金剛石 13


「本日はご足労いただきありがとうございました、マスタング大佐」
「いや、なかなか有意義な時間でした」
 ロイは差し出された手を握り返してにこやかに微笑む。イーストシティ大学の名誉教授との懇談を終えて、ロイは背後に立つハボックに声をかけた。
「車を回してくれ、ハボック」
「アイ・サー!」
 ハボックはピシリと敬礼すると教授と雑談をしているロイをおいて先に部屋を出る。正面につけた車の脇に立ってロイを待てば暫くしてすらりと背筋の伸びた姿が現れた。ハボックが開けた扉からロイは車の中に躯を滑り込ませる。ロイが乗り込んだのを確認して扉を閉めるとハボックは運転席に回りハンドルを握った。
 ロイがハボックを手放す気がないと告げた日、飛び出したきり帰ってこなかったハボックは、結局その後は変わらずにロイの護衛を務め日々の業務に取り組んでいた。無表情の仮面の下に全ての感情を押し隠して業務をこなすハボックにロイは困惑する。これまでは様々な表情を映し出していた蒼い瞳がガラスのようにロイの姿を映すだけになってしまった事が、ロイには寂しくてたまらなかった。
「三十分の遅刻っス。11時半までの予定だったっしょ?」
「いいじゃないか、下らん会議や会食より余程有意義だ」
 錬金術に深い造詣のある老教授との懇談は、ロイにとって時間を忘れるほど興味深く楽しいものだった。満足げな笑みを浮かべているロイの顔をミラー越しにチラリと見てハボックは言った。
「中尉にどやされると思うっスけどね」
「……嫌な事を言うな」
 淡々と言うハボックの言葉で脳裏に浮かんだ副官の顔に、内心必死に言い訳しながらロイは言う。ハボックは司令部ではなく直接会食場所へ向けて車を運転しながら言った。
「一応中尉に連絡入れたらこのまま向こうに行ってくれと言われたんで」
「そうか」
 とりあえずお小言を貰うのが少し先に延びたらしい事にロイはホッと息をつく。言葉通りそのまま会食予定のレストランの前に車がつくと、ロイは自分で扉を開けて降りようとした。
「降りんでくださいッ!」
「ッ?」
 激しい口調にロイは扉を開けようとしてかけていた手を止める。ハボックは運転席から外へ出ると周囲の安全を確認してから後部座席の扉を開けた。
「失礼しました、サー。どうぞ」
 さっきの激しい口調が嘘のようになんの感情もこもらない声でそう促すハボックを、ロイは目を見開いて見つめる。
「ハボック、お前……」
 ハボックの蒼い瞳をじっと見つめればハボックの視線がほんの僅か反らされた。
「ありがとう、ハボック」
「……いえ」
 ロイは車から降りるとハボックを見て言う。レストランの入口までロイの後についてくるハボックの気配を背後に感じながらロイは思った。
 ハボックの瞳から感情が消えてしまったなどと思った自分はなんと愚かだったのだろう。あの蒼い瞳は以前と変わらず彼が口にしない多くの想いを、その奥深くに湛えているというのに。
「お待ちしておりました、マスタング大佐」
 出迎えに出てきた店の者に頷いて中へと足を進めながら、ロイはうっすらと笑みを浮かべた。


2011/03/27


→ 金剛石14