| 久遠の空 第一章 |
| 「しまっ────」 激しい爆音と共に辺りを目映い光が包む。咄嗟に岩陰に飛び込んで爆発の破片から身を守ったロイは、パチパチと瞬いて舌打ちした。 「くそっ、目をやられたか……」 強い光に目が眩んだらしい。時間がたてば見えてくるのだろうが、敵と対峙しているこの現況、僅かとはいえ視力を失っているのは命取りになりかねなかった。 (くそ……ッ、周りはどうなってる……?) 劣勢となっていた部隊の体勢を立て直す時間を稼ぐため、副官の反対を押し切って単独で敵陣に切り込んだ。発火布を填めた指先から生み出される焔が敵を焼き払い目的を達しはしたものの、最後の悪足掻きとばかりに敵の兵士が放った爆弾が退却しようとするロイの目の前で破裂し、一時的に視力を奪われたロイは身動きできない状況に陥ってしまったのだった。 (近くにいるのは味方か?それとも────) 辺りの状況を探ろうと視力以外の全ての感覚を研ぎ澄ます。だが、未だ聞こえる銃声と怒号が、ロイが状況を把握しようとする努力をないものにした。 「く……ッ」 動こうにも動けない状況がロイを以てしても焦りを生む。視力の回復をジリジリとして待っていれば、不意にロイの頬を銃弾が掠めた。 「ッ!!」 咄嗟に身をかわしたものの次の行動が取れない。瓦礫に背を預けて辺りの様子を伺うロイの耳に己の荒い呼吸が耳障りなほど響いて、ロイは己の醜態に爪が刺さるほど手を握り締めた。 (落ち着け……ッ、落ち着けッ) そう自分に言い聞かせたロイが微かに見え始めてきた目で辺りを見回す。その時、すぐ近くで怒鳴り声と乱れた足音が聞こえて、ロイは音のする方へ向けて発火布を填めた手を突き出した。 「待って!オレは味方っス!」 そう声が聞こえたと同時に突き出した手がやんわりと包まれる。人の気配を強く感じたと思えば、すぐ間近で声がした。 「目、見えてないんスか?」 「爆発の閃光で一時的に見えなくなった。今漸く少しずつ見えてきてるところだ」 どうやら顔を覗き込んでいるらしい相手にロイは答える。声の感じから若い男とだけ知れて、ロイはまだよく見えない目を眇めて尋ねた。 「どこの隊の者だ?名前は────」 「急いで。今ならここを抜けられる」 ロイの言葉を遮って男はロイの腕を掴んで引っ張る。ロイは隠れていた瓦礫の陰から引っ張り出されて、不安げに見えない目で辺りを見回した。 「こっち」 男は短く言ってロイの腕を引く。小走りについていきながら、ロイは何度も目を瞬かせて男の姿を見ようとした。 (このままついていって大丈夫か?もし、敵の手の者だったら) 軍の要職を担うロイの頭には敵が知りたい情報が山のように詰まっている。万一敵の手に落ちるようなことがあれば、連中はロイから情報を引きだそうと躍起になるだろう。 (簡単に捕まる気も情報を渡す気もないが) このままよく正体が判りもしない相手についていっていいものか。ロイにしては珍しくすぐに判断をつけかねていると、近くで銃声が響き渡った。 「伏せてッ!」 声がすると同時に上から覆い被さられるようにして地面に押し倒される。そうすればコーヒーのような甘い香りがロイの鼻孔をくすぐった。 「頭下げててッ!」 その声に続いてガンガンッと銃を撃つ音と振動が男の体を通してロイに伝わってくる。時間にしてほんの数十秒撃ち合いが続いたと思うと、急に辺りがシンと静まり返った。 「こっちへッ!」 悲鳴のような声が聞こえた次の瞬間、ロイは腕と襟首をもの凄い勢いで掴まれる。一瞬ふわりと浮いたロイの体が、叩きつけるようにして狭い空間に押し込まれた。 「なん────ッ?」 一拍おいて今までで一番大きな爆音。それを追いかけるように爆風が戦場を吹き抜けた。 「うわあああッッ!!」 爆風に飛ばされた石の破片が厚い軍服にピシッピシッと打ち当たる。熱と風から頭部を守ろうと翳した腕の陰から見上げれば、霞んだロイの瞳に金髪と己を見つめる空色が見えた。 「大丈夫、心配ない」 その空色が安心させるように言うのを聞いたのを最後に気を失ったロイの鼻孔に、甘いコーヒーに似た香りが残った。 「ん……ッ」 小さく呻いてロイはゆっくりと目を開ける。白い天井を瞬いて見上げれば、慌てたような声が聞こえた。 「大佐!よかった、気がついたんですね!」 「……フュリー曹長」 声がした方に目をやると、小柄な曹長がホッとしたような表情を浮かべて見下ろしている。起き上がろうとすれば伸びてきたフュリーの手を借りて、ベッドの上に身を起こしたロイが尋ねた。 「ここは?」 「軍病院ですよ。もう、みんな心配したんですよ?」 中尉なんてカンカンです、とフュリーが言うのを聞きながらロイは自分の手を見る。あの時は見えなかったが、ちゃんと視覚は戻ったようだと確認するとロイは顔を上げて言った。 「私はどうやってここに?」 「ジャクリーン・ウルフ少尉が連れてきてくれたんです」 「ウルフ少尉?」 そんな名前の女性士官がいただろうか。首を捻ってロイが考えていると、病室の扉が開いてホークアイが入ってきた。 「あ、中尉!大佐、目を覚まされましたよ」 そう言うフュリーに頷いたホークアイの鳶色の瞳がロイを見る。その瞳に浮かぶ険しい光にロイが思わず首を竦めれば、ため息をついたホークアイが言った。 「ご無事でなによりです。部隊もその後体勢を立て直して攻撃に転じました」 「そうか」 「大佐」 朗報を聞いて笑みを浮かべるロイにホークアイの厳しい声が飛ぶ。その後一頻り小言を言うと、ホークアイは最後に言った。 「大佐をここへ運んでくれたのはウルフ少尉です」 「ああ、フュリー曹長に聞いた。彼女に礼を言わんといかんな」 「彼女?ウルフ少尉は女性じゃありません」 そう言ってホークアイは病室の外へ声をかける。そうすれば背の高い金髪の男が中へ入ってきた。 「ジャック・ウルフ少尉です」 言ってピッと敬礼する若い尉官をロイは見上げる。 「ジャクリーン・ウルフ少尉?」 ロイがそう尋ねればウルフは露骨に嫌そうな顔をした。 「女の子の名前しか考えてなかったとかで、生まれた俺にそのまま考えてた名前を付けちまったらしいんですが、普段はややこしいんで“ジャック”で通してます」 「なるほど、確かにな」 自分も名前だけ聞いた時には女性だと思った。 「ともあれ、連れてきてくれてありがとう」 「どういたしまして、サー」 礼を言って差し出したロイの手を、ウルフは空色の瞳を細めて笑うと握り返した。 |
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