第十九章


 眠りにつく乗客の為に若干灯りを落とした列車の中で、ヒューズは向かいに座るハボックを見つめる。窓枠に載せた腕に体を預けて流れる夜闇を見ているハボックの顔には何の表情も浮かんではおらず、ハボックが何を考えているのか伺い知ることは出来なかった。
『戻れません。でも、どこにも行くとこなんてない。もう、どこにも』
 そう呟いたハボックに『一緒に来るか?』と尋ねた。何か深い考えがあったわけではない。ただ、ロイを愛していながら戻れないと言うハボックが切なくて、咄嗟にそう口にしていたのだ。それでもハボックがついて来るという確信があった訳もなく、むしろこうして一緒に列車の揺れに身を任せているのがヒューズには不思議ですらあった。
「よかったのか?一緒に来ちまって」
 そう尋ねればハボックがヒューズに視線を向ける。それからくすりと笑って言った。
「変な人っスね。アンタが一緒に来るかって言ったのに」
「まあな」
 そっけなくそう答えるヒューズをハボックはじっと見つめる。フイと視線を足下に落として言った。
「心配しなくてもセントラルに着いたら消えますから。アンタに迷惑はかけないっス」
「迷惑はかけない?ハッ、利いた風なことをぬかしやがって。勝手に消えるなんて赦さねぇぞ、少尉」
 低く唸るような声にハボックが驚いたようにヒューズを見る。何か言いたげに揺れる瞳をヒューズに向けていたが、結局それ以上何も言わずにハボックは再び夜闇へと視線を戻した。
「………」
 ヒューズはそんなハボックの横顔を食い入るように見つめる。それぞれの想いを胸の内に秘めたまま、二人はセントラルへと向かう列車の揺れにその身を任せていたのだった。

「くそ……ッ、どこに行ったんだっ?」
 ハアハアと息を弾ませながらロイは辺りを見回す。一人にしてくれと言う言葉のままに、部屋に残した筈のハボックの姿が忽然と消えてしまった事に気づいた時、ロイの心に沸き上がったのは激しい後悔の念だった。
「馬鹿だ、私は……ッ」
 あの時、たとえハボックが何を望もうと絶対に手を離してはいけなかったのだ。きつく抱き締め、どれほど自分がハボックという存在を欲しているか、伝えなければならなかったのに。
「ハボック……ッ」
 ロイは呻くように名を呼ぶと、愛しい姿を求めて夜闇の中、走り続けたのだった。



2009/10/15

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