金剛石 20


「ッ!!」
 車から降りようとしてビュッと吹き付ける風にロイは思わず腕を顔の前に翳す。夕べからイーストシティは台風並みの強い風が吹き荒れており、あちこちで突風の被害が出ているほどだった。僅かに顔を顰めて立ち上がろうとしたロイは不意に射した影に目を瞠る。顔を上げればハボックが強い風からロイを守るように車の扉を押さえて立っていた。
「ありがとう、ハボック」
 僅かに視線を逸らしたまま扉を押さえているハボックにロイは礼を言う。だが、ハボックはそれに答えるどころか目を合わせる事なく無言のままロイを建物へと促した。
「……」
 何よりも好きな蒼い瞳が決してこちらを見ようとしないことにほんの少し傷ついて、ロイは建物へと足を進める。警備兵に車を任せたハボックが背後からついてくるのを感じながらロイは手をギュッと握り締めた。入口の警備兵が敬礼を寄越してくるのに視線で答えてロイは司令室へと向かう。ハボックを引き連れて階段を上がったロイは、背後から聞こえた声に足を止めた。
「ロイ!」
「ヒューズ?」
 背後からかかった聞き覚えのある声に振り向けばセントラルにいるはずの友人が階段を上ってくる。それを見たハボックはロイから離れると先に司令室へと歩いていった。
「怪我はなかったのか、ロイ」
 階段を上がったところで立ち止まって待つロイのところへ足早に上がってきたヒューズが言う。
「え?」
「この間のホールの事故だ、出張から戻ったらお前があそこにいたって聞いたから」
 ポカンとするロイにヒューズが苛々と言う。じろじろと調べるように見つめてくるヒューズの様子にロイは苦笑した。
「怪我なんてしてない。まさかわざわざそれを確かめに来たんじゃないだろうな」
「来ちゃ悪いか」
 ムッとした表情でヒューズが即答する。
「確かに大きな事故だったがハボックが上手く対処してくれたからな」
 見事な手際だったんだと自慢げに言うロイにヒューズは顔を顰めた。
「何が見事な手際だ。ロイ、セントラルでも噂になってる」
「噂?」
「もういい加減目が覚めたろう、ハボックを特務に戻せ」
 そう言うヒューズをロイは一瞬見ひらいた目を物騒に細めて睨む。そんなロイの視線を事も無げに受け止めながらヒューズは続けた。
「これまで何事もなかったのが不思議なくらいなんだ。さっきここにいたのがハボックだろう?なんてブルーだ、何もかも飲み込んで喰らい尽くす魔性の蒼だ」
「ヒューズ!」
 ヒューズの言葉を聞いていたロイだったが、声を張り上げてその言葉を遮る。見つめてくる常盤色を睨みつけて言った。
「それ以上言ってみろ、例えお前でも赦さん」
「ロイ!」
 低く唸るように呟いたロイはヒューズに背を向けて歩き出す。その背を慌てて追いかけてヒューズはロイと並んで歩きながらロイの腕を掴んだ。
「いい加減にしろ、ロイ!何かあってからでは遅いんだぞっ!」
「離せ、ヒューズ」
「ロイ!」
「離せと言ってるッ!」
 掴むヒューズの手をロイは思い切り振り払う。突き飛ばされるように壁に背をぶつけたヒューズをギッと睨んだロイは、ヒューズをそのままに足早に廊下を歩いていった。背後から呼び止める声に構わず、ロイは廊下を抜けてたどり着いた司令室の扉を開ける。中へ入ったロイが司令室を通り抜け執務室の扉に手をかけた時、ヒューズが司令室に飛び込んできた。
「ロイ!俺の言うことを聞───」
「煩いッ!!」
 ビリビリと怒りに空気を震わせてロイが声を張り上げる。一瞬怯んだヒューズを睨んでロイは言った。
「ハボックを特務に戻す気はない。彼がいてもいなくても、私の身になにか起きることなどあり得ない……ッ」
 中に入ってきたと思えば言い争いを始めた二人を、司令室でそれぞれ仕事を進めていた部下達が驚いて見つめる。その中の蒼い瞳をロイはチラリと見て続けた。
「私の身に何か起きるなんて事は絶対にない。そんなくだらない事を言うためにわざわざセントラルから来たのか?ヒューズ」
「ロイ、だが───」
「話は終わりだ」
 ロイは一方的に話を打ち切ると執務室の扉を開ける。その時、窓を締め切った室内からでも風がゴウッと鳴るのが聞こえ、次の瞬間。
 ガシャーーンッッ!!
 ピッと亀裂の入った窓ガラスが大きな音と共に砕け散った。


2011/05/10


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