個人授業  第二十二章


 夕暮れの街をオレは先生と手をつないで歩く。先生は恥ずかしがって手を離したがったけど、手を離したらこれは全部幸せな夢でしたって言われそうな気がすると言ったら、先生は呆れたように笑ってギュッと手を握り返してくれた。
 結局あの後、なにを聞いてもマオは笑うばかりで何も教えてはくれなかった。ふて腐れて頬を膨らませて歩くオレに先生が言う。
「私もマオの事はよく判らないんだ。こちらが望む以上の知恵を授けてくれることもあれば、いくら聞いても全く教えてくれない事もある。どうしてそうなんだと聞いたら物事にはすべて時機というものがあるって、そう言っていたよ」
「何それ、よく判んないっス」
 ムスッとしてそう答えれば先生は言った。
「少なくとも今回の事ではマオの言う時機とやらに当たったんだ。それだけでもういいと、私は思うよ」
 そう言って先生は繋いだ手に力を込める。その手の強さが先生の想いの強さのようで、オレは先生の顔をじっと見つめた。
「好きだよ、ハボック。こう言えるだけでも十分だと思わないか?」
 そう言う先生の言葉にオレは素直に頷く。ヘスティングの事を思えば胸が痛まないと言ったら嘘になるけど、それでも先生への想いを失わずに済んだことを今は素直に感謝したいと思った。だからそう言おうと思った瞬間。
「あっ、忘れてたっ!!」
 いきなり先生が素っ頓狂な声を上げたかと思うと懐から銀時計を取り出してパチンと蓋を開く。時間を確認して思い切り顔を顰めた。
「拙い、完璧遅刻だ」
「先生?」
 時計を見つめて言う先生をオレは問いかけるように呼ぶ。そうすれば黒い瞳がオレを見上げて言った。
「ヒューズと約束してたのを忘れてた」
「は?ヒューズさんと?」
 突然でてきた名前にオレは目を丸くする。先生は決まり悪そうに目を逸らして言った。
「いや、その……、お前とのことをどうしていいか判らなくてヒューズに相談に乗って貰うことにしてたんだ。でも、色々あってすっかり忘れてた」
 拙いと今にも駆け出しそうな先生をオレは引き留める。
「でも、もう相談する事もないじゃないっスか。別に会わなくてもいいんじゃ?」
 そう言うオレを先生は軽く睨んだ。
「そう言うわけにはいかないだろう?約束は約束なんだし、むしろうまくいったんだからその報告だってしないと」
「別に報告なんて…」
 正直ヒューズの顔なんて見たくない。勿論今では二人の間に何もない事は判っている。それでも悩んだ時に一番最初に先生が頼ろうとしたのがあの人なんだと思ったら、やっぱり心穏やかではいられなかった。
 いつかオレも先生に頼って貰える男になれるんだろうか。
 オレがそんな事を考えているなんてまるで気づかずに、先生は銀時計をポケットに戻して足早に歩き出す。まだ手を繋いでいたから当然オレも歩き出さざるを得ず、オレは大股に足を進めて先生の隣に並ぶと言った。
「もう遅刻しちゃってるんでしょ?連絡だけ入れたらどうっスか?」
「………別に来たくないなら来なくてもいいぞ」
 先生はチラリとオレを見て言う。オレといるよりヒューズに会う方がいいのかと、恨み言の一つも言ってやろうかと思った時、先生が言った。
「ヒューズにもう一度ちゃんと紹介したいんだ、その……こっ、恋人だっ…て」
 最後の方はもごもごと口の中で言う。それでも先生の言いたい事はバッチリ判って、オレが目をまん丸にして見つめれば、先生は真っ赤な顔してそっぽを向いた。
「先生、こっち向いて?」
「ヤダ」
「先生」
「急がないとヒューズが待ってる」
 先生は口早に言って足を早める。半ば走るような先生はそれでもオレの手を離さずにいて、オレはなんだかウキウキと嬉しくなってクスクスと笑った。そうすれば前を行く先生の白い耳が綺麗な桜色に染まる。そんな変化がたまらなく嬉しくて幸せだった。

「おせぇぞ、ロイ……って、なんだよ、お前ら、え?もしかして上手くいっちゃったの?」
 ホテルのヒューズの部屋へ行けばヒューズが素っ頓狂な声で言う。オレと先生の顔を見比べる常盤色の瞳が面白がるような光を湛えた。
「まあ、その……色々あって、な」
 先生は恥ずかしそうに視線をさまよわせて言う。先生の手を促すように引いたオレを黒い瞳が困ったように見上げた。その表情にクスリと笑ってオレはヒューズを見る。「なんだ?」と問い返すようにオレを見返すヒューズを、まっすぐに見つめて言った。
「オレ、先生の恋人になったっスから」
 そう宣言し握った手を引き寄せる。不意をつかれて倒れるように腕の中に飛び込んできた細い体をギュッと抱き締めた。
「だからもう、先生の事、心配してくれなくてもいいっス」
「ハッ、ハボっ?!」
 抱き締められて真っ赤な顔で先生はオレを見上げる。「何馬鹿なことを言ってるんだ」と喚く先生と、挑むようにヒューズを見るオレとを見つめていたヒューズは、プッと吹き出したかと思うとゲラゲラと笑いだした。
「ヒューズっ!!貴様もなぜそこで笑うっ!!」
 ドスを利かせた声で怒鳴るもののその顔が真っ赤に染まっていてはまるで迫力がない。ヒューズはひとしきり笑うと涙の滲んだ目をこすりながら言った。
「おい、わんこ。お前、ロイがどうしてお前のことを好きになったか聞いたか?」
「え?」
 そう言えば両想いになったのが嬉しくてそんなところまで気が回らなかった。言われてみればオレよりずっと大人の先生が何故オレのことを好きになったんだろう。
「お前、ジュニアの時、バスケの試合に出たろ。ほらあの、地区予選の決勝戦」
 言われてオレはジュニアスクールの頃、助っ人で出たバスケの試合を思い出した。試合は点を取っては取り返す、決勝戦に相応しい好ゲームだった。2点リードされた最終クォーター。もうこれがラストチャンスというボールが味方の手からオレの手の中に飛び込んできた。敵を交わして数歩進み3ポイントラインの外から放ったシュートは吸い込まれるようにリングの中へと入っていった。その直後鳴り響いた試合の終了を告げるホイッスル。あの後狂喜乱舞する味方にど突き回されながら大騒ぎしたのを覚えてる。
「あの試合、ロイも見に行ってたんだよ。一目惚れ立ったらしいぜ、15のガキんちょに」
「馬鹿っ!そんな事言うんじゃないッ!」
「赴任した学校にお前がいるって判ったらもう大騒ぎでさ。夜中に電話してきてうるせぇのなんのって」
「ヒューズっ!!!」
 ニヤニヤしながら話すヒューズから先生に視線を移せば真っ赤な顔をした先生と目が合う。バッと背を向けて逃げ出そうとした先生をオレは瞬間早く抱き締めた。
「先生」
「離せっ、馬鹿っ!!」
「先生大好き」
「…ッッ!!」
 抱き締めた頭一つ低いところにある黒髪に顔を埋めて囁く。ビクンと震えた細い体をさらに強く抱き締めた時、わざとらしい咳払いが聞こえた。
「あー、ラブシーンならどこかよそでやってくれ」
 そう言う声に振り向けばヒューズが顔を顰めてこちらを見ている。
「わりぃけど、親友のラブシーンを平然と見てられるほど枯れてねぇの、俺」
「ばっ、バカっ!!」
 苦笑して言うヒューズに、先生はまるでその言葉しか忘れてしまったように同じ言葉で罵る。オレはにやりと笑うと言った。
「枯れちゃって勃たたなくなったら見に来てくださいよ。あっと言う間に元気になるほど熱々のラブシーン見せてあげますから」
「ハボック!!」
 オレがそう言えばヒューズは一瞬目をまん丸にした後ククッと笑う。
「そいつは楽しみだ」
「ヒューズっ!!」
 オレとヒューズを交互に睨む先生をよそにヒューズはふと真面目な表情を浮かべると言った。
「まぁ、いずれにせよコイツ泣かせるような事があったら承知しねぇから。よく覚えておけよ、わんこ」
「泣かせるわけないでしょ。オレが先生幸せにしてあげるんだから」
「その言葉、忘れんな」
 そう言ってニヤリと笑うヒューズに笑い返してオレは先生の腕を引いて部屋を出る。部屋から出た途端、オレの手を振り解いてズンズンと歩いていってしまう先生の後からついて歩きながらオレは言った。
「先生、怒ってんスか?」
 そう聞けば先生が肩越しにオレを見上げる。ふて腐れたようにオレを睨んで言った。
「二人して勝手なことばかりいいやがって」
「嫌だったっスか?ガキのオレがアンタを幸せにしてやるなんて生意気なこと言ったから?」
 そう尋ねれば先生が目を見開く。ふいと顔を背けると小さな声で言った。
「…恥ずかしかっただけだ」
 そう言う先生の耳はまた綺麗な桜色に染まっていてオレは思わず嬉しくなる。後ろからそっと抱き締めれば、暫くの間先生はそのまま大人しくしていたが、ふと思い出したように言った。
「そうだ、言っておくがな、お前が卒業するまではソウイウコトは一切なしだからな」
「えっ?ソウイウコトって?」
 その言葉に驚いて髪に埋めていた顔をあげて言えば先生が振り向く。
「判ってるんだろう?」
 頬を染めて言う先生の顔をまじまじと見つめてオレは叫んだ。
「なんでっ?せっかく両想いになったのにっ!」
 別に今すぐサセロって言ってるわけじゃない。でも、二人きりで雰囲気が盛り上がればいずれは、って思うのが恋人同士として当然じゃないのか?
「生徒に手出したって言われたくない」
 そんな事を考えいていれば口をへの字に曲げた先生が言う。思わず目を瞠るオレに先生が続けた。
「お前とのことは大事にしたいんだ、私は」
 そう言われてしまえば無理を言えよう筈もない。ムゥと唇を突き出して黙り込むオレを宥めるように先生が呼んだ。
「ハボック」
 言って先生がオレの腕をそっと掴む。オレはその手を見つめたまま言った。
「………キスもダメなんスか?」
 そう言って上目遣いに先生を見れば見る見るうちに先生の頬が紅くなる。困ったように視線をさまよわせた後、真っ赤な顔で言った。
「キっ、キスだけなら…っ」
 耳まで真っ赤になって俯く先生の顎を掬う。正面から黒曜石の瞳を覗き込んで囁いた。
「んじゃ、卒業式の日はたっぷり個人レッスンしてくださいね」
「な…っ」
「約束」
 言葉を吹き込むようにして告げたそのままに唇を重ねる。長い時間をかけて先生の甘い唇を味わった後、ゆっくりと唇を離せば潤んだ瞳がオレを睨んでいた。
「そんな約束する前に単位落とさないようにするんだなっ」
 落第点とったら容赦なく留年させてやる、と可愛い顔で恐ろしいことを言う恋人をオレは笑って抱き締めた。


2009/04/11


第二十一章 ←


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


拍手リクで「パラレルでしかも学園モノ(ロイが教師でハボが生徒) のハボロイで、どらかというとハボ→ロイ傾向だと嬉しい」というリクでございました。いやもう、高校時代なんてあまりに記憶の彼方になっているもので、すっかりエセ高校生になってしまいました(汗)色々「えー??」ってところがあったと思いますが、その辺はご勘弁の程を(苦笑)タイトルの「個人授業」ははるか昔の兄弟5人組のグループが歌ってた「個人授業」からとってます。最初のうちはその歌詞をなぞって話を書いているという(笑)話の中に出てきた「恋の呪文」もやはりこのグループが歌ってた「恋の大予言」をネタにしてます。ついでに「学園天国」もネタにしようかとも思ったのですが、これをするとオリキャラだらけになってしまうのでやめましたが(苦笑)ともあれ、自分じゃ絶対書こうと思わない話をリクして頂きまして楽しく書かせて頂きました。ありがとうございました。