目を吊り上げる。
「お前もッ、なんで返事するんだッ」
「えっと、マスタング先輩も一緒にどうっスか?前に行きたいって言ってたっしょ?」
「ッ」
 思いがけずそんな答えが返ってきて、ロイはウッと答えに詰まる。そんな二人を見て、ヒューズがクックッと笑った。
「ま、他の誰かにとられないよう気をつけな。じゃあな」
「お前が一番危ないッ!」
 ハッハッハッと笑いながらヒューズは手を振って行ってしまう。その背を睨みつけていたロイはヒューズが角を曲がってしまうとバッとハボックの方を振り返る。
「どうしてヒューズと一緒に?まさかアイツに口説かれてたんじゃ」
「えっ?ヒューズ先輩とは本屋でたまたま会っただけっスよ」
「だが一緒に喫茶店に行こうとしてたろうッ」
「それはヒューズ先輩が勝手に言ってただけで」
 小首を傾げて言うハボックに、ロイは大きく息を吸い込んだ。
「じゃあヒューズとはなにも……?」
「なにもないっスよ」
 ハボックが言うのを聞いてロイは吸い込んだ息を一気に吐き出す。ハアと大きなため息をついて小さく頭を振るロイの様子をじっと見ていたハボックは、クスリと笑って言った。
「ねぇ、先輩。今忙しいっスか?すぐ家に帰らないとダメ?」
「いや、別に急いで帰る必要はないが」
「だったらうちに来ませんか?──チョコ、遅くなっちゃたけど作ろうかなって……もう要らないっスか?」
「ッ!そんなわけないだろうッ」
「ホント?よかったぁ」
 不安げな表情がロイの一言でパアッと変わるのを見たロイの心臓がドキンと音を立てる。
「じゃあ、行きましょう────先輩?」
 先に立って歩きだそうとするハボックの腕を引き留めれば、ハボックが不思議そうにロイを見た。
「ハボック、ちょっと」
「先輩?」
 ロイは胸の鼓動が命じるままにハボックを近くの路地に連れていくとその細い体を腕の中に閉じこめる。
「……先輩?」
「好きだよ、ハボック」
 不思議そうに見つめてくるハボックを引き寄せて、ロイはハボックにそっと口づけた。


2015/02/19


黒スグリ姫17