金剛石 12


 ハンドルを握って車を操りながらブレダはミラーをチラリと見やる。ミラーに映るロイの横顔に向かって言った。
「どうするつもりなんです?大佐」
 執務室を飛び出して行った後、ハボックは司令室に戻ってこなかった。結果、図らずもロイの送迎をする事になったブレダがそう尋ねれば、ロイは窓の外へ向けていた視線を正面に向ける。鏡越しにブレダと視線を合わせて答えた。
「どうするつもり?」
 ブレダの質問の意味などよく判っているだろうにそんな事を言うロイにブレダは内心舌打ちする。それでもロイの本心を知りたいと思えば、何度でも問い直すしかなかった。
「ハボックの事ですよ。特務に戻すんですか?」
「聞いてどうするんだ?少尉」
 尋ねる言葉に逆に問い返されてブレダは一瞬押し黙る。相変わらず素直には答えない上司だと思いつつブレダは言った。
「いや、大佐も今までの奴らと変わらないのかなと思ったもんで」
 わざとそんな言い方をすればロイがクスクスと笑う。ブレダが忌々しげに見つめたミラーの中でロイが楽しそうに言った。
「ハボックを特務に戻す気はないよ。たとえハボックがそれを望んでいたとしても」
「大佐」
 ミラー越しに見つめてくるブレダを見返してロイは続ける。
「私はハボックの瞳が好きなんだ。とても綺麗だろう?」
「……そんな風に言うのを聞いたの、大佐が初めてですよ」
「それは良かった。余計な争いをしなくて済む」
 うっとりと夢見るような笑みを浮かべているロイを見てブレダは続ける言葉を見失った。自分自身ハボックを取り巻く噂や戯れ言を信じる気は毛頭ないが、それでもこんなロイを見ればどこからともなく不安が沸き上がってくるのを止めることが出来ない。ロイがハボックの瞳に魅入られる事で二人の上になにかしらの運命を引き寄せてしまう気がしてならない。
(なにも……なにも起こらないでくれよ)
 たとえ案じてみたところでブレダには何一つしてやれる事はない。せめてもと祈ることしか出来ず、ブレダは笑みを浮かべて流れる景色を見つめるロイの横顔を鏡越しにじっと見つめていた。


 屋上の手すりに凭れてハボックは吐き出した煙が立ち上る空を見つめる。頭上に広がる澄んだ空の色を見れば、遠い昔に傍にいた一番近しい人の言葉が思い出された。
『ジャン、貴方が昏い運命の淵に引きずり込まれた時、そこから貴方を救ってくれるのは』
 もうずっと忘れていた言葉を思い出してハボックは苦く笑う。それを教えてくれたその人も結局は昏い淵に飲み込まれてしまったではないか。
(この瞳から逃れる事なんて、誰にも出来やしないんだ)
 空を見上げる己の瞳にハボックはそっと手を這わせて考える。そうすればこの瞳を綺麗だと言った男の姿が浮かんでハボックは唇を歪めた。
「馬鹿な奴……痛い目にあって、後悔すればいいんだ」
 もう十分に忠告してやった。それでもなお踏み込んでこようとするなら、どんな目に遭おうとこちらの知ったことではない。
「どうなろうと……オレには関係ない」
 ハボックは込み上がる胸の痛みから目を背けて、吐き捨てるように呟いた。


2011/03/06


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