金剛石 19


 バンッと勢いよく開いた執務室の扉に、ブレダが弾かれたように腰を浮かす。一瞬目が合ったハボックがそのまま司令室を出て行こうとするのに向かって、ブレダは慌てて声をかけた。
「ハボック!おい、一体どうし……ハボック!!」
 だが、ハボックはブレダの声を無視して司令室から出ていってしまう。その背を追いかけるのか一瞬迷って、ブレダは執務室へと向かった。
「大佐、ブレダです」
 おざなりなノックと共に扉を開けるとロイの返事も待たずに中に入り扉を閉める。この部下にしては珍しい暴挙に、ロイは軽く眉を跳ね上げたものの何も言わずにブレダを見つめた。
「どうしたんです?ハボックの奴」
 二人の間の事に口を挟むべきではないと思いながらブレダは尋ねる。その瞳に浮かぶ友人を案ずる色にロイは僅かな嫉妬を覚えながら答えた。
「どうして自分を特務に戻さないんだと言ってきたよ。噂を聞いたんだろう」
 ロイの言葉にブレダは小さく舌打ちする。目の前の部下が自分と同じ気持ちを噂を吹聴する奴らに抱いている事を感じながらロイは言った。
「ブレダ少尉、どうしたら呪いなど存在しないとハボックに判らせてやれるんだろう」
「……それが判ればとっくにそうしてますよ」
「……そうだったな」
 吐き捨てるように言うブレダの言葉にロイは苦く笑う。
(ハボック)
 言葉にせずとも優しく抱き締めたなら伝わるだろうか。
 ロイは窓の外に広がる空を見上げながらそっとため息をついた。


 司令室を出てきた後、怒りに任せてあてもないまま足音も荒く廊下を突き進んだハボックはやがてゆっくりと足を止める。込み上がる怒りが誰に対するものなのか判らないままハボックは目の前の壁を思い切り蹴りつけた。
「くそッ!!」
 ダンッと厚い軍靴の底で蹴りつければビリビリと壁が震える。
「クソッ!!クソッたれッッ!!」
 何度も何度も壁を蹴りつけるハボックを、廊下を通る軍人たちも極力関わるまいと目を背けて過ぎていった。そんな周りの空気に気づいたのか気づかないのか、ハボックは理不尽な仕打ちにも耐えた壁を両の拳でドンッと叩くと壁に額をこすりつける。そのまま暫くの間乱れた呼吸を整えるようにじっとしていたが、やがてふらりと歩きだした。階段を上がり屋上へと出たハボックは手すりに寄りかかり煙草を咥える。さっきまでの怒りの嵐が嘘のように静かに晴れ渡る空を見上げた。
『ジャン』
 優しく笑う空色の瞳。その瞳に見守られて幸せに過ごしていたのはいつの頃だったろう。恐らくは一番最初に自分のせいで不幸を招いてしまったであろう大切な人を想ってハボックはそっと目を閉じる。
「オレはどうしたらいい?」
 怒りに任せてロイに投げつけてしまった酷い言葉。それに宿る言霊がロイに災いを呼び寄せてしまうかもとハボックは小さく身を震わせる。
「どうしたら……?……母さん」
 深いため息のような声に縋るような響きを載せて、ハボックは優しく笑う姿にそっと問いかけた。


2011/05/06


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