金剛石 10


 司令室の扉を開け中にロイを突き飛ばすと、ハボックはそのまま踵(きびす)を返して射撃場へ向かう。空いているブースに入り耳当てを嵌め、的に向けて銃を構えた。
 落成式に出席するロイに気が進まぬまま同行した美術館の前で起きた事故。もしあの時偶然入口を行き過ぎずに真っ直ぐ乗り入れていたら、確実に巻き込まれていた。死者を出した惨事を目の前にして、ハボックは冷静ではいられなかった。事故の様子を確かめると言うロイを強引に車に押し込み逃げるようにその場を後にした。司令部に着く間にも再び事故が起きるのではと不安で堪らず、ロイを司令室の扉の向こうに突き飛ばした時は本当にホッとしたのだ。
 ハボックは的に向けて構えた銃の引き金を引く。ど真ん中を撃ち抜いた同じ場所へ二発、三発と寸分狂わず撃ち込んだハボックだったが、不意に目の前に浮かんだ幻影に次の一発は大きく的を外れてしまった。
「くそッ」
 ハボックは思い切り舌打ちして手のひらで目を覆う。そうすれば幻影は尚一層くっきりとハボックの目の前に浮かび上がった。
 飛び散る鮮血の赤。二度とは動かぬ体。
 鈍く光る注射針の銀。生臭い匂いを放つ柔らかい体。
 まるで蒼い瞳に刻み込まれたかのように鮮明に浮かび上がるそれにハボックは歯を食いしばる。追い払おうと激しく首を振って、ハボックは指の間から宙を見つめた。
「ずっと思い出さなかったのに……ッ」
 一人きりで生きていく為には囚われているわけにはいかなかった。心の奥深くに閉じこめて堅く鍵をかけていた筈の記憶がこうも簡単に顔を出すとは、もう囚われていないと思っていただけで本当はずっと抜け出せずにいたのかもしれない。そんな考えが浮かんで、ハボックは慌ててそれを打ち消した。
「オレはもう大丈夫なんだ。でも、あの人が……」
 真っ直ぐに見つめてくるロイの瞳が怖かった。己の中に入り込んでこようとするそれが、いつか己が呼び寄せる災いに飲み込まれてしまうのではと思うと不安で堪らない。だが、不安に思う一方で、ハボックは何故自分がそんなに不安に思うのか全く判らなかった。
「なんでこんなに気にしてるんだ、オレは……あの人がどうなろうと関係ないだろう?」
 これまでくだらない見栄と驕りでハボックを手元に置こうとした輩は、一人残らずハボックの前から消えていった。それが失脚という形だろうが死という形だろうがハボックは気にしたことなどなかったし、いい加減学んだ軍部の連中に特務に押し込まれた時にはいっそ清々したとさえ思っていたのだ。それなのにどうしてロイだけがこんなにも気にかかって仕方ないのだろう。
「オレに構うな……ッ」
 他の誰とも違う、強く真っ直ぐな瞳を飲み込もうとして近づく闇を追い払うように、ハボックは目の前の的に銃弾を叩き込み続けた。


2011/02/24


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