金剛石 28


「……誰だ?」
 ドンドンと扉を叩く音にハボックは眉を寄せる。このアパートに住んで以来ハボックを訪ねる人などただの一人もおらず、唯一ハボックに声をかけてくるブレダですらアパートに来たことはなかった。
「近所の奴か?」
 同じアパートの住人とすらなるべく接触しないようにしてきたが、なにかトラブルでもあったろうか。ハボックはしつこく叩き続ける相手に微かな苛立ちと怯えを感じながらソファーから立ち上がった。目元を押さえて軽く首を振ると玄関へと向かう。
「今開ける、叩かないでくれ」
 扉の向こうにそう声をかけたハボックは、鍵を外しガチャリと扉を開けた。
「一体なんの用───」
 そう言いながら扉を開けたハボックは目の前に立つ姿に言葉を飲み込む。一瞬凍り付いたハボックが慌てて扉を閉めようとしたが、ロイにはその一瞬で十分だった。
「大佐っ」
 ドンと扉を体で押し開けてロイは強引にアパートの中に入ってくる。ロイの勢いに押されるように中へと逃げ込んだハボックは、リビング兼ダイニングとして使っている狭い部屋の中迄来るとロイを振り返った。
「何しに来たんスかッ?!」
「どうして無理に退院したりした?何かあったらどうするつもりだ」
「聞いてんのはオレっス!」
 尋ねた言葉に質問で返されてハボックは噛みつくように言う。ロイは一瞬の間の後、ハボックをまっすぐに見て答えた。
「心配だったから様子を見に来た」
 それは確かに嘘ではなかったが、本当の目的はそれではないと思いながらロイはそう口にする。ロイの気持ちに気づいているのかいないのか、ハボックは唇を歪めて答えた。
「別にアンタに心配なんてしてもらう必要ないっス」
「ハボック」
 壁に背を預けロイの顔を見ずに答えるハボックをロイは呼ぶ。それでもこちらを見ようとしないハボックにロイは近づいて言った。
「どうして退院したりしたんだ?無理をして大事な目になにかあったらどうするつもりだ」
「大事な目?」
 ロイの言葉にハボックは一瞬目を見開く。次の瞬間クッと笑うと肩を震わせて笑いだした。
「ハボック?」
「大事な目?冗談じゃない、こんな目、ズタズタにしてやりたかったのにッ!!」
「ハボック!!」
 大声を張り上げたハボックの手が蒼い瞳に伸びるのを見て、ロイはギョッとしてハボックに近づく。触れようと伸ばしたロイの手をハボックは思い切り振り払った。
「出てけッッ!!」
 ハボックは大声を張り上げてロイを見る。泣きそうに顔を歪めて言った。
「なんで……なんで来るんスか?これ以上アンタになんかあったら、オレ……ッ」
「ハボック」
「今ならまだ間に合うかもしれない……頼むから、……ここからすぐ出ていってくれ……ッ」
 ハボックは呻くように言うと壁に背を預けてずるずると座り込んでしまう。その視界にロイが入るのを怖れるように抱えた膝に顔を埋めて小さく身を縮めるハボックを、ロイは目を見開いて見つめた。
「ハボック」
 呼んでロイはハボックの肩に触れる。そうすればビクンと震えたハボックが顔を上げずに言った。
「オレの言うこと聞こえなかったんスかっ?早くここから出ていってッ!!」
「ハボック、私は」
「出てけって言ってんスよッ!!早くここから───」
「お前が好きだ、ハボック」
 ハボックの言葉を遮ってロイは想いを口にする。弾かれたように顔を上げたハボックの蒼い瞳を真っ直ぐに見つめて、ロイはもう一度繰り返した。
「お前が好きだ、ハボック。だから出ていかない」
 きっぱりとそう言いきるロイを、ハボックは呆然として見つめた。


2011/05/25


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