金剛石 26


 そっと扉を開きロイは病室に入る。窓際に置かれたベッドにはハボックが目に包帯を巻かれて横たわっていた。ロイはゆっくりとベッドに近づきハボックの顔を覗き込む。白い包帯に軽く触れてホッと息を吐いた。
「ハボック」
 ハボックの手に握られたナイフを見たときは心臓が止まるかと思った。頬を濡らす深紅を目にして、ハボックの苦しみを取り除いてやれなかった自分への怒りと無力感に打ちのめされた。そして、なにより大切な蒼を失ってしまうのかという怖ろしいほどの恐怖と絶望感を思い出してロイはブルリと身を震わせる。ロイは今、その恐怖と絶望感が杞憂に済んだことに心底安堵して、ハボックの手をそっと取った。
「よかった、本当に……」
 そう呟きながらロイはハボックの手を撫でる。ハボックの瞳には呪いなど存在せず、もう二度とこんな馬鹿な事はするんじゃないと今度こそハボックに判らせてやらなければとロイが思いながらハボックを見つめていると、撫でていた手が微かに震えた。
「ハボック?」
 包帯をしているせいで目覚めたのかよく判らずロイはハボックの名を呼ぶ。そうすれば、ハボックの顔がロイの方へと向けられてその唇が開いた。
「大佐……?」
「気づいたか。傷の具合はどうだ、痛むか?」
 そう尋ねられてハボックは一瞬自分の体を調べるように黙り込む。それから緩く首を振って言った。
「いえ、今は特に痛みはないっス」
「そうか」
 ハボックの言葉を聞いてロイはホッとして頷く。まだ握ったままだったハボックの手を優しく両手で包み込んで続けた。
「手術は成功したそうだ。また前のようにちゃんと見えるようになるから」
「……え?」
 そう言えばハボックの体がギクリと強張る。ロイは落ち着かせようと握る手に力を込めて言った。
「手術は成功だ。いいか、ハボック、よく聞くんだ。お前の目に呪いなんてものは───」
「なんでッ?!なんで手術なんかッ?!」
「ハボック!!」
 バッとブランケットを撥ね除けてハボックはベッドの上に飛び起きる。ロイの手を振り解いたハボックは、包帯を巻いた顔をロイの方へ向けた。
「なんで手術なんてしたんスかッ!!なんでッッ!!これでやっと何もかも終わるって思ったのにッッ!!」
「終わる?そもそも何もないものを終わらせるなんて事が出来る訳ないだろう?お前の目に呪いなんてものは存在しないんだッ、ハボック!!」
 ロイはハボックの肩を掴んで声を荒げる。唇を震わせて浅い呼吸を繰り返していたハボックをロイがベッドに横にさせようとした時、ハボックがロイを思い切り突き飛ばした。
「うわッ!!」
 不意をつかれてロイは床に倒れ込む。顔を顰めてハボックを見上げたロイは、ハボックの手が包帯にかかるのを見てギョッとした。
「な……ッ、やめろッ!!ハボック!!」
「チクショウッッ!!こんなものッ!!」
 無理矢理包帯を毟り取ろうとするハボックをロイは必死に押し留める。もつれ合うようにベッドの上に倒れ込んだハボックの手が包帯を弛め、その下のガーゼが覗くのを見てロイは悲鳴を上げた。
「やめろッッ!!やめるんだッ、ハボックッッ!!」
「こんな目っ、ズタズタになっちまえばいいんだッ!!」
「ハボック!!」
 包帯どころかその瞳すら毟り取ってしまおうとするように暴れるハボックと、それを押し留めようとするロイとが揉み合い互いに大声を張り上げていれば、廊下を走る音に続いて病室の扉が開かれる。騒ぎに驚いて飛び込んできた看護士達にロイは病室の外へと追い出された。
「患者を興奮させないでくださいっ」
「ハボックさん、落ち着いてっ!ハボックさん!──誰か先生呼んできてっ!」
 看護士達に押さえ込まれながらも泣き叫び続けるハボックの声を聞きながら、バタバタと出入りする医師や看護士の姿を見つめて、ロイはただ呆然と立ち尽くした。


2011/05/23


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