黒スグリ姫11


「あっ、そうだった、塗らなきゃ!」
 マットを借りて歩き出せばハボックが言う。なんだと尋ねるロイに、ハボックはバッグから日焼け止めのローションを取り出した。
「これこれ。塗らないと大変な事になっちゃう」
 そんな事を言うのを聞いてロイはクスリと笑う。
「女の子みたいだな」
「オレ、日焼けすると真っ赤になって大変な事になっちゃうんス。先輩は塗らなくても平気なんスか?」
 女の子みたいだと笑われて頬を染めながらもハボックが言う。確かにこの白い肌を夏の強い陽射しで焼いたなら火傷のようになってしまうだろう。女の子のようだなどと言ったことを悪かったなと思いつつロイは答えた。
「私は結構平気だな。いつの間にか何となく日焼けしていつの間にか何となく褪めてる感じだ」
「いいなぁ、先輩!腹筋割れてるしっ」
「それは関係ないだろう?」
 余程ロイの逞しい身体に感動したらしいハボックが言うのを聞いて、ロイがクスクスと笑う。波のプールの近くのロングチェアに場所を確保して、ハボックは早速日焼け止めローションを塗り始めた。手のひらにとっては腕に塗り肩に塗る。ローションを塗るハボックの手の陰から色の白い胸を彩る薄桃色の飾りが見え隠れするのを見ていられなくて、ロイは目を逸らした。
「せんぱぁい、背中塗ってくれませんか?」
「えっ?」
 そうすれば聞こえた声にロイはギョッとして振り向く。
「自分じゃうまく塗れないんス」
 言ってボトルを差し出されてロイは顔をひきつらせた。見ていてさえ目の毒なのに、ローションを塗るためとは言え触れたらどうにもならなくなりそうだ。
(と言うより、ローションを塗るなんてなんだかエロくないかっ?)
 ヌルヌルとしたローションを肌に塗ることを想像してロイは膨らみそうになる鼻を必死に窄める。ロイがよからぬ妄想を描いているなど考えもせずハボックが首を傾げた。
「先輩?」
「えっ?あ、ああ、確かに背中は塗りにくいよなっ」
 フハハと妙な笑い声をあげながらロイはボトルを受け取る。「お願いします」とニコッと笑って背を向けたハボックの白い背中にロイはゴクリと喉を鳴らした。
(落ち着けッ、日焼け止めローションを塗るだけだッ!何もイヤラシイ事をするわけではないんだからッ!)
 勝手にイヤラシイ想像をしているのはロイであってローションを塗る行為自体はイヤラシくも何ともない事にはさっぱり思い至らず、ロイは自分に言い聞かせながらローションを手のひらに取る。ピシャンとローションに濡れた手で背中に触れたロイは、滑らかな肌の感触にゾクリと背を震わせた。
(うわぁ)
 頭の中に湧き上がる妄想達をロイはふるふると頭を振って追い出す。なるべく肌に触れないよう、手に取ったローションを振り飛ばすようにしておざなりに塗ったロイは、ボトルの蓋を閉めて言った。
「こんなもんでいいかっ?」
「ありがとうございます、先輩」
 振り向いてハボックは礼を言うとボトルを受け取りバッグにしまう。借りたマットを手にしてハボックが言った。
「お待たせっ!行きましょ、先輩!」
「あ、ああ。ほら、脚、伸ばしてな」
「はーい」
 ニコッと笑うハボックの笑顔にすっかり調子を狂わされながらもロイは言う。ハボックはマットを手にしたままアキレス腱を伸ばしたり足首を回したりするとチラリとロイを見た。
「よし、行こうか」
「オレが1ばーんッ!」
 ロイが頷くのを見るなりハボックがマットを手にして走り出す。打ち寄せる波をバシャバシャと蹴散らして走ったハボックはマットごと水に身を投げた。
「わあいっ」
 寄せる波にフワリと浮いてハボックが歓声を上げる。遅れてプールに入ったロイが波に合わせてジャンプするのを見てハボックが言った。
「一緒に乗りましょ、先輩!」
「えっ?いやだが狭いだろう?」
「平気っスよ、こうやって横向きにすれば並んで波乗り出来るっス」
 ハボックは言いながらマットの向きを変える。その時大きな波がきて、ハボックがマットごとひっくり返った。
「ハボックっ?」
 水の中に沈んでしまったハボックにロイがギョッとして辺りを見回す。マットだけ浮かぶ水面に、ロイは慌ててハボックの姿を探した。その時ザバッと水を撒き散らして、ハボックがロイの背後から飛びつく。不意をつかれてハボック諸共水に沈んだロイはハボックの姿を探して水の中振り向いた。
「――――ッ」
 陽の光がキラキラと散る水の中、ハボックが金髪を水に泳がせる。大きく見開いた空色にふわりと笑みを浮かべて見つめられて、ロイの心臓が跳ねた。
「先輩ッ!」
 次の瞬間、二人してザバッと水を撒き散らして水面から顔を出す。きゃらきゃらと笑うハボックにロイは跳ね上がる心臓の鼓動を誤魔化そうと眉をしかめた。
「こら!ビックリするだろうッ」
「アハハッ、先輩、ひっくり返ったーッ」
 楽しそうに笑うハボックにロイはため息をつく。ハボックはプカプカと浮かぶマットを引き寄せマットの半分に乗った。
「ほら、先輩!早く乗って、乗って!」
「――――ああ」
 ドキドキとする心臓を持て余すロイの気持ちなどまるで気づかないハボックにロイは答えてマットに掴まる。その途端波が寄せて二人が掴まったマットがフワリと浮いた。
「わあッ」
 マットの上で揺れたハボックの滑らかな肌がロイに触れる。ドキリとするロイにハボックが笑って言った。
「やっぱ波乗り楽しいっスね!」
「ああ、そうだな……」
 果たして今日一日心臓が持つだろうか。無邪気に笑うハボックに答えつつこっそり思うロイだった。


2014/09/11


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