黒スグリ姫12


「ロイ」
 聞き慣れた声にも振り返らずロイは大学棟の廊下を歩いていく。そうすれば背後からついてくる足音が早まってヒューズがロイの隣に並んだ。
「もう、ロイ君ってば!なんで無視するのよっ」
「お前の悪趣味に付き合ってる暇はない」
 科を作って言うヒューズを横目にジロリと見てロイが言う。相変わらずな友人の態度に苦笑してヒューズが言った。
「なんだ、折角お姫さま情報教えてやろうと思ったのに」
「ハボックの?なんだ?!」
 それまでヒューズを振り切ろうとするように足早に歩いていたロイがピタリと足を止めて言う。大事な恋人の事だと聞いた途端態度を変えるロイにやれやれと肩を竦めたヒューズは、ロイに顔を寄せた。
「髭面を近づけるな」
 鬱陶しいと顔をしかめて仰け反るロイに構わず、ヒューズは言った。
「ハボックの奴、学校休んでるぜ?」
「なんだとっ?どうしてだっ?」
「――――さあな」
 チラリと横目でロイを見たヒューズのどこか勿体ぶった態度にロイはムッと唇を歪めた。
「教えろ。素直に白状しないと燃やすぞ」
「いや〜ん、ロイ君ってばぁ――コ・ワ・イ」
 隠しに手を入れようとする手首を掴んだヒューズがからかうように言うのをロイはギロリと睨む。普通の人間なら怯んでしまうようなその眼光も全く気にした風もなくヒューズは言った。
「教えてやったんだから理由くらいは自分で調べろよな。可愛い恋人だろ?」
「ッ!――――クソ髭ッ」
 そう言われれば返す言葉がなくロイは精一杯の悪態をつく。手首を掴むヒューズの手を乱暴に振り払って、ロイは中等部の校舎に向かって足早に歩き出した。
「夕べ電話した時には変わった様子はなかったのに」
 日曜日、一緒にプールに出かけた後、会う時間が取れず電話で連絡を取っていた。本音を言えばプールでハボックの可愛らしい所を散々に見せつけられて、少し時間をおかなければ自分を抑えておけるか自信がなかったからと言うのもある。
「どうしたんだ、一体……」
 考えても判らないまま歩いていけば中等部の敷地に入る。昼休みがそろそろ終わる時間、ザワザワとざわめく教室の扉から半身中に入ってロイは近くの少年に声をかけた。
「おい、ちょっと教えて欲しいんだが」
「はっ、はいっ!」
 声をかけられた少年は飛び上がってロイを見る。ふと気がつけば教室中の視線がロイ達に集まっていた。
「な、なんですかっ?」
 教室のあちこちで「うそっ」だの「どうしてここに?!」だのとヒソヒソ囁かれる中、ロイはビックリ顔で己を見つめる少年に尋ねた。
「ハボックに用があるんだがどこにいるかな?」
「ハボックなら今日は休みです」
「どうして?」
 休みという答えが返ってくるのは判っていたからロイは即座に理由を尋ねる。そうすれば尋ねた少年ではなく側にいた少しぽっちゃりとした少年が答えた。
「日焼けが酷くてシャツが着らんない上に熱出したって」
「えっ?日焼け?」
 思いもしなかった理由にロイは目を見開く。見つめてくる黒曜石の強さに少年は困ったようにしながらも目を逸らさずに答えた。
「アイツ、子供の時から肌が弱くて、日焼け止めは必須だってのにプールでそのまま焼いちゃったみたいなんですよ」
『これこれ。塗らないと大変な事になっちゃう』
 少年の言葉にハボックの声がロイの脳裏に蘇る。
『オレ、日焼けすると真っ赤になって大変な事になっちゃうんス』
 そう言ってハボックはロイに日焼け止めを背中に塗って欲しいと言った。日焼け止めのボトルを受け取って、果たして自分は何をしただろう。
「マスタング先輩?」
「――――あ。……そうか、ありがとう。助かったよ」
 不思議そうに呼ばれて、ハッとしたロイは笑みを浮かべて答える。それじゃと手を上げて言ってロイは教室を出た。足早に廊下を歩く足取りが徐々に早くなり、いつしかロイは物凄い勢いで廊下を駆け抜けると学校を飛び出した。


2014/10/02


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