金剛石 8


「ハボック」
 執務室の扉が開いてロイが顔を出す。そのまま司令室を出ていこうとする背に、ハボックが座ったまま声をかけた。
「大佐、護衛はブレダに頼んでくれって言ったっしょ?」
 言って睨んでくる蒼い瞳を見返してロイは言う。
「誰に何をさせるか決めるのは私だ。意見は聞くが指図は受けん。行くぞ、時間に遅れる」
「大佐ッ」
 ロイはきっぱりと言って出ていってしまう。チッと舌打ちしてハボックは椅子を蹴立てて立ち上がると急いでロイの後を追った。
「大佐」
「急いで車を回せ。落成式に遅れる」
 今日はイーストシティの中心部に出来た美術館の落成式だ。イーストシティだけでなく広く内外から所蔵品を集めたそれは完成前からかなりの話題を集めていて、今日の落成式には美術関係者だけでなく軍や経済界からも多数の来賓が招かれていた。
「どうせ行くなら来賓なぞじゃなくプライベートで行きたいものだな」
 車の後部座席でシートに身を沈めてロイが言う。チラリと視線をやったミラーの中でロイの黒い瞳と目があって、ハボックは慌てて目を逸らすと言った。
「だったら行かなきゃいいっしょ。いつもはこんなの絶対行かないくせに」
「今日だけ公開される美術品がある」
 ハボックの言葉にロイが答える。
「せっかく行くんだ、お前も見るといい」
「……興味ねぇっス」
 楽しそうなロイの声にハボックは吐き捨てるように答えた。チラリとミラーに投げた視線を正面に戻してハボックはハンドルを握り締める。
(何考えてんだ、この人。あんなに護衛はブレダにしてくれって言ったのに。オレの噂、怖くねぇの?)
 落成式に護衛として同行しろと言われた時、ハボックは即座に拒否した。上官の命令を理由もなく拒否するなど軍の中で許される筈がない事は判っていたが、ハボックはとにかくロイの側にいたくなかった。
(なんで、そんな目で見るんだ……オレの事、見るなっ)
 ロイの黒曜石に秘められた強い光がどんな時でも感じられてハボックを落ち着かなくさせる。蒼い瞳を歪ませて唇を噛み締めたハボックに背後からロイの声がかかった。
「おい、通り過ぎたぞ」
「……え?」
 言われて慌てて横に視線を向ければ美術館の入口が景色の中に流れていく。考えに沈んでうっかり目的地を通り過ぎてしまったことに気づいて、ハボックが忌々しげに舌打ちして引き返そうとした時。耳障りなブレーキの音に続いて大きなクラッシュ音が後方から響いて、ハボックは慌ててブレーキを踏んだ。運転席から降りて後ろを見れば、たった今通り過ぎた美術館の入口に車が突っ込んでいた。
「通り過ぎずに車から降りていたら巻き込まれていたな」
 聞こえた声にハッとして振り向けば、いつの間にか車から降りていたロイがすぐ側に立っていた。ハボックは込み上がる不安に浅い呼吸を繰り返しながら、騒然とする事故現場を見つめていた。


2011/02/15


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