第二十一章


「あれ?中佐、今朝戻られる予定でしたか?」
 部屋に入れば驚いたように副官の准尉が声をかけてくる。ヒューズは大部屋を抜けて執務室に入ると後からついて入ってきた准尉に言った。
「思ったより早く終わったんでな、最終に飛び乗ってきた」
 ヒューズはドサリと椅子に腰を下ろしてため息をつく。そんなヒューズに好都合とばかりに書類を差し出してくる准尉の声を聞きながら、ヒューズは窓の外を見上げた。
『戻れません。でも、どこにも行くとこなんてない。もう、どこにも』
 晴れ渡った空を見上げればそれと同じ瞳を持つ人物が言った言葉が頭をよぎる。誰よりも愛する相手を想いながら吐き出された切ない言葉。ハボックが何を望んでいるかなど、聞かずともヒューズにはよく判っていた。
「………」
 ヒューズは空から視線を戻すと机の上の電話を見つめる。今頃ロイは、消えたハボックを必死になって捜していることだろう。最悪の事を考えて胸も張り裂けんばかりになっているに違いない。
(俺が一言ロイに言えば全ては丸く収まるってか?)
 そう思いながらもヒューズの手は電話に伸びなかった。
「中佐、ちゃんと聞いてます?」
「あ?当たり前だろ。サインしてやる、寄越せ」
 ヒューズは胸の内の葛藤など伺わせもせず、書類を引ったくるとガリガリとサインをしたためたのだった。

 仕事を済ませたヒューズは、夜の予定がない時はいつもよる居酒屋の前で足を止める。窓越しに漏れる灯りと飲み交わして寛ぐ客達のざわめきに耳を傾けた後、ゆっくりと歩きだした。
(もう、適当に食っちまっただろう)
 ホテルの部屋に足止めしてきた相手を思い浮かべてそう考える。夕食にはもう遅い時間だったし、そもそも一緒に食事をとるような約束もしていなければそう言う雰囲気でもない。それでもヒューズは途中どこかに寄る気になれず、足早にホテルへと向かった。
 エントランスをくぐりエレベーターで五階に上がる。鍵を開けて中に入れば鼻を擽る旨そうな匂いにヒューズは目を見開いた。
「おかえりなさい、中佐。結構遅かったっスね」
「……お前、何してるんだ?」
 ヒューズはキッチンに立つハボックを見て言う。ハボックは焼き上がったばかりのポークソテーを付け合わせの野菜を盛った皿に載せると、コンソメスープをカップに注ぎテーブルに運んだ。
「どうぞ。冷蔵庫にあるもん勝手に使っちまいましたけど」
「肉なんてなかったろ?」
「すぐそこの雑貨店で買ってきたっス」
 そう言ってハボックがヒューズを食事にと促す。テーブルの上には旨そうな湯気を上げる皿が一人分だけ並べてあった。
「お前の分は?」
「……すみません、待ちきれなくて先に食っちまいました」
 うっすらと笑みを浮かべて言うハボックをヒューズはじっと見つめる。それから乱暴に椅子を引いて腰を下ろすと物も言わずにガツガツと食べ始めた。あっと言う間に皿の上のものを平らげてしまえば、ハボックが汚れた皿を片づけ代わりにコーヒーのカップを置く。カチャカチャと食器を洗うハボックの背を、ヒューズは眉間に皺を寄せてじっと見つめていたのだった。


2010/01/07

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